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22:以後、お見知り置いとけ!

「ウィナちゃんッ!」

「ウィナフレッド!」


 その魔法の閃光が炸裂する瞬間、思わずクレイヴとシャノンは叫んでいた。


 三人と三体の同時攻撃。

 そんなものをまともに食らえば、いくらウィナとはいえ無事ではないだろう。

 衝撃に舞う爆煙が晴れたとき、そこに倒れ伏せる少女の姿をクレイヴは幻視する。


 だが――。


 その煙の中から現れたのは、三対の巨大な光翼だった。

 羽根のない、透き通るガラスのようなそれはゆっくりと羽ばたくと、視界が晴れる。


 ――そこには二人の少女がいた。


 片方の金髪の少女は目を瞑り、強い意志を感じさせる表情で、魔法の炸裂の前からも一歩も動かず。

 そしてもう片方の緑の髪の少女は、後ろ向けて剣と腕輪を構え、悠然とそこに立っていた。


 どちらも、キズ一つない。


 相対する敵に出来うる最大の攻撃を受け止めたのだ。


「ウィナちゃん……!」


 隣でシャノンが安堵の声と共に崩れ落ちる。

 だがクレイヴは、目の前の光景に畏怖を感じていた。


 ――なんという力だ。

 

 相手は実戦の経験の少ない学生とはいえ、その血脈に証明された才能ある家の者たちだ。

 彼らが束になってもウィナを倒すどころか、一撃も入れられないとは。


 見ればセルジュは頭を抱えてその光景を疑い、ファブリスは膝をついて呆然としていた。


 ジルベールだけが、震える声でウィナに叫ぶ。

 

「て、てめぇは……!てめぇは何モンなんだ!? なんなんだてめぇはぁぁ!?」


 問われたウィナは振り返り、ニヤリと笑った。

 

「公爵家のメイドよ。以後お見知り置いとけ」

 

 瞬間、彼女の左腕がわずかに光を放つ。

 ウィナは大きく息を吸うと、それに伴って周囲の魔力までもが吸い込まれるように動いた。

 

 そして、彼女の全力の咆哮が空気を震わせた。

 

「うああああぁぁぁぁぁぁ――ッ!」


 ただの叫びではない。

 魔力を帯びた獣のような雄叫びだ。


 クレイヴは全身を打たれるような衝撃を感じ、目の前の魔法壁にヒビが入るのを見た。

 その叫びが終わったとき、すでに決闘場には動くものはいなかった。

 

 魔法壁を介してですら感じる衝撃だ。

 まともに食らってしまった三人は耐えきれず失神している。


 それに伴い、彼らの霊獣は魔力の光となって散ってしまった。


 

 ――……決着だ。


 

 だが歓声は起こらない。

 その場の誰もがジルベールたちの敗北と、ウィナの叫びという二重の衝撃で声を出すことさえできなかったのだろう。


 本来は率先して決闘を管理すべき審判までもが立ち尽くしてしまう有様だ。


「審判! 勝敗の判定を!」


 クレイヴが促すと、はっとした様子で審判は手を挙げる。

 当然、それは二人の少女の側だ。


「決着! この決闘、フィロメニア・ノア・ラウィーリアの勝利!」


 その宣言がなされても喝采はおろか、歓声は上がらなかった。

 たった一人、隣のシャノンを除いて。


「やった! やりましたね! クレイヴさ――あ、あれ?」


 飛び上がるほどに喜ぶシャノンは、はしゃいでいるのが自分だけだと気づいて、途中で顔を赤らめる。

 そんな彼女の肩にクレイヴは笑いながら手を置きつつ、ゆっくりと頷くのだった。



 ◇   ◇   ◇


 

 静まり返る決闘場を見て、アタシはこめかみを掻く。


 てっきり大歓声か大ブーイングのどちらかと思っていたが、なんとも微妙な反応だ。

 ちょっと派手にやりすぎたかもしれない。


 けれど、フィロメニアはそんなことに構わず前へ出て、剣を観客席のある一点に向けて声を上げる。

 

「見ていたか。マリエッタ・レイ・ヴュイルヤード。よくも菓子に毒など盛ってくれたな」

「こ、こんなことはお告げにはっ……!?」

「貴様が菓子を用意していたことはウィナの飼い鳴らした野良猫が吐いた。私はすべてを知っている」

「ちっ、違うわ! あれは……そう! シャノン! 貴女が渡した物でしょう!?」


 先ほど一人だけ歓声を上げたシャノンは急に水を向けられて、困惑したようにこちらとマリエッタを交互に見た。

 

 そういえばあのお菓子はシャノンからもらったんだった。

 まぁ、シャノンがアタシに毒盛る理由はないし、最初から疑ってもいなかったけど。


「えっ……? えっ!?」

「行こう。シャノン。もうここにいるべきではない」


 だがその言葉で生徒たちの視線はシャノンにも向けられてしまう。

 気を利かせたクレイヴは彼女の肩を持ち、足早に観客席を後にした。


「私は教師として貴方たちを――!」

「黙れッ! 神殿での地位欲しさに姦計をめぐらせた間者めが!」

 

 なおも悲鳴に似た声を上げるマリエッタを気迫で黙らせる。

 そして、両手を広げてフィロメニアは声高々に言い放つ。

 

「皆も聞くがいい。ここにいるウィナフレッド・ディカーニカは我が霊獣にして我が剣。我が命を預け、常に共にありし最愛の友」


 アタシは決着後に拾っておいた鞘に剣をしまう音を、あえて大きく鳴らした。

 

「我らの邪魔建てをするならば容赦はしない。此度の決闘の誓いの元、マリエッタ・レイ・ヴュイルヤードよ。すぐさまこの学園から立ち去るがいい!」

「ぐっ……ぐうううぅぅぅぅ!」

 

