10:歌って、踊れて、戦える
夕方、新入生たちの今日のスケジュールが終了する頃合いを見て、アタシはフィロメニアを迎えにきていた。
早めに仕事を終えたので、いくらか寝不足の頭を休ませることができてスッキリしている。
お屋敷で慣れてるアタシにとっては短い時間で効率的に休憩することなど造作もないことだ。
まばらに新入生たちが建物から出てくる中、迎えのある生徒とない生徒がいる。
ここらへんの対応も家ごとにまちまちだなぁ、と思っていると不意に黄色い声が上がった。
「フィロメニア様とクレイヴィアス殿下だわ!」
見れば、二人が並んで歩いてくるところだった。
「お似合いですわ……」
「婚約していらっしゃるお二人ですものね」
「あの二人と同じ学年ってだけで運がいいよな。俺ら」
「僕は親からコネを作っとけって言われて正直頭が痛いよ……」
周囲の生徒が口々に言葉をこぼす。
なんというかオーラが凄い。近寄りがたい空気を纏っている。例えるなら映画やドラマの撮影中に割って入るような忌避感だ。この世界にそんなものないけれど。
クレイヴィアスは朝に会った感じでは柔らかな雰囲気を感じたものの、やっぱりメインの攻略対象だけある。
あのイケメン高身長はかなり目立つのだ。
フィロメニアも彼に引けを取らない美貌に加え、ひとつひとつの動作の流麗さが前に立つ人間へ道を譲らせる。
でもあの二人が結ばれるルートはないし、アタシも想像つかないんだよなぁ……。
とにかく出迎えだ。
あの二人の邪魔はしたくないけれど、アタシは足早にフィロメニアの後ろについて声をかける。
「お嬢様。お疲れ様でした」
「ああ」
「やぁ。朝よりも調子がよさそうでなによりだ」
アタシに気づいたクレイヴィアスが笑いかけてきた。
いや、顔が良いな……。それに気配りもできるなんてチートかな?
「フィロメニア、そろそろ彼女を紹介してくれてもいいんじゃないか?」
「この者はただの使用人ですので」
「誤魔化さないでくれ。君が連れて歩くほどの彼女が、ただの使用人なわけがない」
そう言われて、フィロメニアの眉間がむっと寄せられた。
意外とこの王子は婚約者のことをわかっているらしい。
「……ウィナ」
「はい。――クレイヴィアス殿下。ウィナフレッドと申します。今朝はお騒がせを致しました」
「ウィナフレッドか。これから何度も顔を合わせることになるだろう。よろしく頼む。親しい者は俺をクレイヴと呼ぶんだ。貴女もそう呼んでくれて構わない」
王子様を一介の使用人が愛称で呼ぶわけねぇでしょ、と思いつつ、笑って受け流す。
すると、後ろからクレイヴの肩を叩く者がいた。
「おい、クレイヴ! こんな場所でデートかよ?」
見れば、声をかけてきたのは気の強そうな顔立ちに、赤髪を短く切りそろえた男子生徒だった。
「ジル。殿下に対して失礼ですよ」
それを彼の後ろから現れた、長めの紫色の髪を揺らし眼鏡をかけた男子生徒が咎める。
その二人の特徴を見て、アタシははっとした。
「はは、一緒に歩いていただけさ」
そう答えるクレイヴは二人に対して完全に気を許している様子だ。
アタシは知っている。この二人は【ジルベール・ヴァン・ダリガルド】と【セルジュ・レイ・ベルティリア】。
――乙女ゲーの攻略対象の二人だ。
二人ともクレイヴとは幼馴染で、ジルベールは王国屈指の武闘派――王家の剣とも言われるダリガルド家の長男だ。
後に立派な騎士となることを期待されている彼だが、今の時点でも剣の腕前はそのへんの生徒よりも上だろう。
セルジュは魔法に優れた騎士を多く輩出しているベルティリア家の長男で、体つきは華奢なものの纏っている雰囲気で戦い慣れていることがわかる。
今ここに、乙女ゲーの攻略対象四人のうち、三人が揃っていた。
アタシはいきなり出てきた攻略対象たちの顔を、ついまじまじと見ていると……。
「そういうのをデートって言うんじゃ……――ッ!?」
ジルベールと目が合った瞬間、彼はアタシから弾かれるように目を逸らした。
……ん?
