【Ep.7-2】嘆く魂に救済を(後編)
無数の異常生命体の集合体となった墓石と対峙するのは4班の副班長―――夕暮佳子とその相棒の有栖川英二だ。高くそびえる墓石を見上げ、佳子は言う。
「可笑しな事言ってもいいかしら?」
「こういう緊迫した時に冗句でも言いたいのかい、マイレディ?でも、私はそういうの…嫌いじゃない」
英二から了承を得た佳子は続ける。
「この間英二とやったゲームに、こういう感じのボスいなかったっけ?」
「奇遇だな、私も同じことを考えていたよ」
「じゃあ所要時間は2分で十分?」
「いや、1分半……と言いたいところだが、そうもいかないな。こいつは明らかにゲームのやつとは比にならない位大きいし、何より下にある帯が邪魔だ」
そう言いながら英二はバウンド弾を連射して墓石の下から伸びる無数の黒い帯を牽制する。
「それに何より……ずっと聞こえてくる呪文みたいなのが厄介ね。頭がおかしくなりそうだわ」
「ああ、あれか。確かに聞いているだけで気が狂いそうになる。でも気にしたら負けだ。構わず行くぞ、マイレディ!」
二人は武器を構え直すと、墓石に向けて走り出した。
考えるよりも先に身体が動いていた。色彩を失った平原を私―――沼田まひるは走っていく。正直、この現場に赤の他人しかいなかったらここまではしなかった。しかし此処に居るのは私の友人である羽田ひよりが所属する第4班。それに前線で未だに戦っているのは私の愛する従兄の英二とその恋人(有力候補)である佳子だ。私にとっては絶対に守りたい人、失いたくない人だ。私は隊服のポケットからバスターデバイスを取り出す。これは救護班の備品バッグにあったもので、本来は戦闘中にデバイスが破損した前線隊員の為の緊急処置として渡すものだが、それをこっそり持ち出したのだ。救護班の武器使用は隊律違反、そんなことは分かっていた。でも、そんな事を考えている場合じゃない。違反を犯してでも助けたい命がある。私は決意を胸にデバイスを左手首に装着し、起動させた。
―――神様、今だけは私を許して。
デバイスを起動させると、黄色い光を放ち投擲槍が現れた。柄の装飾は従兄から貰った神話の本で見たヘルメスの杖を彷彿とさせ、槍先は金色に光り、角度を変えれば水色にも見える。中学時代三年間陸上部に所属し、専門競技が槍投げだった私にとっては懐かしい感覚だ。私は槍を構えて走り出す。そしてその目で石の壁を捉えると、美しいフォームで槍を投げる。
「届けぇ!!」
槍は金色の光を放ちながら放物線を描き飛んでいく。その軌道を追い掛けて私は走る。槍の進行を阻む様に黒い帯が迫るがそれすらも光は貫き、石壁に勢いよく突き刺さる。
「やった!」
ようやく槍のある場所まで追い付き、息を切らしながら私は歓喜の声を上げた。私の声を聞き、その場にいた大人二人がこちらを振り向く。英二と佳子だ。私が前方に手を伸ばすと、槍は私の手元に戻ってくる。
「ま、まひるちゃんじゃないの!どうしてここに!?というか、どうしたのその武器!?」
「おいおい、まひる…救護班の武器使用は隊律違反の筈……」
「そんな事を考えてる場合じゃなかったの!それよりもお従兄ちゃん達、本当に無事でよかった!」
私が彼らにそう微笑むと、槍を上空に掲げる。すると私達3人を覆うように光のドームが生成される。そのドームの中に石の壁は入ることが出来ない。
「これは……結界?」
「これで暫くは大丈夫だと思う」
「凄い、傷が癒えていく……」
英二と佳子が負っていた傷が完全に治ったのを確認して私は結界を解除した。そして二人の方を見ると言った。
「この事は……私達だけの秘密って事にしてくれない?」
そうあざとくウインクして乞う。佳子は一つため息を吐くと言った。
