【Ep.8】偽りの眼差しでも構わない
博物館での任務で負傷し、片目を失明してしまった増間亮。しかし、本人以上にその事態を重く受け止めていたのは―――
先日の任務で負傷し、増間亮は左目を失明してしまった。それ以来、彼女は表情に影を落としている。ここ数カ月近く班の定期会議にも顔を出さず、任務への同行を断ったりもした。これまで当たり前にあった視力を失った事がかなり精神に堪えたのだろう。しかし、彼女本人よりもその件で心を病んでいるのが私―――伊川瑠美だ。彼女が左目を失ったのは私のせいなのだ。
私は亮の麗しい顔が、優しい性格が、美しい剣捌きが―――彼女の全てが好きだった。だから誰よりも彼女を大事に思っていたし、彼女が心も身体も傷付くのが怖かった(なんて言ってしまったら病んでるとかメンヘラだとか愛が重いとか言われてしまいそうだが)。でも、私は自分の手で彼女の左目を奪ってしまった。彼女の目の傷は例の任務で私を庇った事によるものだった。私があそこで足を引っ張らずにもっと強かったならと、事ある毎に思い詰めてしまう。
思い詰めすぎた時には外の空気を吸うに限る。私は拠点の屋上へ向かった。絵画のように綺麗な青空が広がり、心地よい風が吹く。
(この風が、私の心に渦巻く色々な気持ちを運んで行ってくれたら良いのに……なんてね)
空に響く美しいオカリナの音色も私の心を安らいでいく。音色の主は屋上の先客―――カントリースタイルの服に身を包んだ銀髪の女性だった。黒いリボンで結んだ艶やかな襟足が風に靡く。まるで絵から飛び出してきたような美しさを持つ女性だ。そう見惚れていた時、彼女は演奏を止めて此方を振り向いた。なんとその女性は増間亮だった。
「え、亮様……!?」
私は驚いて変な声が出てしまった。まさかこんな所で彼女に会えるとは思っていなかった。
「瑠美さん?どうしてここに……というか、大丈夫ですか?凄い変な声出てましたけど」
「いや、あ、あの…色々言いたいことがありすぎて……」
私の方に歩いてくる亮に私は嬉しさと恥ずかしさと諸々の感情が渦巻いて冷静な判断が出来ない。考えるよりも先に私は言葉を発していた。
「オカリナ…吹けるんですね」
(いやいやいや、言いたいのはそっちじゃないでしょ!!)
私は勢いよく首を横に振った。その様子を見た亮は笑っていた。
「ありがとうございます。私の趣味なんですよね。時々此処で吹いてるんです」
「そうなんですか……じゃなくて!」
彼女の美しさに惚れて慌てふためいてしまう所をぐっと堪えて言葉を続ける。
「その、左目……大丈夫なんですか?」
私が本当に伝えたかったのはそこだった。私が最後に彼女を見た時はまだ眼帯をしていたのだが、今の彼女は眼帯を着けておらず、傷を負う前に戻ったような姿だった。外傷は治ったとしても失明は免れないと言われていたはず。なのに何故……?すると亮は自身の左目を指差して言った。
「ああ……これですか?実は義眼なんです」
「ぎがん……?」
「はい。ずっと眼帯を着けたままっていうの、正直慣れなくて…それに他の人にも心配かけちゃうでしょう?せめていつも通りの姿で皆に会いたくて。だから部隊専属の医療チームに無理言って作ってもらったんです」
「え、じゃあしばらく会議に顔出さなかったのって……」
「施術の為に休暇を貰ってました」
そう言って彼女は微笑む。確かに"義眼"と言われなければ分からない位精巧に作られている。気付いたら私は感動なのか歓喜なのか分からない涙を流し、亮に抱き着いていた。突然の出来事に亮は戸惑っているようだったが、すぐに優しく抱き締めてくれた。例えそれが偽りの眼差しでも良かった。彼女に今まで通り両目で私を見てくれる、ただそれだけが嬉しかった。そんな私を見て彼女も泣いていた。私は彼女の腕の中で決心をした。もう二度と彼女を傷つけない為に強くなる事を、彼女を守れるような人間になる事を。