 これまでは微笑むだけだったマリエッタの顔がおぞましいものに変わる。

 それを見たのはアタシたちだけじゃない。


 生徒のほとんどが、頭を掻きむしり、凄まじい形相に顔を歪ませるマリエッタを見ていた。


 そこからの生徒たちの動きは様々と言っていい。

 足早にその場を去る者、マリエッタの変わりように動揺する者、いまだ決闘の衝撃に腰を抜かしている者。

 

 そして、わずかだが歓声を送る者もいて、その小さな喝采の中、アタシたちは静かに退場するのだった。

 


 ◇   ◇   ◇



 出場者の通用口をフィロメニアと無言で歩いていると、奥のベンチに座る二つの影があった。

 シャノンとクレイヴだ。


 クレイヴはこちらの姿を認めるとわずかに微笑み、手を振ってくる。

 だがシャノンは俯いたまま、微動だにしない。


「おめでとう、フィロメニア。そしてウィナフレッド。見事な勝利だった」

「ありがとうございます、殿下」


 近づいてそんなやり取りをする二人だが、クレイヴはシャノンの様子が気になるようだった。

 ふと横を見ると俯くシャノンを氷点下の目で見るフィロメニアがいて、アタシは慌てて間に割って入る。


「ごめん、ちょっとシャノンと話してもいい?」


 言うと、フィロメニアは呆れたようにため息をついた。

 

「ならば先に行く。手のひらを返す連中が待っていると思うのでな」

「殿下。私への配慮、痛み入ります。恐れ入りますが重ねてお願いを。お嬢様を宿舎までお送り頂ければ幸いです」


 逆上したマリエッタがフィロメニアに手をかける、なんてこともあり得なくはない。

 さっきの顔マジで怖かったな……。

 

 アタシは王太子殿下を顎で使うのだから、深くお辞儀をする。

 

「わかった。それと……君とはできれば対等に話したい」

「あっそ。じゃ、お願いね。クレイヴ」


 本人が言うならもういいか、と思い、ひらひらと手を振ると、クレイヴは満足そうに笑った。

 

「ふっ……ああ。いいとも」


 そうして婚約者同士を送り出すと、その場は遠くの喧騒が聞こえるだけで静かになる。

 こめかみを掻きつつ眺めていたが、シャノンは青い顔をして心ここにあらずといった感じだ。


 仕方なくアタシは声をかける。


「シャノン」

「ウィナ、ちゃん……?」


 今の今まで目の前に立ってたのに気づかなかったんかい。

 

 アタシが腕組みして言葉を待つと、シャノンはか細い声で訊いてきた。


「あの話、本当……? 私の渡したお菓子に毒って……」

「マジマジ。やってくれたわね」


 まさかアタシが体調不良で遅刻したのかとでも思っていたのだろうか。

 軽い調子で返すと、シャノンは堰を切ったように泣き出す。

 

「あっ……ああっ……! ごめっ、ごめん。ごめんなさい。ごめんなさいぃ……!」


 彼女のスカートが大粒の涙で濡れていく。

 ハンカチはさっき渡してしまって持っていないし、エプロンは戦闘の土煙で汚れてしまっている。

 アタシはシャノンの涙を拭うこともできず、ただその頭上に声をかけた。

 

「シャノン」


 彼女は泣き続ける。

 毒が入っているなんて知らなかっただろうに、言い訳もせず謝り続ける。


 アタシはそろそろこの状況に限界が来て――仕方なく怒鳴りつけた。

 

「このばかちん!」

 

 ポコっと軽く頭にゲンコツを当てると、やっとシャノンは顔を上げてくれる。

 

 まったく世話のかかる子ね。


「いいのよ。アンタはアンタなりに前に進もうとした。それを利用されただけなんだから」

「でもっ……私、ウィナちゃんに酷いことして……! 恩を仇で返して……!」


 まぁ、感謝の気持ちを伝えようとした結果、相手を毒殺しかけたんだから相当ショックは大きいだろう。

 騙されたとはいえ、マリエッタを信用してしまったという落ち度もある。


 シャノンは罰せられたいのだ。


 アタシはため息をついてしゃがみ込むと、彼女の手を握った。

 

「じゃあ、アタシの今から言う通りにしなさい」


 鼻水を垂らしたシャノンの目に、少しだけ光が灯る。

 

「来週も、そのまた来週も、ちゃんと授業に出なさい。遅刻もだめよ。誰に何を言われても、絶対に来なさい。来なかったら――」

「――来なかったら……?」

「アンタの部屋のドアぶっ壊して寝巻で連れてく」

「それは嫌……」


 そうだろう。でも普通に学校に通うのもシャノンにとっては苦行とも言える。

 なぜなら敗者の言葉とはいえ、公爵家の使用人に毒を渡したと公にされ、一時はその味方をしたのだ。


 平民の彼女の立場や視線は厳しいものとなるだろう。

 けれど、それくらいは乗り越えてもらわなきゃ困る。


 アタシじゃなく、他の誰かに支えてもらって、初めて彼女は胸を張れるのだ。

 それをシャノンもわかってくれるだろう。

 

「決まりね」


 そう言うと、シャノンは制服の袖でゴシゴシと顔を拭き、強く頷いた。

 どこまでも真っ直ぐなヒロイン。

 その強かさはこんなことで折れないはずだ。


 アタシはそう信じてる。

 

「ほら、帰るわよ。泣くなら自分のベッドで気が済むまで泣きなさい。あとハンカチ洗うの忘れんなよ!」

「うん……。うん……!」


 シャノンの手を引いてベンチから引っ張り上げると、やっと彼女は笑ってくれた。

 まったく本当に手のかかるヒロインだ。

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