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44:躍り出ろ、最高の舞台へ

 ここは教室棟の屋上。

 通常は建物の中からは施錠されて立ち入れない場所だが、隣の食堂棟の屋根上からならば飛び移れる。


 だからここには普段、誰も来ない。


 アタシがそんな場所で大の字になって寝そべっていると、傍らに誰かが降り立った。

 

「こんなところにいたのか」


 クレイヴだった。

 彼にはテラスでの騒動について、学園に説明してもらっていた。


 アタシは王太子殿下の前で寝たまま首を向けると、聞く。

 

「どうだった?」

「魔法の暴走、ということで一応の収束をさせた。だが、あの状況を見てしまった者も少なくはない。噂は立つのだろうな」

「事後処理お疲れさん」

「俺にはこれくらいしかできないからな」


 そう言うクレイヴの肩はどこか下がり気味だ。

 アタシは不思議に思って彼に聞く。

 

「なにその落ち込み気味なトーン」

「いやなに……。自分の無力さを再度実感しているところだ」

「アンタが無力なんじゃなくて、アタシが最()()過ぎるのよ」

「そうだろうな。だが、今回も俺はシャノンに何もしてやれなかった」


 『も』とついている辺り、クレイヴにはクレイヴなりに思う力になれると思った場面がいくつもあるのだろう。

 テンション低めなクレイヴに、アタシはニヤけ顔で言ってみる。

 

「慰めてあげよっか?」

「魅力的な提案だが遠慮するよ。さらに自分を情けなく思ってしまいそうだ」

「もっと肩の力抜けよ~」


 アタシはそう言ってガバっと起きると、鼻から息を吐いた。

 人の慰められる立場でもないと自分でも思ったからだ。

 

「……まぁ、今回のはアタシが原因なんだけどね。アタシがあの子のお姉さんを殺しちゃったから、あの子はあんなんなっちゃった。アタシがあの子の人生を狂わせたのよ」

「気負うな。君に落ち度はない」

「気負ってないわよ。……気負うほどの人間性がアタシにないのかもって話」


 やれやれ、とアタシは首を振る。

 霊獣になってからアタシはそれをすぐに感じた違和感を今まで忘れていた。


 それは、あの森の中で、敵を倒して落ち着いた状態で――目の前に少女の死体があると言うのになんの嫌悪感も抱かなかったことだ。


 セファーの言う通り、自分は死というものに対して恐れを抱いていない。


 クラエスのフェンリルと対峙したときも、三馬鹿のグレーター級の霊獣と戦ったときも、自分が死ぬかもとか、相手を殺すかもとか、そういったことに恐怖を感じなかった。


 そこにあったのはその戦いのあとにどうなるか、という理屈の上での考えのみ。

 だから上級生に襲われても彼らを殺すことはしなかったし、ジルベールたちにも打撃での失神を狙った。


 自分はそういう人間なのだ。


 だが、それに対して反対する声があった。

 

「そんなことはない」


 クレイヴは眉をひそめてこちらを見る。


「君は十分に人としての誠意を尽くした。尊敬に値する」

「シャノンが出てこなかったら、アタシはディアナの首をバッサリやってたのよ。それでも?」

「それでも、だ。なぜなら君はシャノンの行動に、情動に動かされた。フィロメニアの命ずるままではなく、自らで考え、シャノンの助けに応じ、刃を止めた」


 片膝を抱えて座るアタシに、クレイヴは顔を近づけてくる。

 

「それだけで十分に……君は人の心に耳を傾けることのできる女性だよ」


 やめろ。そのイケメンを近づけて甘い言葉を囁くな。

 そんなことを考えながら、アタシは顔を背けた。

 

「女扱いされてないと思ってたわ」

「女性の扱いは心得ているつもりだが、君に対しては形無しだな」

「そんなことないわよ。――なんかちょっと元気出たし」


 アタシは、ふっと勢いをつけて立ち上がる。

 そんな様子を見て、クレイヴはしみじみとした笑みを向けてきた。

 

「ならよかった。……本当に君には負担ばかりかける」

「労え」


 すると、クレイヴは拳を突き出してくる。

 

