【Ep.18-6】悪夢裁つ双刃
両開きの扉を開けると、そこはカラフルな壁の広い子供部屋だった。部屋中には軽快な音楽が流れ続けており、中にいる幼い子供達は楽しそうにというよりは何かに操られているかのように踊っていた。私―――羽田ひよりは入口付近で倒れている同じ班の伊川瑠美と増間亮に駆け寄る。
「瑠美さん、亮さん!大丈夫ですか!」
揺さぶったり声を掛けたりしても少しも動かない。気を失っているようだった。
「夕暮副班長!二人が……」
私は同行していた夕暮佳子達の方を見る。しかし彼女は頭を抱えて苦しんでいた。
「ひよりちゃん……ごめん、何だか凄く…気分が悪いの……」
同じく苦しんでいた有栖川英二が続ける。
「恐らく……この音楽は、精神…干渉作用が、あるの…でしょ、う……」
二人はその場で倒れ、気を失ってしまった。
「夕暮副班長!有栖川さん!」
その時、私は奇妙な感覚に襲われた。何も考えずに踊りたいような、頭が痛く苦しいような、幸せとも苦痛とも取れない気持ち悪い感覚。この感覚は友人の沼田まひるとクラスメイトの春馬賢二も感じていた。私は部屋の中央を見やる。そこにはこのアトラクションの主である明るい緑のスーツを着たパッチワークのテディベア―――テディ・ハッターが子供達を"Everlasting Happiness"と書かれたゲートに案内していた。
気持ち悪い感覚の中で、これまでの事が過る。助けを求めるおもちゃにされた子供達、命の危機を感じて泣き縋る賢二、私の手で殺してしまった彼の友人の瓜生大湖、高らかに私を嘲笑うウサギ頭―――
楽しかったはずの遠足行事が悪夢に変わった。それもこれも、全てあの熊が悪いんだ。沢山の人を傷つけて狂わせておいて、ヘラヘラ笑っているあの姿が気に入らない。
私の中の何かが切れた音がした。もうあの音楽も聞こえなくなっていた。私はテディを睨みながらバスターデバイスを起動させて言った。
「ねぇ、あんた。テディ・ハッター……って言ったっけ?あんたのせいで全てが台無しよ。本当はみんなで楽しく遊園地で遊ぶ筈だったの。それがこんな事になるなんてね……私だけじゃないわ!まひるちゃんも、春馬君も、瓜生君も……沢山の人を巻き込んで狂わせて悲しませて……」
すると、私の姿に気付いたテディが此方を向いて首を傾げ言う。
『おやおや、君ぃ?此処ではみんな笑顔がルールですよ?怒ったり泣いたりしちゃあ駄目駄目ぇ!』
そんな煽りなんて関係なしで、私は無理やり口角を上げて叫んだ。
「あんたなんか、もう二度と笑えない位に滅茶苦茶にしてあげるわ!」
デバイスから緑色の光が放たれ、翼を模した持ち手に白く輝く刃の大鋏が現れた。私はそれを双剣の様に分離させると、テディに向けて走り出した。そして奴に向かって飛び上がる。空中で一回転して勢いをつけて、右腕を大きく振り上げ奴の右腕を斬り付ける。テディの右腕は切り裂かれ、黒い飛沫を出しながら遠くに飛んだ。
「やっちゃえ、ひよりちゃん!」
まひるが応援する。その時、賢二が拳を握り呟いた。
「マジであいつの顔一発殴りてぇ……」
そして私達の方へ走り出そうとする所を影浦剣三に止められた。
「何すんだよ!止めるんじゃねぇ!」
「危険ですよ!今の君じゃ、あれとは戦えない!」
「じゃあどうすれ、ば…」
すると賢二が何かを閃いた様に止まった。そして剣三の腕を優しく解くと、倒れている英二の下へ歩み寄り、彼の腕からデバイスを外し自身の左腕に装着した。
「おっさん。また借りるぜ」
賢二は工場での一悶着で、英二のハンドガンを借りてウサギ頭の異常生命体を倒した。並の人間ではデバイスから展開された武器には触れる事すらできない。しかし、賢二はそれが出来たのだ。
「そっか…春馬君には、素質があるんだ」
まひるは感動したように言った。賢二は(見様見真似ではあるが)デバイスの起動スイッチを押し、走り出した。両手が赤い炎の様なオーラに包まれ、赤い光沢を放ったナックルが装着される。
「え、春馬君!?」
突然の乱入者に私は驚く。賢二はそのままテディに掴み掛り、何度も顔を殴った。殴ると同時に爆発が起こる。
「この野郎!俺を!大湖を…俺の親友を!滅茶苦茶にしやがって!」
賢二は怒りに任せて攻撃を続ける。しかし、いくら攻撃をしてもテディは平然としていた。
『あ、キミは確かあの時の"悪い子"じゃないか!今頃おもちゃにされていると思ったら……生きてたんだねぇ!』
「悪い子で悪かったな!確かに、映画とか演劇の途中で抜けるなんてルール違反かもしれねえ……でも、そうしたくなる位お前らのステージは糞つまんなかったぜ!お前、人を楽しませる才能ねぇよ。そういうの全然詳しくねぇ俺にも分かる位にな!もう少し内容考えた方がいいぜ?あー、無理な話か。頭に綿しか詰まってない脳内おもちゃ箱野郎だもんなぁ!!」
そう言ってテディの顔面を殴り飛ばす。奴は部屋の壁に勢いよくぶつかる。すると何処からともなく大きな縫い針を取り出すと、にやりと笑って言った。
『そうか。どこまでも悪い子だねぇ…そんなキミのお口は……縫ってしまおうねぇ!』
