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約束の花火を一緒に~あの夏の日と彼女のスカーフ~

作者:

 今年も暑い夏がやってきた。母校で教師をしながら充実した毎日を過ごす中、夏が来ると思い出す。廊下の窓から見える旧校舎の屋上。この季節が来るたびに、あの日の記憶が鮮明に脳裏によみがえる。


 あの暑い夏の日に見た青空とスカーフ。そして一緒に空を舞ったアイツの笑顔が記憶から消えない。あの時の彼女の晴れやかな笑顔の意味が今も分からなかった。


 「工藤先生? 生きてます?」


 「吉岡。先生に対して失礼だぞ」


 「だって鍵を返却に来たら窓の外を見て微動だにしないから、暑さでやられてしまったかなと。ねぇ、明日香?」


 「確かに。魂抜けてるかもと思うくらいに、ボーっとしてましたよ?」


 「橘まで。お前達がさっさと鍵を返しに来ないからだぞ。明日から試験期間だから部室には立ち入り禁止なのに忘れ物とか言い出すから、こうやって許可を取って特別に開けてやったんだぞ」


 「すみませーん。無事に取りましたので、吉岡・橘の両名は帰りまーす」


 「先生、さようなら」


 そう言うと二人は、スカートをひるがえし廊下を走って行った。


 「こらっ、廊下を走るな!」


 工藤のお説教に対して、ケラケラと笑う声とおまけの様な二人の謝罪の言葉が廊下に響いた。そんな二人の姿に遠い日の彼女達の姿が重なって見えた。あの夏の日から決して見ることは出来ない二人の姿に。


 「結局、アイツは何で飛んだんだろ? あいつの場合、飛びたかったから飛んだとか言い出しそうだが」


 どんな嫌がらせやイジメにあってもニヤニヤと笑い、やり返していた奴が自殺するわけないのに。でも、アイツは確かに空を舞ったんだ。あのスカーフと共に。




 「葵さん、サイダーください!」


 「わたしも!」


 「三千代ちゃん、明日香ちゃん。いらっしゃい。 明日から試験でしょ? いいの? 寄り道なんかして」


 「試験前だからだよ。今更ジタバタしたって結果は変わらないって」


 「言えてる。だから、最後の追い込み前の息抜きも必要!」


 お店の常連の女子高生二人組の言葉に、葵は思わずくすりと笑ってしまう。冷蔵庫からサイダーを取り出し、栓を抜くと小銭と引き換えに二人に手渡す。すると二人はお店の前のベンチに腰掛けて何やら楽しそうに笑っている。その姿に、いつかの自分達の姿が重なった。


 「あの雲、わたがしみたいだよね〜」


 「やだ、さっきお昼食べたのにもうお腹すいたの?」


 「違うよ。ただ、フワフワして好きなんだよね。葵も好き?」


 「好きだけど、最後はベタベタして苦手なのよね。一人だと最後持て余し気味だし」


 「えー、じゃあ今度の夏祭りでは半分こしよ?」


 「うん、いいよ」


 「お前ら、その前に期末があること忘れるなよ?」


 「げっ、嫌なこと思い出させんな!」


 あの最後の夏の日も三人で、楽しく話していたのに。もう、二人は側にいない。一人は、あの夏の日に永遠に去って、彼とは、疎遠になってしまった。彼とはあの子のお葬式の時に、喧嘩をしてしまった。彼は自殺なんかするわけないと言い、彼女の家庭環境を知っている自分は自殺という周囲の言葉を信じてしまった。それにあの頃は、クラス内でイジメが問題になっていたから。


 イジメといっても特定の誰かを狙うのではなく、標的になった子の私物がなくなって、それをイジメられた子が見つけたら終了。イジメの内容もただ無視をするだけで、手を出しては駄目。そのルールを破ったら途中で標的が変わる。誰が首謀者なのか分からない。いつか自分が標的になるのでは、みんな怯えていた。首謀者はそれを見て楽しんでいたのかもしれない。


