【Ep.28-5】蒼壁の再臨
俺―――福留太一は4班班長の如月梓と共に研究都市中心部の異常生命体討伐に当たっていた。
「梓、お前は俺が守ってやるからな。絶対に離れるなよ!!」
"絶対に離れるな"と口ではそう言ったが、本当は"お願いだから離れないで"という弱気な感情だ。実際俺は梓から重度の方向音痴を指摘されており、知り合いと離れるだけで合流困難になるレベルの俺を引き留められるのは彼女だけなのだ。もう既にそんな事を言いながら、俺は梓の手をしっかりと握ってしまっていた。梓は乱雑に俺の手を振り解いて言う。
「あんたの方向音痴も程度が収まったでしょうが」
「いや、そうだけどまだ…心配って言うか、なぁ……」
「私を守ってくれるのはありがとう。だけどね…!」
彼女は投擲ナイフを数本前方に投げ、立ちはだかる異常生命体を処理すると、此方を振り返って言った。
「私は守られる為に此処に居る訳じゃないの!戦う為に、此処に居るのよ。勘違いして貰ったら困るわ」
そして俺の方に歩み寄って続けた。
「私からの"最終課題"よ!今から私はあんたと別行動を取るわ。あんたはこの戦場から私を探し出して合流する事!最後まで出会えないとか、最悪死んで帰ってくるとか……絶対にしないでね、分かった?」
そういうと梓は躊躇い無く走り出していった。
「待て、あず……」
そう言いかけた頃には人波に紛れて彼女の姿は消えていた。
「どうすんだよ、これ……」
困ったようにそう呟きながら、俺は鉤爪で敵達を薙ぎ払っていく。だがその最中にも不安感は増していくばかりであった。その時、俺の視界に細く赤い糸が入ってきた。それはまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされており、遠くの方まで続いているようだった。
(これは……)
何とも言えない感覚を覚えつつ、俺は鉤爪で糸を切りながら進んでいく。そこには下半身が蜘蛛の様になった黒塗り顔の和服女が、高笑いをしながら脚を動かしていた。その後ろには糸で吊られた隊員たちが項垂れていた。
「ははっ、懐かしいなあ…おい!」
俺はそう叫んで蜘蛛女に向かって鉤爪を振るう。すると後ろにいた操られた隊員たちが両目を赤く光らせて襲い掛かってきた。
「うおぉ!?」
操られているとは言え、仲間を手にかけるなんていう蛮行はできない。躊躇いがちに武器を振るっていたその時、隊員たちが明るい緑色の光る斬撃に切られ、黒い煙となって消え去った。そして俺の前に大きな輝く鋏を携えた女性隊員が現れた。
「おい、何してんだよ麗亜!!」
俺は目の前の女性―――3班班長代理の江久麗亜に怒り混じりの声で言った。麗亜は俺の方を見ると不服そうに返す。
「は?何言ってんだよ…アレ、隊員に似せた偽物だろ?」
「え……」
「太一、お前はそう何でも信じすぎだっての!少しは疑うって事を覚えろ!」
そう言うと麗亜は俺の額に軽く拳で小突いた。俺は額を押さえながら言う。
「いってぇ……何か前にも同じ事を梓に言われた気がする…」
「一度言われた事を学ばねぇのも、お前の悪いとこだぜ?まぁいいや…要はコイツを倒せばいいんだろ?協力するぜ、太一!」
「ああ、頼むぜ麗亜!」
俺達は拳を合わせて笑顔を見せあった。
蜘蛛女が放つ細い糸は目を凝らさないと見えない。油断したら一発で細切れだ。俺と麗亜は目を見開いて奴の攻撃を避けつつ、距離を詰めて反撃を仕掛ける。顔に糸が引っ掛かったらしく、頬に赤い線が引かれ鮮血が垂れる。
「やりやがったな、この野郎!!」
俺は腕を大きく横に回し糸を切り裂く。そしてそのまま勢いに任せて顔面に蹴りを入れようとした時、足に違和感を覚えた。見ると足首に太く白い糸が絡んで俺の動きを封じていた。
