【Ep.1-5】常闇の人形館(5)
薄暗い照明が灯る部屋には天井から沢山の操り人形が吊り下げられていた。
「ったく、随分と趣味の悪い部屋だぜ」
福留太一が苛立ち気味に呟き、鉤爪で糸を切る。糸が切られた事で一つ操り人形が地面に落ちた。それを見た私―――羽田ひよりは恐ろしいことに気づいてしまった。
「先輩……これ、人形じゃないです!」
「は?ひよりちゃん…それ、本当か?」
「これ、人間です……」
人形であれば関節部に継ぎ目があるはずだ。しかし、それには継ぎ目が無かったのだ。
「マジかよ……この部屋の主は相当趣味の悪い奴みたいだなぁ!おい、出てきやがれ!」
太一の叫び声に応えるように、何処からともなく甲高い笑い声が響き渡る。そして私達の目の前に、顔面が黒塗りされた和服姿の女性が現れた。この洋館に入ってすぐに私が見た女性と全く同じだった。
『オ客サン、イッパイ……オモテナシ、スル……』
黒塗り顔の女性がそう言うと、天井に吊り下げられていた人間達が一斉に落ちてくる。さらにそれらは眼を赤く光らせ、まるで何者かに操られているかのように私達に襲いかかってきた。
「来るぞ!」
「分かってます!」
太一が叫ぶと同時に私は鋏を振り下ろす。しかし相手は人間。もしかしたらこの洋館に入って行方不明になった人達かもしれない、更に彼らは単に操られているだけでまだ生きているかもしれない。そんな事が頭を過り、攻撃を躊躇ってしまう。先輩達が必死に戦っている中で私は一体何をしているのだろう?もう少し真剣に戦わないと……そう思い鋏の柄を握り直したその時、黒塗り顔の女性に突然腕を引かれる。
「きゃあ!?な、何!?」
そのまま両手を優しく握られ、女性は優しくも気味悪い声で言った。
『オ姉サン、ヤサシイ人……オ友達、傷ツケナイ…』
「な、何なの……離して!」
操られている人間への攻撃を躊躇っていた私が、彼女の目には友達を守る優しい人に見られていたようだ。私は女性から手を振りほどこうと踠くが、彼女の握力は常人以上に強いもので中々振りほどけない。すると赤い閃光が私と女性の間を通り、赤いナイフが女性の右肩に刺さる。後ろを振り替えると、そこには如月梓が立っていた。
「ひよりちゃんを……っ!?」
離しなさい―――と梓が言いかけた刹那、彼女の右腕から赤黒い飛沫が飛んだ。
「班長おぉぉ!!」
私は梓に向けて叫ぶ。しかしその直後、背中が熱くなる感覚に見舞われた。私はその場で膝から崩れ落ち、思考が全て停止した。
思えば今日は散々だった。初任務で最初から不馴れな戦いを強いられるし、武器は壊れるし、私に次ぐ後発の湯川豆吉郎をはじめ、他の班員に助けられっぱなしで私はまともに戦えていなかった。そして今、私が不甲斐ないせいで梓が目の前で傷ついた。私は任務の前に言われたことを思い出す。“この仕事は常に死と隣り合わせ”。今じゃなくても、いつか皆何処かで絶対に死ぬんだ。それなら躊躇う必要なんて無いじゃないか。だったらもういっそ―――
―――全てを壊す勢いでやればいい。
考えるよりも先に身体が動いていた。背中の痛みなんてもう感じなかった。私は鋏を拾って立ち上がる。そして柄を力強く握ると、高笑いをしながら黒塗り顔の女性を指差して言った。
「本っ当に今日は散々だったなぁ!ねぇ、あんた……私の憂さ晴らしに付き合いなさい!」
その叫びに呼応するように私の持っていた鋏が光輝く。シンプルなデザインだった鋏の柄は鳥の羽の様に変化し、刀身は少し伸びて鋭さを増し、緑色に光を放つ。私は高笑いしながら鋏を勢い良く振り回し、敵味方関係なし、巻き込み上等で次々と薙ぎ倒し、切り裂き、突き刺していく。双剣の如く分割させて、私に襲いかかる操られてた人間達も容赦なく切り裂き、鋏を元に戻すと黒塗り顔の女性の胸元目掛けて鋏を突き刺し、床に押し倒した。