 「ねぇ、葵さん。葵さんは、知ってる? 旧校舎の幽霊の話」


 突然、三千代に話かけられ、遠い過去の記憶の海に浸っていた思考が現実に戻される。


 「旧校舎って、私が在校生の頃は現役の校舎よ。幽霊ってどんな話? そんな話あったかしら」


 「イジメっ子が部活の合宿中に夜の校舎を歩いてたら、手洗い場の水が少し出てるのに気づいて止めたらしいの。それで教室に戻ろうとしたら、後ろからヒタヒタって水に濡れた足音が後を追いかけてきて、振り返ったら誰もいない。で、前を向いた瞬間、暗闇から水風船がいくつも飛んできて水浸しになった生徒が走って逃げ出すと後ろから、女の子の笑い声だけが響いていたって」


 「それは、怪談じゃなくてただのイタズラじゃない?」


 「それがその時、校舎にいたのはその生徒が所属していた部活のメンバーだけで、その子以外は教師も生徒も教室にいたらしいの。先生がその水風船をぶつけられた場所に行ったら廊下には、水も風船の残骸も何も残っていなかったって」


 「へー、そんな話があったんだ。知らないわね、私が卒業してから出来たんじゃないの?」


 「そうなのかな? 昔、自殺した眼帯の少女の幽霊が犯人じゃないかなって噂になってる。夏の夜になると今も旧校舎から少女の笑い声が聞こえるって」


 「そうなんだ。…………会えるなら、会ってみたいな。その眼帯の少女に」


 三千代達が帰った後、店番をしながら先程の怪談話を思い出す。あれは、怪談なんかじゃない。当時のゲームのようなイジメに便乗して本当にイジメを始めたイジメっ子に仕返しをする為に、三人で忍び込んだのだ。イジメっ子が逃げ出した後、彼と二人で急いで後始末をした。あの子は、笑っているだけで役に立たなかった。


 「バカだなぁ、アイツ。幽霊なわけないじゃん」


 トレードマークの眼帯を付けたあの子。織部 海(おりべ うみ)は、楽しそうに手を叩いて笑っていた。そもそものきっかけは、本当の怪談話を利用して標的の子をイジメたから。いつもだったら、標的が切り替わるまで傍観してたけど明らかに便乗してイジメを始めた上に怪我までさせたのはやり過ぎだと思い、担任に相談したけど新任の若い教師は面倒くさそうにしているだけだった。


 何故、今回は助けようと思ったのか。いつもの彼女らしからぬ行動の理由を尋ねたら、笑ってこう言った。


 「別に標的の子を助ける為じゃない。あのままだとアイツが戻れなくなる。だから、警告してやっただけ。…………いい加減、ゲームの首謀者も気づくべきなんだよ。一度手を出すと戻れなくなるやつもいるってこと」


 その後、彼女達は和解したのか以前より仲良くなっていた。イジメた側とイジメられた側が和解すると言う極めてまれな例だ。同じ目に合って本当に反省して、土下座までしたとか。あとは、謝罪された子の度量の大きさが起こした奇跡かもしれない。


 「本当に海がいるなら、会いたいな」


 お店から離れた場所から、三千代達は葵の様子を伺っていた。宙を見つめて何かを思い出しては、溜息をつく姿に、種まきは成功したと思うが確信までは持てない。女子高生のふりをしてターゲット二人に近づいているが、三千代達は女子高生ではないし、何なら生きた人でもない。その正体は、死後の世界の役場の人間だった。


 そもそもの始まりは、お盆で現世に出国した人が数年単位で帰ってこないという報告が上がったからだ。他の課のメンバーが隠していたらしい。その後始末を頼まれたことが事の発端だ。


 「でも、三千代先輩。あの人達は来ますかね?」


 「分からないわよ。幽霊のお友達が待ってます、なんて言われて来る人間なんて普通いないから。だからこそ、学校に潜入してまで種まきしているんだから」

 

 現世に来た夜、旧校舎の屋上に彼女はいた。お手製の眼帯を身につけ、髪は適当に切った短髪のちょっと変わった女の子だった。彼女は、三千代達を見て、頭をポリポリとかいて謝ってきた。


