【Ep.18-4】A dream for a Dream, a Fantasy for a Fantasy
私―――伊川瑠美は、気づくと青々とした平原に寝転がっていた。私の隣では先に起きていた増間亮が、私の事を優しく起こしてくれた。
「ふぁっ、亮様!?あ、ありがとうございます……」
「あぁ、大丈夫でよかったです」
亮がそう言って微笑む。やっぱり彼女の顔は直視できない程に麗しい。私は赤面しながら顔を逸らす。すると、今度は草原の真ん中に大きな木があることに気づく。その木の穴の中にはネズミ頭の青年がクッションを抱き締めながら眠っていた。彼の頭上には虹色に揺らめく雲のような物体が浮かんでおり、その中から武装した黒いネズミが次々と現れ、青年を守る様に見張っていた。
「何でしょう?」
私は青年を起こそうとそっと近づくと、ネズミの兵が私に飛び掛かってきた。しかし、すぐに亮が駆けつけてネズミを引き剝がす。するとネズミ頭の青年は寝言のように言った。
『ふへへ…誰も僕……の邪魔は、でき…な、ぁい……ぞぉ』
彼はそのまま眠り続ける。私達を敵とみなしたのか、黒いネズミは横列になり武器を各々構えた。
「もしかしたらあのネズミって…異常生命体!?」
私達はバスターデバイスを起動して武器を展開する。亮が前に出て洋剣を構えると、ネズミ達を煽る。
「貴方達位なら私一人で十分です!」
そして亮は勢いよく飛び出していく。そして剣を華麗に振り、ネズミ達を次々と切り裂いていく。私は白紙の本に急いで文章を綴っていく。隙だらけな私に向かってネズミが銃で発砲する。文章を書き終わると、私の肩に乗っていた小さなイカが私の前に飛び出し、私を覆うほどに巨大化して守った。
「ナイスですねぇ、イカちゃん!」
私がそう言うと、イカは短い腕を上げてドヤ顔を見せた。やがて全てのネズミを倒した亮は私の元に駆け寄ってくる。
「瑠美さん!怪我はないですか?」
「大丈夫です!」
その時だった。横から何かが飛んでくる気配がした。私は咄嗟に彼女を後ろに突き飛ばし、前に出た。そのまま爆発音が草原に響いた。どうやらネズミ達が大砲を撃ってきたらしく、私はその攻撃を直で受けてしまった。
「瑠美さん!!」
亮が叫ぶ。しかし私は平気だった。あの瞬間に私は大きな鋼鉄の盾を展開した。爆風の影響で煤に塗れた眼鏡を袖で拭い、盾を消失させると、ネズミ達を睨むと、少し声を低くして言う。
「不意打ちとか卑怯極まりないですよ……あんた達、それでも軍人ですか?それに……」
そして一際大きな声で叫んだ。
「貴重な私服姿の亮様を穢そうなんて……私が許しません!!」
その叫びに呼応するように、本と万年筆がオレンジ色の光に包まれる。万年筆は歯車がデザインされた美しいボディのものになり、本は厚みが増し、縁に金色の装飾が成されたハードカバーのものになった。私は勢いよく本を開き、白紙のページに剣のイラストと文章を綴った。すると銀色に光る剣が現れ、独りでにネズミ達を切り裂いていく。私は少し微笑み、文章を書きながら走り出す。
「瑠美さん!」
亮が引き留めるように叫ぶ。私は彼女の方を振り返ると笑って言った。
「名案を思い付いたんです!それに、これ以上亮様を傷つけるなんてできません!ここは私に任せてください!!」
そしてネズミ頭の頭上に浮かぶ雲に向かって飛び込んだ。その時、本に書かれた文章がオレンジ色に光り、私の身体へと収まる。その文章とは―――
"伊川瑠美は、他人の夢世界に干渉できる能力を持つ『夢旅行者』である。"
