【Ep.1-4】常闇の人形館(4)
暗闇の中で独り。正直な所、私―――夕暮佳子としては別に寂しさや辛さ等は無く、寧ろ清々すると言っても良かった。常に私の隣にいる煩い男―――有栖川英二がいないだけでも私的には気が楽だった。ここ最近、彼のせいで調子を狂わされてばかりで自分らしい戦い方が出来ていなかった気がする。この機会に一度冷静になるべきなのだと自分に言い聞かせ、左腕のバスターデバイスを起動させ機械槍を展開する。右手で柄を強く握ると、私に迫る操り人形の姿をした影を一撃で貫く。
「ヴァルキリースラスター!」
影は一瞬で霧散し、空間に静寂が訪れる。私は槍を肩に掛けて一つ溜め息を吐くと、誰もいない虚空に向けて言った。
「なんか…違うのよね」
正直な話、攻撃をしながら技名を叫ぶなんて私らしくないやり方なのだ。そもそもこの部隊では攻撃の際に技の名前を言うなんて王道バトル漫画みたいな慣習は存在しない。そんな事をするのは私の知る限りでは英二ぐらいだ。
(これはもう完全に重症レベルで毒されてる……)
私はその場でしゃがむと、頭を抱えて思いの丈を叫んだ。
「何て事してくれたのよ、あの阿呆ぉ!!!」
誰にも聞かれていないし大丈夫かと思った矢先、私の頭上から巨大な操り人形が覆い被さるように落ちてくる。そんな事なんてもう分かっていたと言わんばかりに私は機械槍を上に向けて刺す。寸での所で避けられるが、前方へ槍先を向け直すと、引き金を引き雷撃弾を二発飛ばした。一発目は避けたが、二発目が直撃して爆発を起こし、操り人形は消滅した。
―――私、ここまで一歩も進んでなくない?
こんなところで留まっている訳にはいかない。私は気合いを入れ直すと、暗闇に閉ざされた洋館の廊下を走り抜ける。そうこうしている間にも他のメンバーは次々と合流しているにちがいない。第4班の副班長でもある私が先に皆を見つけてやらないと班を支える身として示しがつかない。特に手柄を英二に総取りされるのだけは私のプライドが許さない。私の思考の片隅にいつもあの腹立つ顔をした彼の姿が思い浮かんでしまう。それがまた余計に苛立ってしまう原因になっているのだが……
(ったく!私ってば何でアイツの事ばっかり!!)
苛立ち紛れに私に迫る影達を次々と薙ぎ倒す。怒りの力とはかなり強いもので、これまで以上の力で攻撃を与えることが出来た気がした。
「そろそろ誰かと会えても良い筈だけど……」
そう独り言ちながら走っていく。その時、私の足を誰かに掴まれた様な感覚に見舞われ、その場で転んでしまった。どうやら足を軽く捻ってしまったらしく、立とうとすると痛みが走って動けない。更には持っていた機械槍を前方に投げ飛ばしてしまった。拾いに行こうにも足が痛むし、隙だらけな私を狙って、様々な動物を模した縫いぐるみの様な影が眼を光らせてゆっくりと迫ってくる。
「……最悪」
普段ならこんな失態を演じることは無いのだが、やはり一人で戦うというのは難しいものだ。ここで諦めるのは私の性分ではない。必死になって打開策を考えるが何も出てこない。私は柄にもなく悲しげな眼で呟いた。
「誰でも良いから…助け、て……!」
その声が届いたのか、私の頭上を黄色に光る雷を伴った光線が横切り、縫いぐるみ一体の脳天を貫いた。脳天を貫かれた縫いぐるみは断末魔を上げながら消滅した。それを見た他の縫いぐるみは困惑の表情で慌て出す。
「……え?」
呆気に取られていると、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「やっと合流出来ました……おや、誰かと思えばマイレディじゃないか!」
私を“マイレディ”だなんて呼ぶのは彼しかいない。私は倒れたままの姿勢で怒りの交ざった声で言った。
「本当に合流できて良かったわ、英二……最悪の再会ね」
すると彼は右手に持ったハンドガンを軽やかに回しながら言った。
「“最悪の再会”だなんて酷いじゃないか!君が“助けて”って言う声が聞こえたから来たまでなのに…それで、愛しのマイレディを傷つけたのは……何処の誰なんだい?」
私は無言で縫いぐるみの影を指差す。すると英二はハンドガンのレボルバーを回すと私に向けて3発撃った。すると私の周りを緑色に光る星形の小さな弾が沢山回りだした。英二は私に向けて微笑むと言った。