 「いやー、ごめんね。手間かけちゃって。今年こそは、帰らなきゃなとは思っているんだけどさ。見てよ、この足」


 そう言って彼女は、自分の右足首を指差した。その指が指示した先には、透明な糸が何重にも巻かれている。その糸を見て、三千代は眉間に皺を寄せる。


 「その糸は、自縛の糸よね。あなたは、普通に成仏したはずだけど」


 「そうなんだよね。今さら、おかしいなって自分でも思うよ。帰れなくった年は、ばーちゃんに付き合ってこの町に帰ってきてたんだけど、花火を見ようと屋上に来たらこの様だよ。どうすればいい?」


 「先輩、本人の意志に反して自縛の糸が巻き付くなんてことあるんですか?」


 「普通はない。可能性としては、縛りけられるほどの何かがあるか」


 「うーん、特にない。だって死んだのだって自分のせいだしね。だからこそ、この町にも来てなかったんだけどさ。…………変わったことと言えば、友人二人に再会したことくらい?」


 「そのご友人とは、仲が良かったんですか?」


 明日香の質問に少し悩みながら、海は頷いた。自分がこの町に来たのは中学三年生の時だった。元々は都心に住んでいたが事情がありこの海辺の町へと来た。その時からの友人だと思う。


 「ぼくって割とハードな家庭環境だったわけ。それを知ったばーちゃんに引き取られたんだけどさ。あの二人それぞれ勘違いしててさ。ぼくからすれば二人は友達なんだけど。何をどうしたらそうなるのって感じ」


 「勘違いって何ですか?」


 明日香の問いに海は、心底困った顔をして言った。


 「どうやら工藤は、葵がぼくのことを好きだって思っているし、葵はぼくが工藤のことを好きだと思っている」


 「え?」


 「ぼくと葵は同性愛者ではないし、ぼくはあの当時恋愛なんてする余裕は全くなかった。何を勘違いしたらそういう風な考えになるのか全く理解できない。むしろあの二人の両片思い状態を横からニヤニヤ見ていただけなんだけど」


 「でも、そう見える何かがあったんじゃないですか?」


 「葵はとある理由で、ぼくに対して依存気味だった。それは工藤も分かっている。工藤に関してはあいつは間違った成功体験をしてしまったからそれとまた同じことをしないように見張ってはいた。いい奴だしね」


 「間違った成功体験?」


 「ぼくが転校してきた時、葵達のクラスは荒れてた。イジメが起こっていてそのターゲットを葵がかばったことで今度は葵がターゲットになった。でも、自分で言うのはなんだけど変わり者のぼくが現れたことでその対象は、自然とぼくにうつったんだ」


 「イジメの原因ってあったの?」


 三千代の質問に海は、首を横に振って説明を続ける。


 「あの頃のイジメなんて些細なきっかけだし、大きな原因なんてないんだよ。自分の持て余した感情を他者にぶつける。それだけ。だから、ぼくはぼくをイジメるやつに容赦しなかった。やられたらやり返す人間がいることを身をもって示してやった。その結果、イジメはなくなったけど変わり者のぼくとその側にいる葵と工藤。その他の人間って感じの人間関係に落ち着いた」


 「それのどこが間違った成功体験なんですか? 普通に友情が芽生えた変わり者グループな気がします」


 「うーん、そもそもその当時のイジメというよりはイジメゲーム?を始めたのが工藤だったんだよ」


 ゲーム感覚でターゲットを変えていくことで、大きなイジメにさせないという常識外れのゲーム。それでなんで大きなイジメに発展しなかったのか不思議でならないゲームだった。


 「まぁ、その件に関してはどうでもいいよ。終わったことだし。間違った成功体験というのは、その手法で葵の周囲の人間を排除出来て囲えたことかな? でも、最終的にぼくという存在が疎ましくなった。同性だから許してたけど、自分よりも僕を葵が優先するから」


