僕の追求
遊園地での騒動から二週間ほどが経過した。幸い僕の怪我は頬の腫れ以外に問題なく、一日休んでからすぐに登校できた。さすがに腫れは引かなかった為、しばらくガーゼを頰に貼ることになったのだが、これがまあ人目を引いた。先生からも心配されたが、気にしないように懇願したことで一応は元の生活に戻ることになった。
伊那は騒動前と変わらない態度で僕に接してきていた。まだ何処かよそよそしさはあるものの、転校してきた時よりはお互いに歩み寄れているかもしれない。しかしながら病室で聞き耳立てたときの違和感は未だ払拭できていなかった。寧ろ日が経つにつれてモヤモヤが増大してきている。
なお騒動の件は極力伏せてほしいといったものの、結局あっさりと広まってしまい僕はクラスどころか学年中から一時的に英雄扱いされた。いや凄く光栄ではあるのだが、いかんせん恥ずかしい。確かに正しい行動ではあったのだが、僕には分不相応な気がする。
気づけば周りにクラスの男子やら女子が群がって騒動の件を聞き出そうとする。少し前の僕だったら考えられない光景だ。つい先週まで「クラスのモブその1」のような存在だったのに。ただ騒動の件は個人的にあんまり面白いことではないので根掘り葉掘り聞かれることについては内心うんざりしている。
「ちょっとアンタら、凡太は完治してないんだからちょっかい出さないの」
僕の状況を見かねたのか杏奈が僕の周りを取り囲むクラスメイトらを注意した。杏奈の言葉にビクッとしたクラスメイトらは蜘蛛の子を散らすように去っていく。するとようやく僕に静寂が訪れた。僕は思わず伸びをする。
「ふ~、ありがとう杏奈。助かったよ」
「どういたしまして。というかあれから随分経つのにまだ凡太に絡むなんて、本当に暇なんだなうちのクラスの連中」
「そういう杏奈も色々と大変だったみたいだな」
「まあ、アタシは適当に受け流してたから問題なかったけど」
杏奈が苦笑した。さすがクラスの人気者は野次馬のあしらい方をよく分かってらっしゃる。それはそうと気になることもある。
「そういや悠馬とは最近どうなんだ?」
「へぇ?どうって…別に普通よ」
「そっか…順調そうで何より。部活で会う度にノロケを聞かされるから」
「………あのエロ大名、余計なことを」
杏奈が顔を真っ赤にして悠馬への恨み節を口にする。ちなみに杏奈と悠馬が付き合っているのを知らされたのは騒動から数日経ってからだった。まあ病室でそれとなく聞いて二人のことは知っていたが、本人たちから改めて聞かされた次第だ。道理で急に仲良くなった訳だ。
ここ最近杏奈は僕よりも悠馬と帰ることが多い気がする。かといって伊那と一緒に帰る、というのはまだお互いに気まずかった。………そうだ。今日は伊那は休みだし、悠馬も委員会活動で遅くなると言っていた。もし先のモヤモヤを杏奈に確認するとしたら今しかないかもしれない。
「ねえ、杏奈。もし良かったら一緒に帰らない?」
「えっ?別に大丈夫だけど…凡太から誘うなんて珍しいな」
「イイじゃん、たまには」
僕は久しぶりに杏奈と二人きりで帰ることになった。杏奈に彼氏はできたが、別に僕らの関係が変わる訳でもなく今まで通りに他愛もない話を続けている。しかし僕の中には病室で聞いた杏奈と伊那の会話の内容がモヤモヤとして残っていた。
………杏奈は伊那の記憶喪失が狂言であることを知っている。であれば何故伊那に協力するのだろう。僕の脳内で疑問が堂々巡りする。
「杏奈、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
僕は意を決して杏奈に質問をぶつけることにした。杏奈は僕の言葉を聞いてキョトンとしている。
「ん?何?金なら貸さないよ」
「金のことじゃない!……伊那のことだよ」
「伊那がどうかしたのか?」
「………伊那は、本当は僕のことを覚えているんじゃないのか?」
「どういうことだ?」
「夢現かもしれないけど、確かに聞いたんだ。病室で杏奈と伊那が話しているのを。僕のことを「ボンちゃん」って、伊那は呼んでいた」
「!??ぼ、凡太…まさか聞いていたのか?」
「教えてくれ、杏奈。本当のことを。伊那は…一体何故こんな真似をしたんだ??」
僕の質問に杏奈は見たことのない表情で動揺している。やはり間違いはなさそうだ。しばしの沈黙の後、杏奈はあることを告白した。僕の真剣な眼差しにごまかしは効かないと判断したらしい。
「凡太…アタシも伊那のことを全部知ってる訳じゃない。でも誤解がないようにだけは伝える。ただくれぐれも伊那には内緒にしてくれよ」
「………分かった」