「お疲れ様。ウィナフレッド」

「おう」


 こういうのは男同士でやるもんじゃないんか、と思いつつもアタシはそれに拳をコツンを合わせた。

 クレイヴは落ち込んでいたが、今のところシャノンとくっついていないことを除けば頼りになる男だ。

 

 戦闘面でも申し分なくシャノンを守れるし、背中を預けることもできる。

 まさかアタシが王太子殿下とこんな関係になるとは思わなかったけれど。

 

「ところで」

「おん?」


 クレイヴとの間に奇妙な友情を感じていたアタシは、ぱっと顔を上げた。

 

「さっきファブリス先輩が来て君を探していたぞ」

「……そんで?」


 嫌な予感がする。こういうときのクレイヴは非常に察しが悪い。

 

「夜なら部屋に戻るだろう、と伝えた」

「フザけんなこのクソボケぇぇぇ!」


 変なところで気の利かないクレイヴへの叫び声が、人の少ない学園にこだまするのだった。



 ◇   ◇   ◇


 

「いや、マジで緊張してきた。ヤバい。変な汗かいてる。動悸がするし吐き気がする。やめたほうがいいかな」

「今更怖気づくな」


 暗い舞台袖、ステージから射す光に怯えながら、アタシは頭を抱えてうろうろと落ち着かない。

 ディアナの一件から一ヵ月弱が経ち、気がつけば二学期始めの舞踊会――つまりライブ当日となっていた。


 この日に備えて販促活動を行ったサイリウムは完売で、今か今かと観客席の人々がアタシたちが登場するのを待っている。


 そんなところをちらっと見ていたら、緊張でアタシは挙動不審になっていた。


「私と共に舞台に立つのだ。観衆の半分は掌握してみせろ。いいな」


 だから掌握してるんじゃないって。

 そんなことを思いながらも、この日のために用意された衣装を再度確認した。


 アタシの衣装は白と黒を基調とした――【霊起(Activate)】したときにも色が映える左右非対称のメイド風衣装だ。


 赤の騎士風の衣装を身に纏っているフィロメニアは美しいというよりもカッコいい。

 この舞台を観客席から見る側にも立ちたいと思ってしまうほどだ。


 けれど、ここにはアタシの舞台を見に来た人も大勢いる。


 用意したサイリウムの色は赤と緑の二色。

 それがどちらも売り切れたということは、それだけアタシを応援する声も多いということだ。


 フィロメニアにも言われたが、今更逃げるわけにはいかない。


 これが舞台に立つ者の重圧か、とアタシは自分を奮い立たせる。


 アタシはクレイヴを始め、ジルベール、セルジュ、シャノンを差し置いて舞台に立つ身だ。

 いくらフィロメニアのおまけとはいえ、格好の悪いところは見せられない。


 いつかアタシはシャノンに言った。胸を張れ、と。今このままの姿を見せてこいと。


 今度はアタシの番だ。


 歌って、踊って、この舞台に立つにふさわしい存在だと見せつけなければならない。

 こんなことになるなんて、アタシがこの世界に来たときには思いもしなかったことだが、もう止められない。


「じゃ、じゃあアタシ、向こう側に行くから……」

「――ウィナ」

「なに?」


 ステージは舞台袖が両側にあり、中心に向かって橋が伸びていくような形で、その両側からアタシたちが出てくる流れだ。

 アタシは反対側の舞台袖に移動しようとしてフィロメニアに飛び留められる。


「お前は、何者だ?」


 ニヤりと笑ったフィロメニアはそう問いかけてきた。


 そんなこと、わかりきっている。

 アタシはウィナフレッド・ディカーニカ。


 公爵家に忠義をつくした騎士の生まれで、フィロメニアの親友。そして――。


「公爵家の、そしてアンタの御付きメイド! 以後、御見知り置いとけ!」

「よし、行け!」


 どん、と背中を叩かれてアタシは走り出す。


 光の射す方に、アタシたちの作った最高の舞台に。


 そして、音楽が鳴ったタイミングに合わせ、アタシはステージへと躍り出るのだった。

 

以上で二章完結となります。

お付き合いいただきありがとうございました!


皆さま、いつも応援ありがとうございます。

三章は執筆中となりますので、少しお時間を頂きます。


その間も★★★★★での応援とブックマークが励みになりますので、

何卒宜しくお願い致します!

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