【Ep.18-5】パンドラのおもちゃ箱(2)
鉄の扉の先は薄暗い工場だった。大きな機械音が彼方此方から響き渡る。私―――羽田ひよりは音に驚きながらも進んでいく。
「うぉーい、大湖ぉー!何処にいるんだぁー!」
クラスメイトの春馬賢二が叫ぶ。すると私の友人の沼田まひるが彼に言った。
「ちょっと、春馬君!そんな闇雲に叫んだら…」
そんなやり取りを横目に、ベルトコンベアから流れてくる可愛らしい縫いぐるみや小さなロボットに視線を向ける。私はまひるが言っていた仮説を思い出す。
―――子供達を攫っておもちゃに変えてる可能性が高いわ。
私はその機械の下に走り出す。操作盤にある沢山のボタンに戸惑いながら試しに色々押してみる。何とかしてこの機械を止めないと、という思考が私の中を支配していた。その時、けたたましく警報音が響く。
「おい、何してんだよお前!」
賢二が私に向けて叫ぶ。すると微かなノイズの後、何処からともなく音声が流れ始めた。
《あー…マイクチェック、ワンツー!あーあー、オッケー☆あーららららぁあ~あ~、ボクちんが席を外してる間に侵入者のお出ましかい!?ど、ど、どうしよ…鍵は閉めた筈だよな……開けたら閉めろおぉぉ~いって言っておいたのに、おっかしいなぁ……》
「どうぞ入ってくださいって言ってるみたいにガラ空きだったぜ、おい!マッド・マーチってのはお前だろ!いるんだったら姿を見せろ!そして早くこの腕と目を戻しやがれ!」
賢二は木製人形のものに差し替えられた右腕を押さえながら、天井に向けて叫ぶ。
「やめときなって、春馬君!もしかしたら聞こえてないかもしれないし……」
私が彼を宥めた。すると音声が続く。
《だーはっはっはっは~い☆そうだよ~、ボクちんが……大・天・才、マッド・マーチ様だぁ~よ☆生憎、ボクちんは他の侵入者の対処でいっそがしいから、そっちには行けないなぁ……残念~!!そ・の・か・わ・りぃ……キミ達にはボクちんの新作兵器の試験運転に付き合ってもらおう!!被験体ナンバー、えーっと……何番だったっけな…いっぱい実験してたから忘れちゃった…まあいっか☆カモーン!!》
すると壁が勢いよく破壊され、そこから私達と同じくらいの背丈のロボットが現れた。身体は鋼鉄のロボットそのものだが、顔は虚ろな眼の人間だった。その人間は私達の見覚えのある人だった。
「大湖!!」
賢二が叫ぶ。そう、それは紛れもないクラスメイトの瓜生大湖本人だった。彼は操られているのか、それとも意識があるままなのか分からないが、私達を敵と認知し追い掛けてきたのだ。私は必死に逃げるがロボットの足にはブースターらしきものが搭載されており、すぐに追いつかれてしまう。咄嗟にバスターデバイスを起動し大鋏を展開する。そしてロボットの足元に向けて振り抜く。だが、金属同士がぶつかり合う音と共に火花が散るだけで、傷一つ付いていなかった。腕を伸ばしてロボットはまひるを掴んだ。
「きゃあっ!?」
「まひるちゃん!!」
私は急いで助けに向かう。だが、もう遅かった。彼女は頭を強く掴まれ身動きが取れなくなっていた。
「まひるちゃんを……離しなさい!」
私は力一杯にロボットを殴りつけるがビクともしなかった。すると突然勢いよく金属の塊がロボットの腕に当たり、その衝撃によってまひるを手放した。そのまま落下するまひるを受け止めたのは―――
「大丈夫ですか、まひるちゃん!」
「え、剣ちゃん!?どうして此処に!?」
まひるの家の住み込みのお手伝いさんである影浦剣三だった。更に先程の金属の塊を投げた主である、副班長の夕暮佳子だった。佳子は投げつけた機械槍を拾い上げ、肩に担ぐと言った。
「ひよりちゃん達……大丈夫?」
「夕暮副班長!それに有栖川さんも!」
その後ろには、茶色いウサギ頭の白衣を着た男の耳を掴んだ有栖川英二が立っていた。
『は、離せええええ!』
縄で身体を縛られジタバタするウサギ頭が叫ぶ。英二は乱雑にウサギ頭から手を離して、冷静な声で言った。
「悪いな、ウサギ男?君の悪事もここまでですよ」
『大天才のボクちんがこんな奴らに捕まるなんてぇ……』