そして左手で針を持つと、賢二に向けて走ってきた。私は二人の間に割って入り、針を鋏の片刃で防いだ。剣の打ち合いの如く火花が激しく散る。打ち合いの中でテディがよろけて隙を見せた所で、私が叫ぶ。
「春馬君!」
そして賢二が私と入れ替わる様に前に出ると、テディの顔面に向けて一発炎を纏ったパンチを喰らわせる。その勢いで頭の被り物が外れ、黒塗りの丸顔が露わになった。
『んナっ、何て事ヲ……』
床に転がるテディが慌てたように言った。私は双剣を構え、テディに近づきながら言う。
「もうここまでよ……大人しく殲滅されて頂戴」
するとテディが顔を両手で隠しながら笑って言った。
『私ノ邪魔をスル奴はみーんナ……おもちゃニなっチャえばいいンダああああああアアアアア!』
するとテディは真っ黒な巨大なテディベアのバルーンに変化した。腹部はドーム状になっており、移動遊園地等にある中に入って遊べる遊具の様。腹部からは黒いテディベアが次々と現れた。
「何なんだ…こいつ!」
賢二は後ずさりをした。その時、大きなバルーンの腕が振り下ろされ、賢二は勢いよく吹き飛ばされた。
「春馬君!!」
私は賢二の下に駆け寄る。するともう一つの腕が私の身体を掴んで持ち上げた。
「ひよりちゃん!」
まひるがバルーンを見上げて叫ぶ。
「うっ、ぐう……離してぇ!」
身体を大きな手で締め上げられ、苦しむ。必死に抵抗するも全く歯が立たない。
『あっはっは!キミ、なかなかイイ素材をシテるねぇ……最高のおもちゃニなりそウだね?』
「ふざけ…ないでっ!」
何とか抜け出そうとする私を見てテディが笑っている。もう無理か、と思っていたその時―――
私の視界に明るい緑色の閃光が走り、私を掴んでいた大きな腕が切り裂かれた。解放された私はそのままゆっくりと落ちていく。地面に落ちる寸前で誰かが受け止めてくれた。
「あなたは……!」
受け止めた主はテディを見上げると言った。
「あんた……アタシの可愛い後輩に手を出すんじゃないよ!」
うねりがかかった暗緑色のセミロングヘアの女性。右耳には四葉の黒いピアスが揺れている。服装は緑を基調とした迷彩のノースリーブとジーンズ地のショートパンツだった。
「え……江久、さん!?」
「あんたがあの鋏使いのひよりちゃん?同僚から話は聞いてるよ」
私の憧れの存在で、入隊のきっかけになった江久麗亜だった。彼女は私を見て溢れんばかりの笑顔を見せる。
「あ、はい!というか、どうして此処に!?」
「プライベート。そんな事より、とんでもない奴が潜んでいたものね……」
麗亜は私を下ろすと、大鋏を展開する。彼女の持つ鋏は植物の葉を模った洒落たデザインの柄をした刀身が明るい黄緑色に光るもので、私のものと比べるとやはり美しい。
『あれれ?キミぃ、見た所大人なのニぃ……どうして、この音楽を聴いテモ平気なんダイ?大人ニハ苦痛を感じル様になってルハズ……』
テディが麗亜を見て言う。すると彼女は無邪気に笑うと言った。
「確かにあんたの言った通りアタシは大人だよ。でもなぁ…心は無邪気な子供のままで止まってんだ!」
そう言ってテディに斬りかかる。テディは両腕でガードするが、すぐに切り落とされてしまう。
『な、何ダト!?』
私も負けていられない。私は麗亜に向かってくる小さなテディベアを次々と切り裂いた後、少し跳躍してバルーンの腹部に鋏を刺した。鋏はバルーンに食い込んで抜けなくなってしまった。戸惑う私に対し、麗亜が私に向けて言った。
「ひよりちゃん、そのまま動かないで!」
そう言うと彼女は私の鋏を踏み台にして高く飛び上がる。そしてバルーンの脳天に大鋏を突き刺し、ニヤリと笑うと言った。
「……Good luck!!」
『ソンな、馬鹿な、私ノ夢が壊レるなんてえエエエ!』
野太い叫び声を上げてテディは爆散した。着地して来た麗亜は私に向けて手を挙げ、笑顔でハイタッチを求めた。私はそれに応え、二人はハイタッチを交わす。
「お疲れぇ!」
「助けてくれてありがとうございます!まさかこんな所で会えるなんて思ってなかったので……」
「いやぁ…それにしてもあんた、凄い刃捌きだったよ。凄く……狂ってた」
「え?狂っ、私が!?」
「いや、"狂ってる"って誉め言葉のつもりだったんだけど……」
麗亜は困惑しながら笑う。
アトラクションは消失し、外は夕暮れ時になっていた。おもちゃに変えられた子供達は元に戻り、最深部で囚われていた親達と再会の抱擁を交わしている姿が微笑ましい。既に帰還前の集合時間は過ぎていたが、私達の他にもこのアトラクションに入り帰ってこない生徒がいたようで、担任教師が彼らを抱き締める様も見えた。賢二は死体処理班によって運ばれていく大湖の亡骸を悲し気な顔で見送っていた。
「春馬君」
私は賢二に声を掛ける。この件に巻き込まれた民間人には記憶処理をしないといけない。私とまひるは賢二の記憶を消す為に呼んだのだ。
「記憶処理班の所に行ってさ……」
「今日の事を忘れろ、って言うのか?断る」
賢二は食い気味に拒絶した。私は驚きながら訊ねる。
「ど、どうして?」
「親友の死を忘れろって…そっちの方が酷じゃねえか?俺はこの悲しみを抱えて、あいつの分までしっかり生きてやる。その方があいつの為になると思うから」
賢二は拳を握り締めて言った。彼の笑顔が夕焼けに照らされていた。