【Ep.25】気負わなくたって良いんだよ
火曜日午前10時。先生が授業の解説をしながら黒板に板書していく。生徒たちは黒板に書かれた文字や図を、ノートにカリカリと写す。そんな淡々とした景色を映し出す授業中の教室は、ある意味平穏に包まれていた。そんな中、黒板から見て一番後ろの窓側という比較的目立たない席に座る俺———湯川豆吉郎は、ペンを握ったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「遊園地で異常生命体が?」
その事を羽田ひよりから聞いたのは、その任務があった後日の定期会議の前での事だった。たまたま俺達は早めに来ていて、会議室で二人で座っていた時にひよりがその話を始めたのだ。
「その日、学校の行事で遊園地に来ていたんです。友達と楽しく、アトラクションを回って遊んで…その中の一つに『ワンダーハウス』というアトラクションがあったんです。そこは一見、何の変哲もない、子供向けのサーカス劇場のようでした。そこで、途中退出しようとしたクラスメイト2人が黒い扉に連れていかれてしまいまして……なんだか怪しい気がして、一緒にいたまひるちゃんと黒い扉に入ってみたら……そこには、異常生命体に"おもちゃ"にされてしまった子供たちが沢山いたんです。先程言ったクラスメイトの2人もその被害を受けてしまって、それで……」
「…それで、どうしたんすか?」
「1人は助かったんですけど…もう1人は助かりませんでした。しかも……私が殺してしまって!」
ひよりの目から、見る見るうちに涙が溢れ、言い終わらないうちに泣き崩れてしまった。俺は咄嗟に、ポケットに入っていた綺麗なハンカチを差し出す。ひよりは鼻声で「ありがとうございます…」と言って受け取った。なんとか励ませないかと、俺は言葉を探り、ひよりに聞いた。
「殺して…いやでも、その…別にわざとじゃなかったんすよね?」
「勿論わざとなんてこと、決して無いです!私はただ、友達を助けたくて……でもそれが、結果的にもう一人の友達を……彼の目の前で、彼の大切な親友を……殺してしまったんです!!……きっと私が、もっと強かったら、そんなことになる前に止めを刺せたんだろうなって思ったら…春馬君や瓜生君、そしてみんなに申し訳なくて、自分に腹が立って、悔しくて、情けなくて……」
ひよりはそれ以上言葉が続かない、と言うように、机に顔を伏せて、静かに泣いていた。俺は、何も返すことができず、ひよりの話をただ聞いて、傍で背中をさすることしかできなかった。
少し落ち着いた後、4班の隊員がぞろぞろとやってきた。目じりや鼻が赤くなっているひよりを見て、最初はみんな驚いていたが、すぐに事情を察して平然と振舞ってくれた。会議では、やはりその件の話がされた。ひよりがずっとその場にいづらそうにしていたのを、俺は黙って見ている事しか出来なかった。
二時間目が終わり、少し長い休み時間が始まる。俺は窓の外を眺める気も起きず、机に突っ伏して仮眠の姿勢に入る。気を抜くと思い返してしまうのは、やはり悲しい顔をしたひよりの姿だった。
「ひよりさん、だいぶショック受けてたな……俺、何もできなかったし…」
「だーれ?"ひよりさん"って」
「うぉわっ!?」
心の中で呟いていたはずが、どうやら口に出してしまっていたようだ。驚いて声がした方を向くと、そこには中学からの同級生———安曇野葵生が立っていた。俺は独り言を聞かれたのが恥ずかしくて、つい顔が赤くなってしまった。それを見て、葵衣はにやにやしながら聞いてくる。
「え、何その反応!もしかして彼女?」
「はぁ!?べ、別にそんなんじゃねぇし!」