悔しがるウサギ頭に英二がハンドガンの銃口を向けていた。その時、ロボットが両腕を大きく振り私達に殴りかかってくる。私は大鋏を盾代わりにして攻撃を防ぐ。佳子が機械槍をロボットの肩元に突き刺す。ロボットの片腕が千切れ吹き飛ぶ。しかし千切れた先から黒い帯が伸びて腕が修復される。
「噓でしょ!?」
佳子の驚きの声を聞き、ウサギ頭が高らかに笑う。
『だーはっはっはっは~い☆さっすがはボクちん!!壊される事まで想定済みなのさぁ!壊されてもすぐに直っちゃう!だからいくら壊そうったってぇ……無駄だぞぉ?』
すると賢二がウサギ頭の首をつかんで叫ぶ。
「てめぇええ!いい加減にしやがれ!早く俺達を元に戻せよ!この野郎!人の心ってもんがねえのかお前には!あー、そうだよなぁ!そもそもお前人間じゃないもんなぁ!頭っから足先まで綿で詰まったバケモノがぁ!!」
賢二は怒りに任せて英二からハンドガンを引っ手繰ると、ウサギ頭に向けて水色の光弾を何発も撃った。ウサギ頭は銃撃を受けて黒い液体で塗れながらも、悪い笑みを浮かべ後ろを指差す。賢二の背後にはロボットが迫っていた。
「春馬君、危ない!!」
考えるよりも先に身体が動いていた。私は叫びながら賢二とロボットの間に割って入り、大鋏の片刃をロボットの胸元に突き刺した。胸元から火花を散らしロボットは膝から崩れ落ちると、そのまま動かなくなった。
「お、おい…嘘だろ……」
賢二が唖然としていると、ウサギ頭が頭を押さえながら高笑いをした。
『だーはっはっはっは~い☆アレって君の友達だったんだよねぇ~?でもざーんねん!君の友達ぃ、死んじゃったねぇ~』
「この野郎おおおおお!」
賢二は乱暴にレボルバーを回してウサギ頭に撃ち込む。橙色の閃光が大きな爆発音と共に上がる。そしてウサギ頭は黒い飛沫を飛ばして爆散した。ウサギ頭のものらしき高笑いが工場内に響く。賢二の右腕と左目は元に戻ったが、ロボットにされた大湖は動かないままだった。
「ごめん、春馬君……瓜生君の事、私が……」
私は泣きながら賢二に謝る。すると彼は私を一発殴った。涙目になった顔を私達から逸らしながら叫ぶ。
「"助ける"って決めたんなら……全員ちゃんと助けろよ!」
「いや、でも…これは仕方なかった事で…」
「仕方なかったとか…そんなの只の言い訳だろうが!この……人殺しがぁ!!」
「ちょっと、春馬君!」
まひるが止めに入るが、賢二は止まらない。私は何も言い返せず、その場で立ち尽くすしか出来なかった。彼の言う通り、私は大湖をこの手で殺してしまったのだ。佳子が私の側に来て慰める。
「ひよりちゃん。別に人殺しを擁護するって訳じゃないけど……こんな仕事をしてる以上、避けられない犠牲だってあるわ」
「そんなの分かってます!だけど、それでも……」
「ひよりちゃん!落ち着いて!」
佳子が私を抱き締める。彼女の抱擁は優しくて暖かかった。一方の賢二はまひるに慰められていた。まひるに抱き着かれて安心したのか、賢二は落ち着きを取り戻して私に言った。
「羽田……お前に頼みがある」
「え?」
「絶対にこのアトラクションの主をぶっ殺せ!元はと言えば、全ての元凶はこのアトラクションだろ?だったら、その主を倒せば全部解決する筈だ!それが…死んじまった大湖の為にもなると思うからさ……」
賢二の言葉を聞いて、私は制服の袖で涙を拭い言った。
「うん、分かった」
「途中でくたばったら承知しねぇからな!」
「…うん!」
私達は工場を出て薄暗い廊下を歩いていく。すると廊下の先に大きな両開きの扉があった。そこには"Fancy Playroom 従業員用入口"と書いてあった。
「"Fancy Playroom"…ここって子供達が入って行った部屋じゃない!?」
まひるが言う。それに対し英二が興味深そうに聞いた。
「Princess達は、もしかして"Dreamy Theater"の方に行ったのか?」
まひるは無言で頷く。英二達はもう一つの入口である"Waiting Room"から来たという。"Dreamy Theater"でのステージが終わった後、子供達は"Fancy Playroom"という場所に案内されていたのだ。もしかしたらこの場所にアトラクションの主―――"テディ・ハッター"がいるかもしれない。私は意を決して扉を開けた。