「一時凌ぎではあるが、弾幕防壁だ。これで奴らに攻撃されても、ある程度は安心できるだろう」
「ありがとう」
足の痛みが引いてきた私はゆっくりと上体を起こすと、足を引きずりながら機械槍を拾い上げた。私の動きを追うように星形の弾達も着いてくる。私に攻撃をしようと動く縫いぐるみ達も安易には近づけないと感じてか怯えたような表情でこちらを見ている事しかできなかった。認めたくはないがとても綺麗だった。英二は真剣な目付きで再びレボルバーを回し、縫いぐるみの影達に銃口を向けると言った。
「君達の相手はこの私だ」
彼の煽りを受けて縫いぐるみ達が飛びかかってくる。すると英二はしてやったりと言わんばかりに笑うと引き金を引いて叫ぶ。
「出力強化―――"爆裂弾"!」
すると大きな爆音と共に橙色の閃光が放たれる。その光に触れた縫いぐるみ達は叫び声を上げながら光となって昇華した。私は思わず感嘆の声を上げる。
「凄いわね」
「まあ、この程度は朝飯前さ」
そう言うと英二はハンドガンの側面のスイッチを“SP”から“N”に切り替え、レボルバーを軽く回すと私を左手で担いだ。
「ちょっ……何すんのよ、アホ英二ぃ!」
「歩けないのだろう?ならば私が運んであげようと思ってね。
愛しのマイレディを守るのは、相棒として当然の行動だ」
「はぁ?私は大丈夫だっての!下ろしなさい!」
そんな私の声を無視して英二は私を担いだまま暗い廊下を軽やかに走り抜ける。それでも右手に持ったハンドガンで追尾弾を撃ち続け、私達に迫る影を倒していく。影を確実に撃ち抜いていく追尾弾は暗闇に煌めく流星群のよう。英二はこういった“効率的な魅せプレイ”が得意なのだ。
「どうだい、マイレディ?綺麗だろう?」
「はいはい、綺麗ですねー」
私は棒読みで対応した。こうなったらもう成されるがままだ。英二は基本的に腹立つタイプの男だが、時折男前な対応を見せるので一概に嫌いとは言い切れないのが悔しいところである。
(私は多分、あいつに一生勝てないだろうな…)
上機嫌に歌いながら走る彼を見つめ、そう思うのだった。
武器がレベルアップした湯川豆吉郎は途端に頼もしくなった。不器用ながらも戦う私―――羽田ひよりを率先して守ってくれる。福留太一もそんな彼を見て安心したのか、いつも以上に攻撃に磨きがかかっていた。
「豆っちとひよりちゃん、息ピッタリじゃねーか。こりゃもう、俺の出る幕はないな…」
そう言いながら私達から距離を取ろうとする彼に、私は急いで腕を掴んで引き留める。
「独りで動いちゃ駄目って言われてるんでしょう?」
「あぁ、そうだったな。悪い」
そう太一が言ったその時、私達の両側に沢山の扉が現れた。困惑して立ち尽くす私達を余所に扉が一斉に開くと、中から大小様々な影人形が雪崩れ込んできた。
「逃げるぞ、お前ら!それでも攻撃の手は緩めるんじゃねぇ!」
「了解っす!」
「いやいや、無茶ですって~!!」
私達は扉に挟まれた通路を駆け抜けながら影の大群を対処する。それでも狩りきれなかった影達が私達を追い掛けてくる。私達は必死に応戦するが、徐々に追い詰められていく。
「くそがぁ!どうすりゃいいんだよ!」
「だ、誰か助けてー!男の人ぉー!!」
「「いや俺(自分)も男だが(っすけど)!?」」
豆吉郎と太一の声が重なった瞬間、後方から小さな星形の緑色の光が沢山飛んできた。その光は影を追うように軌道を描き確実に仕留めていく。その様子はまるで暗闇を彩る流星群。気づいたら私達を追ってきていた影は全て居なくなっていた。
「あの光弾は、まさか……」
太一がその場で立ち止まると何かを察したように呟く。暫くすると遠くからリズミカルな靴音が近づいてきた。太一は靴音の方に向けて大声で言う。
「やっぱりお前か、有栖川」
「ご名答です、福留さん」
そこにはレボルバー式のハンドガンを右手に構え、女性隊員を左手に担いだ有栖川英二が立っていた。
「ようやく合流出来ましたね……それに新人Boy&Girl、異常生命体討伐は順調かな?」
英二は私達の方を見て微笑みながら聞いた。
「……まあまあってとこっすね。それより、その女の人は?」
豆吉郎が心配そうに聞く。すると英二に担がれている女性が足をばたつかせながら叫んだ。
