【Ep.9】Secretary's Secret
異常生命体殲滅隊は政府直属の組織であり、その運営は政府の支援によって成り立っている。現在、隊の総帥を務めているのは西郷淳。政府と連携を取っている研究センターのセンター長だ。淳は誰よりも異常生命体に対して危機感を抱いており、これまで民間に秘密裏にしていた異常生命体の存在を公にすると政府に求めている。さらにはこれまでの部隊の編成を大幅に変え、配属前能力試験を導入したのも彼だ。総帥交代に関しては前総帥が直々に淳を次期総帥に指名していた事もあり直ぐに受け入れられた。
前総帥は病死として扱われているが、私―――西郷淳はその真相を知っている。私はその目で全てを見たのだから。
その日は部隊関係の政府要人を集めたパーティーだった。
私―――西郷淳は研究センターの代表として秘書の切原瑞希と参加していた。パーティーの終盤、私は別室で前総帥と対談していた。近況報告から今後の隊の経営方針までを語り合った。途中で瑞希がお茶を入れてくれた。瑞希は私達がお茶を飲んでいる様子を微笑ましく見ていた。前総帥の秘書が少し訝しげな表情で見ていたのを私は見逃さなかった。その時、突然総帥が苦しそうに心臓を押さえながら椅子から落ちる。
「総帥…!?」
私は慌てて駆け寄る。すると、私と前総帥の間を黒い帯が勢いよく通り、その切っ先は前総帥の心臓を貫いた。後ろを振り返るとそこには悪い笑みを浮かべた瑞希の姿があった。彼の長い襟足は生き物であるかのように動き、青色の筈のそれが毛先にかけて黒くなっている。そしてその先は赤い鮮血が垂れていた。前髪で隠された左半顔は陰っているにしては黒が濃く見える、まるで墨で塗られたかのように。
「瑞希……貴様ぁ!」
私は叫ぶ。だが、彼は動じない。それどころか私達を見下すように笑っていた。
「やっぱり人間って……馬鹿だよねぇ!」
総帥秘書が咄嗟に彼に向けて銃口を向けるが一瞬にして銃は弾かれ、秘書も心臓を突かれて死んでしまった。私は白衣のポケットから携帯電話を取り出し前線隊に連絡をしようとおもったが何故か電波が届かない。瑞希は再び高笑いする。
「もう既に此処は僕の領域内。僕がルール、僕が全て!通報しようったって無理だよ?」
「切原瑞希、貴様は一体何者だ?」
私が訊くと、瑞希は楽しそうな声で答えた。
「覚えておいた方が良いよ?敵は意外と近くにいるもんだって…そうだよ、僕は君達が倒そうとしている異常生命体さ」
「何故総帥を殺した?お前が人じゃないとしても、お前がやった事は私達への反逆だぞ!」
彼は少し不満げな表情で首を傾げて答える。
「君も心の何処かでは思ってたんじゃないの?今後の部隊経営にこのおじさんは邪魔だって……だって君、何か安心したような顔してるじゃない」
図星だった。確かに私は前総帥の事を信頼してはいたが、旧時代的な考え方が聊か気に入らなかった。しかし、死んでほしいとか早々に総帥のポストを明け渡せとまでは思ってはいなかった。瑞希が私の抱えていた思いを察していたとしても、ここまでするのは明らかにやりすぎだ。私は悔し気に拳を強く握ると、瑞希を強く睨み言った。
「貴様の望みは何だ?今後の発言次第では貴様をセンター長権限で解雇する事だって出来るんだぞ!」
私の脅しに顔色一つ変えず瑞希は言った。
「僕の望み?あー、そうだなぁ……異常生命体の存在を公にする事、かな?」
「存在を公に……?」
私が聞き返すと彼は襟足をうねらせながら続ける。
「ずっと思ってたんだよ。いつまで僕達の存在を政府は隠し続けるつもりなんだろうって……隠し続けたところでいずれバレちゃうのにね?」
「それは政府の決定事項だ。私達にどうこうできる問題ではない」
「でも、いずれはみんな知ることになるよ?いや、知らなければならないのさ」
そう言うと瑞希は私に近づいて悪い笑みを浮かべて言った。
「いいかい、淳君?君が次の総帥になれ。前総帥も君を推薦していたし違和感なく受け入れられるよ。そして政府に、異常生命体の存在を公にするよう要求するんだ」
「切原瑞希、本来なら私と貴様は敵同士の筈。何故ここまでして私達に肩入れをする?」
私がそう問うと、瑞希は笑顔で言った。
「僕は…いや、僕達は人間と対立しようなんて思っていないさ。むしろ仲良くしたいと思ってる。ただ、人間は自分とは異なる存在を恐れ、攻撃する恐ろしい生き物だ。だから僕達が敵意を持っていない事を表明したいんだよ」
「敵意がないなら何故人間を襲う?」
「君達が何時まで経っても分かってくれないのが悪いんじゃないか……仕舞いにはこんな部隊まで作っちゃってさ。だから気が変わった。共存が無理なら、支配するまでだってね」
「貴様……!!」
私は怒りの余り瑞希の胸倉を掴む。だが、瑞希は私を見て笑っていた。その目はまるで玩具を与えられた子供のように無邪気だった。瑞希は私に顔を近づけて耳元で囁いた。
「ここまで僕の事を信じてくれてありがとね、淳君」
この件は私の手で闇の彼方に葬り去った。前総帥は病死という事にした。自室で私は瑞希に聞いた。
「君が本当に異常生命体なら、何故君達に不利になるような状況を自ら作った?」
「何の事?」
「"バスターデバイス"だ。異常生命体に対抗できる特殊武器展開技術…あれの開発を指揮したのは君だろう?そんなのが作られてしまえば、君達には圧倒的に不利になるのは分かっていたはずだ」
「いや、僕達の力と人間達が対等になる様に調整しただけ。戦うなら平等な力関係じゃないと、でしょ?」
そう言って瑞希は無邪気に笑う。私は呆れたような声で言った。
「本当に君は何を考えているか分からない。私は一生君に翻弄される気がする……」
「え、僕に不満があるのかい?だったらその、総帥権限ってやつで解雇すれば?」
「いいや、そんなことはしない。今私が君を手放したら、君が何を仕出かすか分からないからな」
「信頼してくれてるって解釈で良いのかなぁ……」
瑞希は苦笑いを浮かべた。
私は現在、総帥として隊の運営に尽力している。前総帥が志半ばで成しえなかった事も全て熟した。私の背後に影の脅迫がある事は絶対に悟られてはいけない。全ての方針決定は、西郷淳の意思の下にあるのだから―――