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60:鮮血剣【サングィラル】

 『我が君! 我が君! 起きたまえ!』


 気づけば、アタシは半ば土に埋もれて倒れていた。

 霞む視界の中でセファーの顔だけが明瞭に映し出されていて、必死にアタシを呼んでいる。


 頭の中で警報がけたたましく鳴っていて、うるさい。


 同時に、表示されている人体図は真っ赤に染まっていた。

 激痛と共にアタシの全身が異常をきたしていると訴えている。


 それでも、なんとかアタシは体を起こした。


「ごほっごほっ……!」


 咳き込むと口の中に血の味が広がる。


『敵が接近しつつある! 全力で逃げることに集中するんだ! 我が君ッ!』

 

 セファーの叫びにも、アタシは返事をすることができない。

 体を支えるのが精いっぱいだったこともあるが、その提案を承諾できそうになかったからだ。


 逃げられるのなら、とっくに逃げている。


 力が入らない。全身が痛い。それ以外の感覚がない。

 見ればメイド服の全身には血が滲んでいて、ボロボロの布切れのようになっていた。


 遠くから、こちらに近づく巨躯が見える。


 もう、駄目かもしれない。


 アタシは空を仰ぎ見た。


 フィロメニアの霊獣になって、イケメンたちをぶっ飛ばして、ステージにも立った。


 アタシにしてはよくやったと思う。

 ――でも、フィロメニアは勝てって言ってた。


 鉄骨で潰された前世に比べれば立派かもしれない。

 ――でも、ここでアタシが死んだら、フィロメニアも死ぬことになる。


 お母さんも、お父さんも、死ぬときはどうだったのかな。

 

 なにを思ってたのかな。

 まだやれるって、まだ戦えるって思ってたのかな。

 それともアタシのことを思ってくれてたのかな。

 

 ……寒い。


 流れる血が、足元で冷たい血だまりを作っている。


 誰かに暖めてほしい。


 フィロメニアはアタシが甘えればぎゅっとしてくれる。

 シャノンにも言えば抱きしめてくれそうだ。

 サニィは向こうから甘えてくるから、暖を取るには持ってこいかもしれない。

 

 でも、でも今、アタシにはもっと抱きしめてほしい人が浮かんでいる。


 剣の鍛錬の終わりには、必ず抱きしめてくれた。


 あの香り、あの熱、あの感触。


「お母……さん……」


 アタシは不思議と手を伸ばす。

 こちらに向かってくる異形はもうすぐそこだ。


 そのとき。


 ――キィィィン!


 アタシと異形の間に、なにかが突き刺さった。


 それは見覚えのある……いや、懐かしいものだった。

 大きさはアタシの身の丈ほどもあるだろう剣。片刃で、流れる水のようななめらかなフォルム。そして一番目を引くのは色だ。



 血を思わせる紅――鮮血剣【サングィラル】。


 

 かつて、その名を冠した二つ名を持つ人がいた。

 【鮮血剣のアドリアーナ】――アタシのお母さんだ。


 同じく赤い髪を持つお母さんはこの剣と共に戦場を渡り歩いた。


 ――ウィナ。アンタの剣は自分の守りたいものを守るために使うんだよ。


 いつか、お母さんが言っていた言葉が不意に蘇る。

 お母さんは強く、厳しく、そして優しかった。

 

 いつも笑顔で、真っ直ぐで、そんなお母さんなら――!

 

 ――絶対に諦めない!


 アタシは迷わずその剣の握りに手を掛ける。


「ぐぅっ……!?」


 だが引っこ抜けない。重い。重すぎる。いつも使っていた長剣など、これと比べれば羽根のようだ。

 

 だからといって諦める理由にはならない……!


 アタシは全身の激痛など無視して力を込める。

 耳元で警報が鳴り、視界の線や図形にもノイズが走り始めた。


『我が君! これ以上やれば君の体は……ッ!』

「黙って……!」

『我の力が君を侵食している! ()()のようになりたいのか!?』


 セファーの言葉にファビオと呼ばれた青年の顔が脳裏にチラつく。


 これ以上やれば、アタシもあんな風になってしまうのかもしれない。

 

 だからといってここで死ぬ理由にはならない!


 アタシは元から人間じゃない。人間のフリなんてもうよそう。

 アタシは、フィロメニアの剣だ。盾だ。霊獣だ。


 この身がどうなろうと知ったこっちゃない。

 生涯を捧げると誓った主のためなら、アタシは――。


 ――なんにでもなってやる!