「どうしました、ジル?」
「いや、なんでもねぇ。なぁクレイヴ、来週の懇親会は派手にやるのか?」
「俺が粛々とした会をやるのは問題だろう。皆に楽しんでもらえれば俺は嬉しい。それより、今夜は先輩方の歓迎舞踊祭だ。楽しみだな」
「数か月後には自分が立つ舞台を見るのがってか?」
「そう思っているのは貴方でしょう。……私も負けるつもりはありませんが」
「皆そうさ。俺たちは常に民から支持されるような存在でなければならないのだから」
ジルベールはそのまま会話を続けている。
けれど、たしかに彼はアタシを見た瞬間に目を逸らして、そして、そこには怯えのようなものがあった。
なんだろう。自分ではそこまでされるほど醜悪な顔じゃないと思ってるんだけど。
◇ ◇ ◇
なんだあいつは、とジルベールは思った。
寮に戻るに当たりフィロメニアたちと別れたジルベールは、その背中を見ながら親友に聞く。
「なぁ、クレイヴ。さっきのチビ、なにもんだ?」
「彼女はフィロメニアの使用人のウィナフレッドだ。どうした? 気になるのか?」
鼻を鳴らしながら答えたクレイヴに、邪気がないとわかりつつもジルベールは眉をひそめた。
「茶化すなよ。そういうんじゃねぇ。なんつーか……アイツはヤベぇやつだ」
「なんだって? 君がそう言うのならそうなのだろうが……フィロメニアは大丈夫なのか?」
するとクレイヴは驚きに目を丸くして歩みを止める。
ジルベールは天性の才能か、ヤバいものを察することが出来た。
幼い頃からそれを知っているクレイヴだからこそ、それを軽視することはない。
彼は自分の婚約者に危害が加わることを心配したのか、すぐさま来た道を引き返そうとする。
だが、ジルベールはその肩を掴んで引き留めた。
「そこは安心しろよ。敵って感じじゃなかった。ただ、底が知れねぇって思っただけだ。……いや、あんなチビの使用人、俺の思い違いかもな」
「私はなにも感じませんでしたよ。まぁ、あの髪色はちょっと見慣れませんね」
セルジュはジルベールの直感の鋭さをあまり信用していない。
確かにあの真っ黒な髪はこの国では珍しいが、外見で滲み出るようなものではないのだ。
しかし、魔力も感じない平民の少女に対して、いつまでも恐れおののいている自分というのもジルベールとしては気に障る。
「まぁ、何かあっても俺たちならどうにでもなるぜ」
「フッ、そうですね」
友人から小心者と見られる前に自信を込めて言うと、セルジュが同調した。
「あ、ああ……」
クレイヴもジルベールの言葉に頷きつつも、女子寮の方向を見る。
その表情は憂いだけではない、どこか複雑そうなものだ。
クレイヴも自分と同じく、あのメイドに何かを感じているのかもしれない。
そう感じつつ、再び歩みを進めたクレイヴの背中をジルべールは軽く叩いた。
自分はこの友人たちとならどんな困難も打ち砕ける自信がある。
そして学園での頂点の座をかけて切磋琢磨し、支え合う仲間なのだ。
自分たちに敵うものなどいない。
ジルベールの頭にはそんな万能感が満ちていたのだ。
◇ ◇ ◇
《今すぐ君の心の中まで飛んでいこう。その夢が消えることのないように》
全校生徒が入るほどの巨大なステージの真ん中で、亜麻色の髪の少女が透き通るような歌声を響かせている。
その周囲には大小の水泡が宙を舞い、まるで水の中にいるような幻想的な風景だ。
天井の開いた円形の建物で行われるこれは舞踊祭――つまりライブである。