「そういうやつは大体好きってことだよぉ!ねねねね、"ひよりさん"ってどんな人?何年何組?あ、もしかして他校の子!?教えて教えて!私、恋バナ大好きなのよ~!」
「う、うるせえな!!違うって言ってんだろ!ひよりさんは、その……じ、自分と同じバイト先で働いてる子だよ。最近元気ないなーって……それだけ」
ひよりのことをどう思っているか、そして異常生命体殲滅隊のことを隠すために、"バイト"という言葉を使って誤魔化した。異常生命体関連は政府機密になっており、俺達も迂闊に口に出すわけにはいかない。
(なんとかして隠し通さなねぇと……)
どうやら追及は諦めたようで、葵衣は素直じゃないなぁと言わんばかりに苦笑いすると新たに質問を投げかけてきた。
「そういやぁ、"湯原"くんはさ」
「"湯川"だ」
「湯川君さ、さっきその…"ひよりさんがショック受けてた"とか"なんにもできなかった"とか言ってたけど……何か悩みでもあんの?よかったら話聞くよ?」
「別にいい。安曇野さんが聞いても何にもなんないだろ……」
「そんなこと言わないで聞かせてよ!こう見えて私、お悩み相談のスペシャリストなのっ☆」
葵生はドンと胸を叩きそう言った。そして俺の机に何かを置いて、その場から離れる。
「は?何だよ……ってこれ、お前の箸じゃねーか!」
「昼休みにそれ持って屋上来てね!じゃないと私、お昼ごはん食べれなくなっちゃうんだから!ちなみに次の授業は移動教室だよ?それじゃ、後でね~!」
「はぁ!?お前、待ちやがれ!!」
そういうと葵生は、教材を持ってそそくさと行ってしまった。こうなったらもう行くしかないのだろう。俺は朝より重くなった(気がする)足を動かし、教材を持って理科室に向かった。
昼休み。屋上に行くと、既に葵衣は弁当を広げていた。俺の姿を見るなり葵生は元気よく手を振る。
「お、来た来た~!箸、持ってきてくれた?」
「当たり前だろ…ほらよ」
俺は葵衣に、預かっていた(預からされた?)箸を返すと、彼女の向かいに座り、同じように昼食の準備をする。
「それでさ、何があったの?」
「…どうしても話さなきゃダメか?」
「ダメ!」
俺は溜め息を吐くと、なるべく殲滅隊のことを悟られないように内容を少しだけ変えて、先日の話をした。
「……実はバイト先で、俺の後輩のひよりさんがちょっと…やらかしちゃって。彼女には全く悪気はなかったし、むしろ仕方のない危機的な状況の中で最大限なんとかしようとした。よくやったと思う。でもその結果、ひよりさんがやらかしたって感じになっちゃってさ。その事に凄く責任を感じてて。"私がもっとあの場に対応できる強さを持っていたら、こんなことにはならなかった"、"私のせいだ"って。別にひよりさんが悪いわけじゃないのに…」
「ふぅん……」
「でもさ、俺、こうとも思うんだよ。"俺もそこにいたら、もう少し何か違ったんじゃないか?"ってさ。今更後悔しても遅いけど。もちろん俺は何でも出来るわけじゃないし、先輩たちよりも弱いよ。でも、それでも、俺もそこにいたら、力になれたら、あんなことにならなかったんじゃないかってやっぱり思ってしまうんだ。それから……ひよりさんからその話を聞いた時、何もできなかった。ただ聞いて、傍にいて、黙っていることしか。慰めの言葉一つかけてやれなかったし、どんな風にしていればいいのかもわからなかった。せっかく話しにくい事を打ち明けてくれたのにな……俺、先輩失格かな?」
話すべきこと、思っていたことを一通り話し終えて、一息つく。葵生は、へらへらしていたさっきまでの雰囲気はどこかに行ってしまい、真剣な表情で聞いてくれた。彼女のこんな表情や雰囲気を見るのは、意外にも初めてかもしれない。