「クソッ!こんな所で…」
俺は悪態をついて叫ぶ。するとすかさず麗亜が鋏で糸を斬ってくれた。
「お、おう…ありがとな……」
「これ位大した事ね…」
麗亜がそう言いかけたその時、後ろから黒い背の高い人形が現れ、彼女の身体を大きな手で掴んできた。
「麗亜ぁ!!」
俺が助けようと手を伸ばすが、俺は蜘蛛の糸で身体を縛られてしまう。そして麗亜はそのまま何処かに連れ去られてしまった。
(俺のせいだ……俺がもっと早く気付いていれば……)
後悔の念に駆られながら自由の利かない身体を震わせ、力なく俯いた。背後で蜘蛛女の甲高い笑い声が響く。
「うるせぇ……けど、笑いたいなら笑えよ…」
俺が呟いたその時、うつむいた先に蜘蛛の脚らしき細い影が見えた。その時、俺は死期を悟った。
(俺はこのまま、あの蜘蛛女に喰われて死ぬんだ。抗う事すら出来ず、無様に死ぬんだ)
「梓、麗亜…悪ぃ、俺……此処までみたいだ。最期まで頼りない男で………ごめんな」
涙ながらに俺が呟いたその時、凄まじい地響きが轟く。俺を縛っていた糸が緩み、俺は解放された。恐る恐る後ろを振り返ると、そこには癖毛で長身の男性隊員が、機械感の強い巨大なハンマーを携え、小脇にはボロボロの状態になった麗亜を抱えて、蜘蛛女を踏みつけて立っていた。男性は目が隠れるほどの長さの前髪から俺を見下ろすと、笑顔を見せて言った。
「久し振りだな、太一!元気にしてたか?」
「……静さん!」
元3班班長、そして現在は上位調査班の隊員である亜久津静だ。静が蜘蛛女から軽快に降りる。俺は恐る恐る聞いた。
「どうして、此処に……」
「どうしてって…上層から合流するように指示されたからだけど……」
静はそう小声で言ったのち、意識を失った状態の麗亜を此方に優しく投げて言った。
「お前らのピンチに駆けつけねぇ訳には……いかねぇだろ?」
「……ありがとうございます!」
俺はそう言って頭を下げると、彼は照れ臭そうに頭を掻いて言う。
「礼には及ばねえよ。彼女はそこにいる救護班に預けておけ。後は俺達で片を付けよう。こいつ……まだ生きてるっぽいし」
俺は静の言う通り近くにいた救護班の女性隊員に麗亜を預け、鉤爪を展開し直すと、ゆっくりと起き上がる蜘蛛女を見据える。静もハンマーの持ち手を強く握り、俺に視線を向けると言った。
「さぁ―――"旧前線2班の蒼壁"の力、見せ付けてやろうぜ!」
俺達は蜘蛛女に向かって走り出す。行く手を阻む黒い影人形を諸ともせず、俺達は武器を振るって突き進んでいく。静が高く飛び上がり、地面に向かってハンマーを叩きつける。地響きと共に紺色の光る波形が広がる。影人形が静の攻撃によって爆散していく中、俺は蜘蛛女に向けて一直線に走る。向かってくる糸を薙ぎ払いながら、俺は奴に一撃、二撃と鉤爪攻撃を当てる。
「やったか!?」
これで仕留められたかと思ったのだが、蜘蛛女は寸での所で俺の攻撃を避けていた。奴は静に標的を切り替え、素早い動きで彼に迫る。しかしそれでも静は表情一つ変えず、ハンマーを力強く振るった。
「受け取れえええええええ!!!」
力一杯振り抜かれたハンマーから紺色の光が放たれ、蜘蛛女はそのまま遠方に吹き飛ぶと光の玉となり空中で爆散した。それを悠々と見送る静は、無邪気な笑みを見せて言った。
「……過去最高の特大ホームランだな、太一!」
「ははっ…そっすね」
俺は苦笑いを浮かべながら、小さく息を吐く。そして彼の横顔を見て思った。
―――この人はやっぱり強い。そして優しい。あの真っ直ぐな眼差しに、麗亜は心惹かれたのだろうな。