魔法を使った演出は、アタシの前世で見たライブとも見劣りはしない。
ただ、観客が飛び跳ねるいわゆる「縦ノリ」やサイリウムなどの文化はないようで、オペラやオーケストラを鑑賞するような淑やかな雰囲気だ。
《君を追いかけるよ。一足の靴で魅力的な旅に出よう。その胸の中に大空がある限り》
そんな中で特に目を惹くのは、少女の周囲をゆったりと飛んでいる霊獣――シーサーペントだ。
蛇のように長い胴体に魚のようなヒレ、槍先を思わせる鋭い頭部は見る者を圧倒する威容だ。
しかし、少女の歌声が刻むリズムと共に宙を舞うそれは流麗な曲線を描き、今は穏やかな水の流れを連想させる。
「さすがはエルヴィリーナ・ヴァン・セルベット。今、この学園で最も優れた生徒だ」
横にいるフィロメニアが腕組みしながら呟いた。
普通ならなんでそこで貴族の娘が歌ってるんだと疑問に感じるところだが、あいにくアタシ以外にそう思う者はいない。だって乙女ゲーの中でもそうだったのだから。
ああして舞台に立てるのは歌唱力から踊り、座学、魔法、さらに魔物討伐の実績など、騎士として求められる全てを加味した成績で上位に立つ生徒だけの特権らしい。
ゲーム内では表現力が魔法の力に直結するから、と説明されていたが、なにせファンタジー世界観の乙女ゲーにライブ要素を突っ込んだ世界観だ。深いところまでツッコんでいても仕方がない。
ちなみにフィロメニアは天才なので放っておいてもあの舞台に立つんだろうけど、問題は攻略対象たちだ。
ゲームではヒロインが彼らとレッスンやトレーニング、はたまた冒険をすることでステータスが上がっていき、好感度と共に成績を上げることで推しを舞台の上に立たせることができる。
そうして狙った攻略対象を強化しつつ、待ち受ける困難を打破していくのが基本的な流れだ。
けれど、特殊なプレイ方法もある。
それはヒロイン自身のステータスを上げて舞台に立たせることで攻略対象からの好感度を上げることだ。けれど、その場合はゲームの難易度が跳ね上がることになる。
なぜかといえば、攻略対象を特定の相手に絞らないおかげで全員の好感度が同程度に上がってしまい、かつ彼らのステータスが上がらない。つまり成長しないままのイケメンたちに囲まれるという、実に頼りがいのない逆ハーレムになるわけだ。
果たして実際のヒロイン――シャノンはどんな風にこの学園生活を送るんだろう。
そう思って周囲を見回してみたが、彼女の姿は見受けられなかった。
アタシは視線を舞台へと戻して、フィロメニアに囁く。
「アタシは早くフィロメニアがあそこに立ってるのがみたいな~」
「……ああ」
「お屋敷でもきっと、お父様が見てくれるよ」
「どうだろうな」
どこかつれない返事に、アタシは首を捻った。
このライブは各方向から魔導具の水晶を通して王国中の水晶と繋がっている。
それらは貴族の家だけでなく、たくさんの街の広場で見ることができるようになっていて、つまりは全国放送だ。凄いな魔導具。
なので、王国では優秀な貴族とは歌って踊れて戦える、ヒーローとアイドルを兼ねた憧れの存在というわけ。
そんなライブを実際に目の前で――しかも自分の主がオンステージする可能性が高いのだから、アタシのテンション上がるのも許してほしい。
けれど歌が終わり、ばんらいの拍手で称えられる少女を見るフィロメニアの目は厳しいものだった。
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