少しふわふわした感覚が暫く続く。視界が晴れるとそこは枯れた草原の上で、あちらこちらには瓦礫が転がっていた。まさに戦場だ。そして私の前には軍服を纏った黒塗り顔の青年が立っていた。青年は苛立った声で言った。
『貴様、此処にドウやって入ってキた?此処ハ我の夢世界だぞ?』
私は悪びれもせず得意げな顔で答えた。
「私は"夢旅行者"ですよ?人の夢に入るなんて朝飯前です」
"夢旅行者"という急ごしらえの設定に少し気恥ずかしくなりつつも続ける。
「それにしても、戦場の夢に武装したネズミの兵隊……とんでもないベクトルの空想をお持ちなんですね」
『……何ガ言いたイ?』
青年は虚空から機関銃を数本召喚し、私に向けた。彼の前には黒いネズミの武装兵が並ぶ。私は左手に持った本を優しく撫でながら言った。
「私も空想を自由に具現化できる力を持ってるんです。"目には目を、歯には歯を"、ならば"夢には夢を、空想には空想を"と思いましてね……夢戦争と行きましょう。どちらの夢が…どちらの空想が強く素晴らしいかの勝負です。勝った方の言う事を聞く、で良いですか?私が勝ったらこの夢から覚めてください」
『我ガ勝った時ハ…貴様はコノ夢幻の戦地デ散ってもらうゾ!』
私は不敵に笑うと本を開いた。
「随分とやる気じゃないですか。ただ私も負けられない理由があるんです」
そして青年を睨むと続けた。
「未遂とはいえ、私の"推し"を穢した貴方を放って置く訳にはいきません!」
すると私が手に持っていた本は禍々しいオーラを纏い、茶色かった表紙は漆黒に染まる。私は勢いよく本に禍々しい絵を描く。するとその絵は黒い煙を上げながら私の頭の上に乗っていた小さなイカに纏わりつく。そしてイカは巨大化して私の背後に立つ。鋭い両目を黄色く光らせ、長く伸びる黒い触手をうねらせる。背中には大きな悪魔の羽根を生やしている。さながら創作怪奇神話の名状しがたき邪神の様相だ。
「"旧支配烏賊"……なんつって」
巨大化したイカは青年を触手で縛り上げる。青年も負けじと虚空から重火器類を限界まで召喚し何十発も乱射した。しかしイカにとっては掠り傷にすらならなかった。
『ナ、何故だ!?此処は我の世界…我が秩序デ我が法……!!』
慌てふためく青年に向けて私は呟く。
「夢の中でしか威張れないだなんて……虚しい人」
『"虚しい"、だって?お前ニ僕の何ガ分かるンだ!!』
先程まで軍人気取りだった青年の口調が崩れたのを、私は聞き逃さなかった。彼は、相当辛い思いをしている。夢に籠って現実逃避をしないとやってられない位に。青年の操る重火器が私の方に向けられた為、咄嗟に盾を生成し自身を覆う。
『死ネェエ!!!』
轟音と共に無数の銃弾が飛んでくる。私は盾に守られつつ言った。
「自分の思い通りの夢を見れるのは羨ましいです!だからそうして現実逃避してるのでしょう。私だって、現実で辛い思いをしていた時期がありました……いくら頑張っても報われなかったり、自分の思い通りにいかなかったり……人生はそういうものです。それでも、自分の空想に閉じ籠り続けて全ての事に逃げているなんて……貴方は本当にそれでいいんですか?」
私は本を開き、既に文章で埋まっているページの一行を指差す。その一行は光を放ち、私の真下に大きな魔法陣が浮かび上がる。私は覆っていた盾を消失させ大きく跳び上がる。魔法陣の助けもあり、かなり大きく跳んだ。私はそのままイカの触手に縛られた青年を優しく抱き締めた。
『な、何……』
「本当はこの世界を悪夢に染めて、意地でも貴方の目を覚まさせようって思ってましたが……作戦変更です。貴方の事、聞かせて貰えませんか?」
すると青年の黒塗り顔から、二つの濡れた線が引かれる。泣いてる。青年はぽつりぽつりと言葉を出し始めた。