「なるほどね。大体わかったわ。話してくれてありがとう。それでだけど……湯川君さ、責任感強くて、ため込んじゃうタイプでしょ?今の話を聞いてたら、なんとなくわかる。そして、意外だと思うんだけど、実は私もそういうタイプなんだよね」
「え、安曇野さんが?」
「うん。私に1個下の妹がいるの、知ってるでしょ?安曇野朱音。こんな事信じてくれるかわからないけど…朱音さ、一度化け物に襲われたことがあって。中2の時、友達と学校の帰りでね。友達が一生懸命助けようとしてくれたけど、全然効かなかったんだって。朱音もその辺りで気絶しちゃって、よく覚えてないみたい。朱音が家に帰って来た時、知らない男の人も一緒だった。その人が、あったことについて全部話してくれたの。"記憶処理はしてありますが、何かの拍子に思い出すかもしれません"とも言ってた。それからはっきりと思い出すことはなかったけど、しばらくその化け物に襲われる夢を見てたらしいのよ。いつも泣きながら私に抱き着いてきた。その時、私、どうしたらいいのかわからなくて。あんたと同じように、傍にいて、黙って話を聞いてるくらいしかできなかった。……でもね、それで十分だと思うの」
「それで十分、ってどういう事だよ?」
「朱音がいつも私に抱き着いてきてた、って言ったでしょう?その時、確かに私は何もできなかった。そう思ってたんだけど。朱音はね、いつもその後私に"ありがとう"って言ってくれたんだ。いつも何もしてあげられてないのに、どうしてありがとうって言うの?朱音にそう聞いたよ。そしたらね、朱音、なんていったと思う?"傍にいてくれるだけでいい。嬉しい"、だって。それで思ったんだけどさ…悩みって、確かに人に打ち明けたり話すだけでも意外とすっきりするものじゃない?溜め込みがちな人って、まずこういう風に愚痴や悩みを吐くことも少ないから、あんまり気づかないんだけど」
「……何が言いたいんだよ」
俺はじれったくなって葵生に結論を急かす。彼女は続ける。
「もっと、彼女と話してみたらいいんじゃないかな?こういう事をさ。話を聞く限り、ひよりさんってすごくいい子じゃない!こういう話とか、私みたいにちゃんと聞いてくれると思うよ。もっと頼っていいと思う。ひよりさんもさ、自分の思った事を…今回みたいに湯川君に言ったでしょ?"きっとこの人なら頼れる"って彼女が思ったからこそ、湯川君に心情を打ち明けたんじゃない?それと同じように、湯川君もひよりさんを信じて頼ってみたら?お互いに寄りかかりあって、支えあっていったらいいと思う。あ、もちろん私を頼ってくれてもいいし!」
葵生はそう言うと、いつものようにニカッと笑って見せた。
そう言われてみれば、そうかもしれない。ひよりも散々泣いて、会議もいづらそうにしていたが、最初よりは、どこか表情が良かった。俺も、心の中でずっとぐるぐるしていた、闇のような、靄のような感情が、今話して少し晴れた気がする。
―――今度から、ひよりにも背中を任せてみようか。
「すっきりした?」
「…ああ、ありがとうな…聞いてくれて。その、またこういうことがあったら話してもいいか?」
「もっちろん!いつでも聞くわよ!ところで、もう時間ないよ?そのおにぎり、さっさと食べちゃった方がいいんじゃない?」
「えっ」
慌てて出入り口の壁にかかった時計を見ると、もう昼休みが終わる時間だった。いつの間に食べ終わって片付けていた葵生は荷物を持って、「それじゃ!」と戻って行ってしまった。
そういえば、葵生の言っていたことがなんだか引っかかる。
("化け物"だの"記憶処理"だの…まさか、異常生命体と殲滅隊の話か?だとしたら隠さなくても、知ってたんじゃね?)
そんなことを考えながら、俺も急いで荷物をまとめ(おにぎりは食べる時間かなかった)、教室に向かって走り出した。