 「それってさっさと彼が告白してれば解決したことでしょ?」


 三千代は、工藤に対しての呆れを隠さなかった。少しばかり束縛の強い彼氏が生まれてそれを許容する彼女が出来るだけの話だったのではと思ったから。


 「その簡単なことで解決できる問題が解決出来ないのが、この狭い町の小さい社会の難しさかな」


 この小さな海辺の町では、噂が一瞬で伝わる。良い噂も悪い噂も。工藤の家は、この町の地主。かたや葵の家は、地元の小さな商店。釣り合いが取れないだとかあっという間に話が回るのが目に見えてた。


 「えー、現代でまだそんな事を言う奴らがいるんですか?」


 「ぼくたちが高校生の頃だよ? その頃はまだうるさい年寄り連中も多数ご存命だったわけ」


 葵も工藤も閉鎖的なこの町に息苦しさを感じていて、葵は進学・就職を機にこの町には戻らなかった。ただ、数年前この町に突然ふらっと戻ってきたのだ。


 「もしかして、あなたが戻れなくなったのってその日から?」


 「あー、言われてみればそうかも?」


 三千代の指摘に海は、思い出す。帰る前に夏祭りを見物して、屋上から花火を見たら帰るかと考えていたのだ。工藤は、毎年学校のパトロール当番で祭りを巡回していた。その姿を見て、自分達の頃も先生達は大変だったんだなと考えていたその時、神社の境内で急に奴が動きを止めて。その視線を追ったら、葵がいたんだ。わたあめを手に歩く葵と奴の視線が合った気がしたけど、葵は会話をすることなく行ってしまった。そんな二人の姿を見て、とても寂しく感じたんだ。


 「その寂しさがあなたを縛っているんじゃない?」


 「うーん、そうなのかな」


 「じゃあ、三人で花火を見れればその寂しさが解消されませんかね?」


 「どうやってよ。まさか、幽霊の友達に会ってくださいなんてことを伝えるの?」


 無茶な提案をする明日香を三千代はじとりと睨み付ける。


 「まさか、直接は言いませんよ。手間はかかりますけど、噂をばらまくんです。眼帯を付けた少女の幽霊が現れるって」


 「また、面倒なことを。それで二人が来なかったらどうするのよ」


 「その為に私達が潜入して、二人を誘い出すんです!」


 「はぁ?」


 こうして、三千代と明日香に寄る二人の怪談話作戦が幕を開けた。もちろん、海もその作戦に巻き込まれて、他の生徒達を脅かす役目を担うことになった。完全に巻き込まれる生徒達が気の毒になったが、このまま自分が校舎に住み着くのも迷惑だろうし、何より久々にワクワク感が止まらない。


 「また、二人に会えるといいなぁ」


 期末テストも終わり、夏休みへの期待で生徒達が浮足立ち始めたある日。偶然、生徒達が話すその噂を耳にした。夜の旧校舎で眼帯を付けた少女が現れて、出会った生徒を追い回し水風船をぶつけてくると。


 (水風船? まさかな)


