僕のトラウマ
僕、並野凡太にはトラウマがある。忘れもしない中学二年の学園祭。僕は野外ステージに登って、あろうことか全校生徒の前で幼馴染の女の子に告白をした。学園祭という非日常的な状況下で生徒たちの興奮が最高潮の中、僕は一世一代の博打に打って出た訳だ。そして…ものの見事に玉砕した。
無論僕に勝算が無かったわけではない。一応幼馴染で同じクラスだし、毎日顔も合わせるし、何なら話だってしていた。彼女は僕に話し掛けるときだけ、いつも上目遣いで甘えるような表情を見せていた。とりわけ彼女は他の女子生徒よりも可愛かったし、容姿もファッションセンスも抜群に良かった。その彼女が先の表情を見せて甘えてきたら大抵の男はイチコロであろう。かくいう僕も幼馴染の彼女に好意を持つのは時間の問題であった。
はっきりいって彼女も僕に好意を持っている。あんな無防備な甘えた表情を見せるのは幼馴染である僕以外にはいないはずだ。よく分からない根拠であるが、当時の僕は大真面目に信じ込んでいた。これまた僕の彼女に対する好意を知ったクラスメイトらが茶化したり焚き付けたりするもんだから益々僕は張り切り、遂には学園祭にて全校生徒の前で告白すると大見得を切ってしまったのだ。
と、まあ結局は振られた訳ですけどね。しかし告白の失敗を機に彼女との関係はギクシャクしてしまい、段々と疎遠になった。とうとう中学卒業まで改めて話す機会を逸したまま、彼女とは高校が別れて離れ離れになってしまった。彼女のことは今も僕の大きな心のしこりとして残っている。
そして…時は流れて僕は高校二年生になった。夏休みが明けて、ようやく二学期が始まるタイミングである。
「はあ…面倒くさい」
学校へと向かう足取りが重い。やはり休み明けの登校というものはいつの時代もダルいものだ。幸い今日が半日であることが救いであろう。僕が溜息を付いていると不意に後ろから頭を叩かれた。
「いて!」
「何を朝から景気の悪い顔してるんだ」
「何だよ、アンナ。いきなり叩くのは卑怯だろ」
「ボンヤリしてる方が悪い。少しはシャキッとしな」
僕を叩いたのは同じ学校に通う女子高生、日暮杏奈だった。杏奈はボーイッシュな短髪で高身長の上、無駄のないアスリート体型が特徴の…はっきりいってイケメンな女子高生である。
元々僕と杏奈は同じ小学校でよく遊ぶ仲だったが、中学校では別々になってしまった。いざ高校で再会した時に彼女の姿を見てひっくり返りそうになった。何故ならかつての杏奈は所謂お嬢様というか箱入り娘的なイメージだったのだが、まるで別人になっていたからである。人間、時が経つとこうも変わるものなのか。別の意味で感心する。
「せめてもう一日だけでも休みたいよ」
「どうせ休んでも次の日も同じことを言うんだろ?」
「うっ…図星」
「しょうがないな、凡打は」
「凡打じゃない、凡太だ」
「一緒だろ?」
「違う!」
端から見たらいちゃついているように見えるだろうか。残念ながら僕も杏奈もお互いに好意は持っていない。あくまでも友達付き合いの範ちゅうである。一度他のクラスメイトが杏奈に僕についてどう思うか聞いたことがある。すると杏奈は鼻で笑って「あり得ない、凡太を性的な目で見ることなんて想像できない」とぶった斬られた。ですよね、と納得しきりである。ご安心を、僕も杏奈を性的な目で見てないですよ。
「なあ、ところで凡太は好きな女子とかいないのか?」
突然杏奈が話題を振ってきたので僕は思わず「ふぁ!??」と間抜けな叫び声を上げてしまった。僕の声を聞いて杏奈は吹き出しそうになり、慌てて僕に背を向けた。杏奈は肩を震わせながらも、深呼吸しながら無理やり落ち着かせてもう一度僕に振り返った。
「プッ…プププ、悪い。変なこと聞いて。いやぁ~凡太って女っ気がないからさ。ちょっと心配してね」
「ムッ、余計なお世話だよ」
「気を悪くしたなら謝るよ。こう見えて凡太のこといいって言ってる女子いるんだよ?」
「…どういう意味で?」
「当たり障りもない、可もなく不可もない。安定したイメージがあって良い意味でも悪い意味でもブレないって」
「…それ褒めてるの?」
杏奈の言葉に僕はムスッとする。杏奈は知らないだろうが僕にはトラウマがある。はっきりいってしばらく色恋沙汰には関わらないつもりだ。だから女子に好意を持つことはしたくない。また傷付くのは嫌なんだ。
「なあ、機嫌直せって。アタシが悪かったから」
「だったら僕に恋バナとかしないでくれ」
「何?もしかして好きな人とかいたの?」
「…ノーコメント」
余りにしつこい杏奈に辟易しつつ、僕は教室に入ると逃げるように自分の席に座って机に伏した。杏奈は尚も僕に絡もうとしたが、その内に先生が入ってきてホームルームが始まった。
「夏休みはどうだった?ちゃんと勉強や部活、自分を磨くことに励んだか?」
何とも余計なお世話としか思えないことを相も変わらずいう先生だ。僕が心の中で悪態をついていると、先生が咳払いをした。
「そうそう、実はな今日からクラスに新しい仲間が加わることになった。これから紹介するから皆仲良くしてくれ」
おや?このタイミングで転校生?そんな噂なんてあっただろうか?僕が首を捻っていると、教室のドアが開いた。