『僕は、もう嫌ナンだ……!こンな事をするノは、アイつの言いなリになるのハぁ……!!』
「"あいつ"って言うのは?」
『このアトラクションは"テディ・ハッター"って奴ガ仕切っテル。僕らはそいつノ率いる楽団のメンバーなんだ。力の弱イ僕らを親切に拾っテクレた良い奴ダと思ったよ。でも実態は大量虐殺に加担さセてただけだった……そレに快く協力してる奴もいるよ。でも、僕は嫌だった!今すぐニでも逃げ出シたい位ニね!こんな夢ヲ見てるのも全部、奴を…この楽団をコノ手で滅茶苦茶にできたらっテ。あわヨくば殺せたらって思ってたカラ……僕、この楽団の中で一番弱いし…どうせ僕ナンかガ何をシてモ無駄だダロうけど…』
「そうだったんですか。さぞ辛かったでしょう…」
私はもう一度彼を抱き締める。その上からイカが触手で優しく私達を撫でた。
『お姉サンの、勝ちだヨ……』
青年がそう呟くと、世界が白い光に包まれた。
気が付くと私は草原の上で寝転がっていた。青年の夢から戻ってきたのだろう。
「瑠美さん、大丈夫ですか?」
亮が元のサイズに戻ったイカを抱き締めて私を覗き込む。私は起き上がりながら言った。
「はい、何とか……」
傍らに転がっていた眼鏡を拾い掛け直すと、そこにはネズミ頭の被り物を小脇に抱えた黒塗り顔の青年が立っていた。
『あ、貴方ハ……!』
私は青年に歩み寄る。すると青年は膝から崩れ落ちて、私の足元に縋って叫んだ。
『僕を、その手デ殺してクダさい!僕ガ消えナイと、貴方達ハこの空間ニ囚われタままナノで……』
そう言われた私は少し躊躇う。私は覚悟を決めて本を開くと、涙で滲む視界の中で文章を綴る。書き終わった文章は鋭い線となり青年の首を斬った。青年は小さく微笑んで塵となって消えた。
『ありがとうございます。どうかアイツを……倒しテください!!』
青年の言葉が虚空に解ける。私は眼鏡を外して涙を袖で拭った。すると亮の腕に抱えられていたイカが私に飛び付いてきた。私はイカの小さな頭を優しく撫でた。私はある事に気づいた。武器は仕舞った筈なのにイカが消失していない。
「え、何で……?」
「きっと瑠美さんの武器がレベルアップしたからじゃないですか?」
「やったぁ!これで私達、ずっと一緒だよ!!」
私はイカを高く持ち上げて笑う。イカも満面の笑みを見せた。
「良かったですね、瑠美さん!」
「はい!」
亮の言葉に私は笑顔を崩さず言った。
ネズミ頭の青年を倒した後に現れた白い扉を開く。そこはカラフルな壁で囲まれた子供部屋の様な場所だった。子供達が楽しそうにおもちゃで遊んでいる。部屋の中央には明るい緑のスーツを着たパッチワークのテディベアの様なキャラクターが子供達と戯れていた。テディベアが私達に気付くと、此方を向いて言った。
『おやぁ?此処は大人立ち入り禁止の筈ですよ?どうやって入ったのですか?』
「貴方が…"テディ・ハッター"ですね?」
私はテディベアを指差して言った。テディベアは不敵に笑うと両手を広げて高らかに笑う。
『いかにも!私がドリーミィ楽団の座長、テディ・ハッターで御座います!それで……貴方達はどうやって此処に入ったのですか?』
テディの質問を無視して私は叫ぶ。
「それは言えませんが……貴方の悪事は全て把握済みなんですよ!大人しく降参しなさい!」
その時、私達の前に黒い巨大なテディベアが二体現れ、強く両腕で締め上げてきた。更にテディが両手を叩くと、軽快な音楽が流れ始める。それを聞いた子供達は操られた様に踊り始める。しかし私達は頭に電流を浴びせられている様な頭痛に見舞われ、そのまま意識が途切れた。