 「工藤先生!」


 「橘か。どうした?」


 「先生の同級生に眼帯を付けた少女がいたって、本当ですか?」


 「いきなり何だ」


 「ほら、今噂が流れているじゃないですか? 新聞部としては、気になるじゃないですか。古株の先生に聞いたら、先生の同級生にいたって」


 「あのなぁ。怪談話を真に受けるな。お前らが騒いだら余計に大騒ぎになるだろうが。夏休みが終わればそんな噂はなくなるさ。ほら、教室に戻れ」


 「えー、けちくさいなぁ。教えてくれてもいいじゃないですか」


 全く引かない明日香に、どうしたものかと考えていた時にタイミング良くチャイムが鳴り響く。


 「ほら、チャイム鳴ったぞ」


 「工藤先生のけち!」


 明日香は、そう言い残すと自分の教室へと走り去って行った。工藤は、その姿を見送りながらも面倒なことになったと思った。


 「他の先生方にも口止めしとかないとな」




 「葵さん! 聞いてくださいよ、結局他の先生方も何にも教えてくれなくて。真実をを伝えたいだけなのに!」


 「落ち着きなさいよ。そもそも直球で行くからいけないのよ。葵さん。うるさくして、ごめんなさい」


 「別にかまわないけど。明日香ちゃんは、何をそんなに興奮しているの?」


 「前に話した怪談話に続報があって…………」


 三千代は、校内で噂になっている怪談話の詳細を説明してくれた。期末テスト前後から段々と噂になっていて、今では知らない人間がいないこと。そして何人かの生徒が怖いもの見たさで、校舎に忍び込んで本当に水風船をぶつけられたという話まで出てきたこと。その噂の検証を新聞部でする為に色々な証言を集めていたら、昔そんな生徒がいたという話があり、同級生と思われる先生に話を聞いたけど答えてくれなくて他の先生も話してくれなくなったらしい。


 「眼帯を付けた少女ね。確かに同級生にいたわ。ただ、先生方が口を噤むのも仕方ないのよ」


 「どうしてですか?」


 「彼女はね、亡くなっているの」


 「病気か何かですか?」


 三千代の問いかけに葵は、今にも泣きだしそうな顔をしながら教えてくれた。


 「あの頃は、全校集会を外で行っていて。その集会中に彼女は、屋上から落ちて亡くなったの。制服のスカーフを握りながら。彼女は、家庭環境が複雑でそれが自殺か事故か誰にも分からなかった。親友だった私にもね」


 葵のくれた事実に明日香も三千代も何も言えなくなる。重苦しい空気がその場を支配して、葵も多感な時期の少女達に話すべきではなかったと後悔する。その沈黙を破ったのは、明日香だった。


 「葵さんは、その子に会いたいですか?」


 「えぇ、会えるならもう一度会いたいわ」


 「じゃあ、私達に任せてください。この噂を検証してみせます!」


 「検証するって、どうするのよ。適当なこと言うんじゃないわよ」


 「来週の夏祭りの日の夜に、旧校舎に忍び込む! あの日は、夜から先生達は見回りに行くからチャンスよ」


 「明日香ちゃん。やめなさい。ばれたら処分が下るわよ。うちの学校は、ただでさえ校則が厳しいんだから」


 「そうよ、明日香。今時、集会前に服装検査する学校なのよ。スカートの丈やらスカーフの結び方とか有り得ないくらい厳しいんだから、うちの学校。検査をクリアしなきゃ集会に参加も許されない上、評価に直撃食らうなんてうちの学校くらいよ」


 「…………厳しいかな?」


 「ばれたら停学一直線。忍び込んだ奴らも処分受けているらしいし。葵さんの言う通り、やめておいたほうがいい。葵さん、聞かなかったことにしてください」


 「えぇ。二人ともせっかくの夏休みなんだから、花火大会を普通に楽しみなさい」


 それから二人とも楽しそうに夏休みの予定を立てていたが、お店からの帰り際に一瞬見せた明日香の表情に一抹の不安を葵は覚えた。


 (大丈夫かしら。あの顔は、諦めてない気がするのよね)



 「工藤先生! 私達は、先に行きますので戸締りお願いします」


 「はい。私は、神社から回って花火大会の会場に行きます」


 「お願いします」


 他の先生方を送りだした後、工藤は戸締りを行い校舎を後にする。外で懐中電灯を付けた時に何かが横切った気がしたがそこには誰ももいなかった。


 「気のせいか。さて、行きますかね」


 神社では、屋台がいくつも連ねており騒ぎが起きやすい。生徒達は、教師が見回っているのを知っているから大人しい。ただ、花火大会には近くの市町村からも観覧客が大勢くるせいか毎年何かしらの騒ぎが起こっている。それを抑えるのが教師である自分達と地元の実行委員会の仕事だ。