「うおおぉぉぉぉッ!」


 【サングィラル】が深々と刺さっていた地面から抜ける。

 

 もうすでに異形はすぐ目の前に迫っていた。

 アタシは歯を食いしばって【サングィラル】を振り抜く。


「グガァァァァ!?」


 すると、殴りかかってきた腕は手首の辺りで両断された。

 

「へへっ……すごいじゃん。ぐあっ……!?」


 アタシが【サングィラル】の切れ味に驚いていると、電撃のような頭痛が襲ってくる。アタシの中の力のようなものが剣に吸われている感覚。

 視界の中では新たな警告が表示され、セファーが焦りだした。


『この剣、君の魔力を強制的に吸収しているのか……!?』

「アタシに……魔力なんてあったのね!」

『いや、だが、しかし、なぜ立っていられるんだい!? 君の魔力は微量なものだったはずだ!』

「あはは、知らね!」


 こんな状況で笑っているアタシは異常だろうか。

 そうかもしれない。敵に殺されるかもしれないときに、自分の力で身を滅ぼされるかもしれないときに笑うなんて。


 片腕を失った異形が、今度は両の鎌を振り下ろしてくる。

 それを【サングィラル】で掲げると、アタシの両足が埋まるほどの衝撃が来た。


 剣自体の重量に加えて、巨体による振り下ろし。


 けれど、アタシはギリギリのところでそれを受け止めていた。


「ぐおおああぁぁぁ……!」


 そのとき、アタシは全身の痛みよりも、腕輪から徐々に侵食してくるなにかを感じていた。

 それは一瞬でアタシの中を駆けまわり、結びつき、そしてまた駆け巡る。


『これは……順応――いや、改変されている!? 君はっ……君はなんだ!?』

「アタシはぁッ!」


 体の奥から溢れ出てくる力の流れ。

 その奔流に任せて外へと力を放出すると、アタシの翅がひときわ大きく広がった。


「悪役令嬢のメイドだああぁぁぁぁッ!」


 溜めた力を弾ませるように異形の鎌を跳ね返す。

 そして、異形へと向かって跳躍すると、その胸を狙って【サングィラル】を一閃させた。


 血飛沫のように、剣身から紅い波紋が広がる。


 それは空気を、森を、甲殻を、そして霊核を斬った。

 魔法ではない、剣そのものから放出されるすべてを切り裂く、美しく残虐な波動。


 アタシが地面に着地すると、異形はその動きを止める。


 そして、ずるりと上半身が滑り落ちて、森の中へと転がった。


「あ゛あ゛ぁぁぁぁっ!?」


 叫びに見れば、ファビオが顔に爪が食い込ませ、狂乱している。

 

「ぞんなッ……! 俺の゛ッ……俺の霊獣がッ……! がぶあっ! あああいいぃぃぃぃぃあああああッ!」


 ファビオは吐血すると、胸を搔き乱して絶叫した。

 その顔はどんどん浅黒くなっていき、眼底や頬骨が浮き出て、見る間にミイラのような様相に変わる。


「ア゛ァ……」


 最後、しわがれた声をあげて、ファビオは倒れた。

 それを見て、アタシはふっと笑う。


 どうやら神殿のワケのわからない召喚は死に様すら歪なものにするらしい。

 けれど、アタシも同じようなものか、と自嘲を込めた笑いだ。


 さて、問題は解決したし、フィロメニアのところに行かなくちゃいけない。


 アタシが相変わらずクソ重い【サングィラル】を引き摺りながら歩き始めると、声が聞こえる。


「ウィナ……ッ!」


 見れば、馬に乗ったフィロメニアが悲痛そうな顔をして戻ってくるところだった。

 

「ウィナ……! 無事か!? しっかりしろ!」

「ふふ、まぁ、ぼちぼち……。げほげほっ……!」


 アタシがよろよろと近づくと、馬から降りたフィロメニアに抱き留められる。


 そんな風に抱きしめたら服が汚れちゃうよ。

 そう言おうと思ったが、咳が出て上手く喋れない。

 

 フィロメニアに包まれるように抱きしめられながら、アタシは手に持った【サングィラル】を見る。


 一体誰がこの剣をアタシに渡したのだろう。なぜこの剣がここにあるのだろう。

 アタシにはそれを確認する術も力も残っていない。

 

 とにかく生き延びただけでもありがたく思うべきかもしれない。

 

 アタシはフィロメニアの首筋に顔を埋めながら、彼女の香りに思考を鈍くさせるのだった。

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