『ドウシ、テ……』
女性は涙を流してそう呟きながら、黒い煙となって消えていく。返り血で塗れた私は消え行く彼女を最後まで見送ると、光を失った目で言った。
「そっか、最初からこうしておけば良かったんだ……」
黒塗り顔の女性が消えたと同時に、洋館は跡形もなく消え失せ更地になっていた。操られていた人間たちは身元調査の結果行方不明者と一致。天井から吊り下げられていた時点で全員死亡していたという。
「ひよりちゃん!大丈夫!?」
いつの間にか私の目の前にいた夕暮佳子の声を聞いて我に返った私は、自分の右手を見て驚愕する。
「私、血塗れじゃないですか!?」
「そりゃそうよ。だってひよりちゃん、あの異常生命体を一人でやっちゃったんじゃない。本当に凄かった…覚えてないの?」
彼女が呆気に取られた様子で言う。確かに私は目の前で梓が傷つけられて以降の記憶が全くと言っていいほど無かった。当の梓は事後合流してきた救護班から治療を受けていた。
「でも、私…今回の任務で滅茶苦茶お荷物だったじゃないですかぁ……?」
そう言っていた私は知らず知らずの内に泣いていた。太一が私の肩に手を置いて言った。
「いや、大健闘だったぜ。それに、お前がずっと傍に居てくれたお陰で無事に皆と合流できたしな!」
「太一さん……!」
「ははっ、そんなお前に一つ言葉をプレゼントしよう。俺の同期、今の第3班副班長の麗ちゃ……江久麗亜が言ってた言葉だ」
「え、何でしょう……?」
「『心から狂える奴じゃないと鋏は扱えない』。お前が鋏使いって聞いたときにこの言葉が過ってよ。常識の塊みたいなお前が鋏なんて扱えるか不安だったのさ。でも、あの調子だったら大丈夫かもな。これからも頑張れよ!」
私がこの部隊に入るきっかけになった存在である麗亜の言葉が心に深く刻まれる。私もきっと彼女の様な素晴らしい鋏使いになれるだろう。そう思いながら空を見上げる。前方に広がる朝焼けの空が私の明るい未来を表しているようだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。そして初めまして、夕景未來と申します。
この物語は私が常連入りしているお絵描きチャットルームでの会話から始まったものです。ルーム常連メンバーの一人(羽田ひよりのモデル)がある時、奇妙な夢を見たという話をされていて、それを絵に描き起こしていました。メンバーさんはあまり意味の分からない夢だった的な事を言っていたのですが、私から見たら魅力的な小説のネタだった訳です。彼女の夢の話を基に、キャラクターの詳細を構築して、彼女が目覚めてしまい見られなかった敵の親玉(和服の女)との対決を追記したのが今回の『常闇の人形館』です。ひより以外のキャラクターも同じチャットルームのメンバーの活動名から名前を拾っており、メンバーの中には小説制作に協力してくれた方も何人かいました。当初はルームメンバーだけに見せる予定で、内輪ノリ全開で書いていました。しかし、リアルの友人に小説の事を相談したら、「なろうに出せばいいじゃない」と背中を押してもらった事をきっかけに多くの人に読んでもらいたいという思いが強くなり、原本のテキストファイルを引っ張り出して、内輪ノリ部分を削除し、読みやすくフリガナを振る等修正し、修正の途中で「こういう展開の方が良いのでは?」となった部分を加筆修正して投稿いたしました。
この小説の為に名前を貸してくれたチャットルームのメンバーの皆さん、数ある小説の中から私の拙作を見つけてくださった読者の皆さん、背中を押してくれたリアル友人に最大の感謝を。