 「あ、工藤先生」


 「吉岡。一人か?」


 「明日香と約束しているんですけど、来なくて」


 「一人じゃ危ないぞ」


 ナンパ目的の人間もいるので生徒を一人にするわけにもいかない。


 「工藤君に三千代ちゃん?」


 どうしたものかと工藤が思案していると、後ろから懐かしい声が聞こえた。振り返るとわたあめの袋を持った葵が立っていた。


 「…………葵? 吉岡達と知り合いなのか?」


 「放課後にうちのお店に来てくれる常連さんよ。あら? 明日香ちゃんは?」


 「それが、待ち合わせに来なくて」


 「待ち合わせに来ない? …………もしかして」


 葵の脳裏にあの日の明日香の顔が浮かぶ。嫌な予感しかしない。葵の言葉に何か思いついたのか、三千代も顔をしかめて大きな溜息ををつく。工藤だけが検討がつかず二人の反応を伺うと葵が口を開く。


 「は? 怪談話の検証? 馬鹿か、そんな事ばれてみろ。よくて停学かそれ以上の可能性もあるぞ」


 「そうよね。どうしたものかしら?」


 「私、今から学校に行ってみます! 見つけたら引っ張って連れ帰るので見逃してください!」


 「…………いや、俺が行くから。お前達は、帰れ」


 「いえ、あの子の暴走を止めるのは私の役目なので」


 「工藤君。私も一緒に行くわ。保護者役として、一緒にいれば忘れ物を取りに来たって誤魔化せないかしら?」


 「仕方ない。さっさと行くぞ。他の先生方は、花火大会の会場へ行っているから」


 三人は急いで学校へと向かった。昇降口の扉を確認するが、扉は閉まっている。職員玄関も自分が閉めたので、そこからの行内への侵入は不可能だ。


 「どこから入るつもりだ?」


 「…………1Fの教室の窓で鍵が壊れている箇所が一つありまして」


 三千代がボソッと伝えてきた事実に工藤は、頭を抱える。おそらく今まで忍び込んだ生徒もそこから侵入したのだろう。


 「すみません。生徒達の暗黙の了解というか。何かあって校舎に出入りが必要な場合はそこからって」


 「そうか。後で教えろ。さすがに防犯上問題だから」


 「はい」


 「玄関から行くぞ。とりあえず、職員室に行くぞ。目的が旧校舎なら鍵が必要だからな」


 三人で夜の校舎を歩いていると、ドン、ドンと花火の打ちあがる音が聞こえ始めた。


 「始まったか。お前達、ここで待ってろ」


 職員室前に着くと工藤は、室内に入りキーボックスを開けて中を確認する。すると旧校舎と書かれた鍵がない。


 「…………まじか。他の先生に見つかる前にどうにかしないと」


 キーボックスを閉めると工藤は、廊下へと戻る。するとそこには、葵しかいなかった。


 「葵、吉岡は?」


 「え? 三千代ちゃんなら隣に………えっ、いない!?」


 「あいつは…………。旧校舎だ急ぐぞ」


 「もう、困った子達ね」


 旧校舎と新校舎を繋ぐ廊下へ急ぐ。校舎が繋がっているのは二階の外廊下だ。他の入口は外に出なければならない。外廊下に一番近い階段を登り始めると中間の踊り場に誰かが立っている。周りは暗い為、その姿は、誰のものか確認出来ない。


 「誰だ?」


 工藤が声を上げると何かがビチャと音を立てて足元で弾けた。懐中電灯を当てるとそこには、水溜りが出来上がっている。


 「は? 水風船? 噓だろう?」


 「工藤君! 危ない!」


 葵の声に顔を上げると今度は、水風船が工藤の顔や体にいくつも直撃した。


 「は? ふざけんなよ!」


 「ばーか、ばーか。きゃははっ」


 踊り場にいた人物は、笑い声を上げながら二階へと姿を消して行った。水を拭うって懐中電灯を向けるとそこには誰の姿もなかった。


 「…………海? あの声は、海よ!」


 そう叫ぶと葵は、階段を駆け上がって行ってしまった。


 「あっ、待て! 危ないだろ!」


 我に返った工藤は、葵の後を追った。二人の姿が消えるのを確認すると、先ほど姿を消した三千代が現れた。


 「あーあ、派手にやってくれたわね。これ片付けるの私達なんですけど」


 「まぁまぁ、三千代先輩。後は、三人の時間ですよ」


 「明日香。そうね、とにかく二人が戻る前に片付けますか」


 「はい」


 旧校舎へ入った二人は、そのまま屋上へと向かって走っていた。息を切らせながらも葵の目はらんらんと輝いている。あの時も楽しそうに、海と一緒に屋上へと逃げ込んだことが思い出された。こんな楽しそうな葵の姿を見るのは、あれ以来かもしれない。