「早く下ろしなさいよ、アホ英二!私はまだ歩けるっての!!」
「おっと、これは失礼したね…“マイレディ”」
“マイレディ”と呼ばれた彼女は英二に丁寧に下ろされると私達の方を見て言った。なんとその女性は副班長の夕暮佳子だったのだ。
「ごめんね、うちのアホ英二が……」
佳子の姿をその目に捉えた私はその場で鋏を仕舞うと、泣きながら彼女に抱きついた。
「良かったですぅう無事でえええ!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてひよりちゃん!」
佳子から溢れる安心感に今は少しでも縋りたかった。豆吉郎は私の次に新人ということもあり、武器が覚醒したとはいえまだ不安は拭えない。さらに太一は目を離すとすぐに集団から離れようとしてしまう為に頼ろうにも頼れない。そして英二は第一印象が怖かった。私にとって安心して頼れるのは彼女だけなのだ。彼女の胸で泣く私を優しく撫でてくれる佳子は少し苦笑しながら言う。
「もう、ひよりちゃんったらぁ……」
感動の再会という心暖まる時間に水を差すように英二が一つ咳払いをして言った。
「感動の再会を噛み締めたい所悪いが……皆、少し伏せてくれますか?」
「えっ、何で」
私がそう言いかけた所で太一に頭を押さえられ無理矢理伏せる形になった。皆が身を屈める中で一人だけ立っていた英二は、ハンドガンのレボルバーを回す。そして側面のスイッチを“N”から“SP”に切り替えると前方に銃口を向けた。すると暗闇の奥から人型の影が一斉に私達に襲いかかる。それを狙っていたと言わんばかりに英二はニヤリと笑う。
「出力強化―――“八方位弾”!」
そう叫び引き金を引く。すると大きな銃声と共に赤く光る散弾が彼を基点に八方向へ飛ぶ。その光る弾丸は襲ってきた影達を容赦なく撃ち抜いていく。
「す、すげぇ……!」
豆吉郎が思わず声を漏らす。英二は得意気に笑っているが、彼の頭上から一体の巨大な黒い蜘蛛が落ちてきた。咄嗟に佳子が機械槍を展開し、雷撃と共に蜘蛛に向けて突き刺す。
「ナイスだよ、マイレディ!」
「何が“ナイスだよ”、よ!アンタが油断してるからでしょうが!……もう立っていいわよ」
私達はその言葉を受けて立ち上がる。太一は頭を掻きながら苦笑いで言う。
「本当にお前らって仲良いよなぁ」
英二と佳子に対する太一の評価に私と豆吉郎も続く。
「本当に凄いですよ!二人とも息ピッタリ!」
「流石っす、先輩……」
「あのなぁ、ひよりちゃんに豆っち……あぁ見えてあの二人、付き合ってないんだぜ?」
「そうなんですか!?」
「こら、太一ぃ!新人に変なこと吹き込まないの!」
「痛っ!?」
佳子が太一の頭に一発軽く拳骨を見舞うと続けた。
「あぁもう、この話はお仕舞い!とっとと皆と合流するよ!まだ梓ちゃんにも会えてないんだから!」
そう言って足早に進んでいく佳子だが、その顔は赤くなっており、照れているのを必死に隠している様に見えた。
「待ってくれたまえ、マイレディ!」
そう言って彼女を追いかけるように続く英二を捉えながら、太一が飽きれた表情で言った。
「本当に夕ちゃんは素直じゃねぇなぁ……俺達も行こうぜ」
「うっす」
「はい!」
私は太一と腕を組み、絶対に離れないで下さいと言わんばかりの目線を彼に向けて進んでいく。それに豆吉郎が着いていく形で、私達は暗闇が続く廊下を進んでいった。
奥へ歩いていくと、次第に蝋燭が灯る燭台が道を照らす。その道の先には大きな扉があった。向かい側から聞き慣れた声が聞こえる。如月梓班長だ。
「皆ぁー!」
梓の声を聞いて私達は早足で扉の前まで進んでいく。彼女は既に他の隊員とも合流しており、久し振りの全員集合となった。
「良かった、全員いるみたいね」
「はい!ところで、この扉は……?」
私は目の前の扉を指差して梓に問う。梓は扉を見つめると言った。
「ここは多分…洋館の主の部屋ね」
確かに、この扉の奥からは只ならぬ気配が溢れている。
「みんな、気を引き締めていくよ!」
梓の一声で皆がデバイスを起動させて武器を展開する。先陣を切るのは班長である彼女だ。勢い良く扉を開け放つと、その奥へと駆け出していく。私達もそれに続いて部屋に入っていった。