【Ep.11-2】君の神様である為に
異常生命体殲滅隊にはかつて、更生班と呼ばれる裏方部隊が存在した。少年院や刑務所に収容されている犯罪者の更生を目的とした班であり、前線班の救護や死体処理、拠点清掃等の裏方業務を一手に担っていた。現在は当班は解体され、殆どの班員は事後処理班―――主に死体処理班に異動している。だが、その中で1人だけ、例外として前線第4班に異動になった隊員がいる。それが塩崎にこだ。
塩崎にこは11歳の頃、両親をその手で殺した。殺人の罪で少年院に収容となり、そのまま更生班として部隊へ入隊した。親殺しという惨状を経験した事で、彼女の精神はかなり不安定な状態になっていた。心を閉ざし、他者との関わりを拒んだり口数が減ったりする程度で収まれば良かったのだが、彼女の場合は違った。彼女の心は制御装置が壊れた機械のように狂いだした。酷い時には刃物を視界に捉えるだけでも殺人衝動に駆られ、攻撃的になった。前線班の救護に向かう際も、予備のバスターデバイスを無断使用して勝手に異常生命体を討伐する事も多々ある位の問題児で、少年院時代からの専属カウンセラーですらお手上げ状態の狂いようだった。
更生班が解体となり、にこは前線第4班に配属となった。それが私―――群生圭と彼女の出会いだった。当時班内では私が一番の新人だった為、彼女の教育係兼相棒となるように命じられた。
「はじめまして、塩崎にこでっす!4班のみなさん、どうぞよろにこっ☆」
元が殺人を犯した狂人という事もあり、怖がらせない為なのだろう。取って付けたような気色の悪い語尾からは、彼女が無理をしているというのが見え見えだった。しかし、そんな事は気にせず私は挨拶をした。
「初めまして、群生圭です。これからよろしくお願いします。分からない事があれば、私に何でも聞いてくださいね」
私は表面では笑顔を見せていたが、その奥には少々苛立ちに近い何かがあった。彼女は正直言って私の苦手なタイプだった。戦闘技能は他の隊員に引けを取らない程の強さ。しかし命令を無視して独断専行に走る癖は御世辞にも集団行動に向いているとは言えない。"配属試験劣等の最弱集団"という表向きの烙印の下に集められた問題児集団の我々に彼女を任せた上層部の判断は間違っていなかったと思う。
にこが第4班に加入してから半年後の事だった。その日は確か会議室に二人きりしかいなかった夕刻だった。これまで見せなかった悲し気な表情でにこは私に一つの問いを投げた。
「ねぇ、おにーさん。"かみさま"の殺しかたって分かる?」
「……もしかして、私に神殺しの大罪を背負わせようとしてます?」
彼女の問いに私は冗談めかした口調で返す。しかし、彼女の眼差しは真剣そのものだった。彼女は少し俯いて続けた。
「"かみさま"はね、にこのパパとママをおかしくしちゃったの。そのせいで…にこもおかしくなっちゃったの」
彼女は一般家庭の生まれであり、両親も普通に優しく接していた。しかし、新興宗教の類に両親共々手を染めて以降、全ての歯車が狂い始めたのだという。
「パパとママのせいで学校もちゃんと行けなかった。友達とも遊べなくて、ずっと何か変な本ばっかり読まされてた。にこ、難しい事はわかんないけど、これは間違ってるっていうのはわかったんだ」
彼女の両親は教団の幹部クラスであったらしく、毎日のように洗脳じみた教義を聞かされ、彼女はずっとそれを我慢していたという。
「それで…にこ、パパとママに"そんなの間違ってる"って言ったの。そしたら、二人とも何かに操られたみたいにおかしくなっちゃって、にこを殺そうとしてきたの。にこ、すっごく怖くて……それで気づいたら、手がまっかっかになって…パパとママが死んでたの」
そう言うなり、にこは自分の両手を見つめながら震えだした。
「にこ、何も間違ってないって…間違ってるのはパパとママの方だって……」
その時に、彼女の中で人を殺す事が正しい事だと言う認識になってしまったのだという。それが彼女の中で殺人衝動を引き起こす要因になっていた。
「あぁ、可哀想に……」
私は小さく呟く。そしてにこの元に近づくと、優しい声色で問いを投げた。
「辛い思い出を掘り返す様で申し訳ないのですが……貴方の言う"かみさま"というのは、どのような姿をしていました?両親から何か聞かされていた事で覚えている事はありませんか?」
すると彼女は私に顔を合わせて言った。
「パパが絵に描いてくれたのを覚えてる。パパ、絵が上手だったから……なんかね、真っ黒な顔で、大きなコウモリみたいな羽根を持ってて、背の高い人だった」
その言葉を聞いた私は一つの解に辿り着いた。私が半生を過ごした児童養護施設を襲撃した彼の異形が、彼女の言った"かみさま"の容姿と完全に一致した。私は強く彼女を抱き締めて言った。
「あぁ、辛かったでしょう……ここまでよく頑張りましたね」
「お…おにーさん……?」
あまりの事に困惑するにこを余所に私は続ける。
「貴女の言う"かみさま"は神なんかじゃない。奴は恐ろしい悪魔です…私も奴に人生を狂わされた一人です」
すると彼女は泣きながら私を強く抱き返し叫ぶように言った。
「じゃあ、"かみさま"はどこにいるの……?」
その問いを聞いた時、私の脳裏に浮かんだのは義父の教えだった。
―――生きとし生ける者は皆、神になる素質を有している。
―――神は各々が信じる姿で我々の元に現れる。
―――万物を救えずとも、たった一人に信じられそれを救えれば、十分に神たりえる。
「貴女が信じ、縋り、救ってほしいと思う者が…貴女にとっての"神様"です。本当にその人が貴女を救ってくれるならば、二度と"神を殺したい"だなんて思わないでしょう」
「だったらさ……」
にこは私の隊服の袖を強く握り、一際大きな声で言った。
「だったら、おにーさんが……おにーさんが、にこの"かみさま"になってくれる……?」
彼女がここまで自分を曝け出してくれたことは今まで無かった。彼女の涙で潤んだ瞳を見て私は理解した。彼女は今、私を信じて救いを求めている。そして彼女の心を救えるのは私しかいないのだと。
「……分かりました」
私は微笑んでそう答えた。するとにこは今までに無いくらい眩しい笑顔で言った。
「ありがとう、おにーさん!」
「そろそろその呼び方、やめて貰えますか?私には"群生圭"という名前が……」
「じゃあ、"けーさま"って呼ぶ!」
「もう……好きに呼んでいいですよ」
―――義父よ、私は彼女の心を救えるでしょうか。彼女にとっての"神様"になれるでしょうか。