 「海!」


 屋上の扉を勢いよく開くと、屋上の縁に腰をかけた少女の姿があった。少女は、花火を見ながら吞気に叫んでいる。


 「たーまやー」


 「「海」」


 「やだなぁ、二人して何をそんなに騒いでいるかな?」


 「お前こそ、今さら怪談話のネタになるな!」


 「うーん、好きで怪談話になったわけじゃないよ。ぼくはただ、二人と花火が見たかっただけだよ。折角、成仏したのにさぁ。誰かさん達のせいで、帰れなくなってて困っているんだよ」


 「は?」


 「海! 本当に海なの? なんで、なんで…………」


 「ストップ! ぼくは自殺さたわけじゃないよ。あれは、事故なの! ぼくのスカーフが無くなったから探していたら、屋上のポールに巻き付いているのが見えてね。登って取ってたら、うっかり足を踏み外しただけ!」


 「自殺じゃないの?」


 「何でぼくが自殺しなきゃいけないのさ! 夏休みに花火大会に行くって約束してたろ? スカーフを探していたのは、あれがないと集会に出れないから。本当、変な校則ばっかだよね。この学校」


 怒りをぶつけるように地面をだんだんと踏みつける姿に笑ってしまう。あぁ、確かに海だと。


 「落ちる時に笑ってたのは、何でだよ?」


 「うん? あの日ってすごい青空と大きい入道雲が見えて空が綺麗だったんだよね。笑っちゃうくらいに」


 理由になっているんだかいないんだか、彼女らしい答えだった。


 「帰れなくなったって。どういうことだよ」


 「ぼくがお盆にこっちに帰って来てたら、神社で二人の姿を見かけたんだよ。だけど、声を掛け合うこともなく去って行く姿を見て、無性に寂しくなって。帰る前に屋上で花火を見ようと思ったら、帰れなくなってた」


 「…………海は、今でも寂しいの?」


 「別に結構楽しくしてたよ。二人が天寿を全うしたら、迎えに行ってやろうかと思ってたのにこの様だよ」


 「良かった。寂しくはないんだね。じゃあ、花火を見たら帰るの?」


 「うん、三人でまた花火が見れたから。ほら、見て」


 海の足首に纏わりついている光の糸らしきものが、ボロボロと崩れていった。


 「僕のお願いが叶ったみたい。これで、帰れるよ。二人ともありがとう。じゃあ、またね!」


 自分の言いたいことだけを言って、海の姿は消えてしまった。本当、最初から最後まで自分勝手なやつだと工藤は思った。同じように思ったのか、葵は笑いながら叫んだ。


 「ちゃんと、迎え来てよね!」


 「さて、今度は二人を探しに…………、二人って誰だ?」


 「どうしたの? 最初から私達だけでしょ?」


 「そう、だよな。なぁ、せっかくだからここで花火見物して帰るか」


 「そうね、わたあめ食べながら海の供養でもしましょ」


 「あぁ、そうだな」


 屋上の入口の前で、葵と工藤が楽しそうに話始めるのを確認すると明日香達は、校舎の中へ戻った。怪談の踊り場には、海の姿があった。


 「いいんですか? なんか中途半端じゃ?」


 「いいんだよ。二人はもういい大人だよ。これから、どう転ぼうがぼくには関係ないさ。というか何でそこまで面倒みなきゃならないんだよ。あとは、生きている者同士の問題!」


 「確かにそうですね。明日香、さぁ扉を開いてちょうだい」


 「はーい」


 明日香が手を叩くとそこには、何の変哲もない木製の扉が姿を現す。その扉を開けて、三人が姿を消すと同時にその扉も姿を消したのだった。




 






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