「こんなに大騒ぎしていたら、いずれバレると思うけど?」
「まあまあ、Princessがそう言ってるんだ。付き合ってあげてもいいと思うけどな」
「しょうがないわね」
そして私達は左手を握り拳を合わせた。結託の証だ。
「これでお従兄ちゃんと佳子さんも共犯ね♪」
私は悪戯っぽく笑みを浮かべると、前方を見据えて言った。
「さぁ、気を取り直していくよ!」
「いつの間にか主導権を奪われてしまったな……」
英二はやれやれと言わんばかりに首を横に振ると、ハンドガンのレボルバーを勢いよく回して銃口を前方に構えた。
「まぁ、勝てれば何でもアリよ!」
佳子も機械槍を構えて意気揚々と言う。各々戦闘態勢に入ったのを確認して英二は微笑んで言う。
「マイレディ、まひる、Are you ready?」
そして私達は声を揃えて叫んだ。
「「「開演!!!」」」
英二がチャージ弾を数発撃ち陽動する。墓石の標的が彼に向いている隙を突いて、私と佳子は距離を詰める。私は槍を両手で掴むと思い切り前方に突き刺す。しかし黒い帯に弾かれてあらぬ方向に飛んで行ってしまう。槍が飛んで行ってしまった方向に手を伸ばす。槍が私の手元に戻るが、私は槍を掴むと見せかけてもう一度手を前方に伸ばす。槍は私に操られている様に真っ直ぐ墓石に飛んでいく。今度はしっかりと突き刺さる。墓石は地を這うような声を上げ、下から勢いよく無数の黒い帯を伸ばし、私達に向かってくる。
「彼女達に触れるな!―――出力強化、"弾幕防壁"!」
英二が私達に向けて5発追尾弾を撃ち、緑色の星型の弾幕を生成した。私達は弾幕に守られながら攻撃を嗾ける。襲い掛かる黒い帯は弾に阻まれて消失していく。
「あんたの支援なんて要らないわ、英二!」
そう言うと佳子は機械槍の持ち手のボタンを握り刀身が高速回転させた。かなりの衝撃に耐えながらも彼女は墓石に向けて力強い突きをお見舞いする。槍の回転攻撃も相まって墓石に亀裂が入った。このまま貫けるか―――と思った矢先、黒い帯が槍を覆うように絡み攻撃を止めた。更には全体に黒い鎖の模様が現れ、強制的に武器が消失してしまった。
「う、噓でしょ!?」
「この帯は触れた物の機能を完全に奪う能力がある。他の隊員もそのせいで戦線を離脱した。殆どが身体機能を奪われての事だったが、まさか武器にも適応するとはな……」
冷静さを欠くことなく英二が言うと、レボルバーを軽く回し虚空に向けて一発撃つ。マゼンタ色の大きな光弾が現れる。光弾は小さな弾を墓石に向けて一定間隔で撃ち続ける浮遊砲台だ。
「これならマイレディでも使えるはずだ。好きなタイミングでこいつを手で弾け」
「あー、なるほど?了解!」
佳子はそう言うと一秒も待たずに光弾を力強く右手で叩く。すると光弾は墓石の亀裂に向かって飛んでいき破裂した。その反動で墓石は後方に倒れる。
「今だっ!」
すかさず私は投擲槍を両手で持って走り出すと高く飛び上がり、墓石の亀裂に向けて槍を突き刺した。
「いっけええええええええ!」
私は叫びながら槍を刺し続ける。墓石は苦しみの声を上げながら私に向けて黒い帯を伸ばしていくが槍から放たれる光に触れて消失する。次第に亀裂も大きくなり、墓石は光に包まれて崩壊、消滅した。
「やった……!」
ゆっくりと着地し、私はガッツポーズをした。
「やるじゃない、まひるちゃん!」
「流石だよ、Princess!初めてにしては上々だ」
賞賛する2人に向けて私は満面の笑みを浮かべ、左手でピースサインをする。その時、急に私の視界がひっくり返り、そのまま意識は此処で途切れた。
目が覚めた時には、私は拠点の医務室のベッドの上だった。医師曰く半日近く眠っていたとのこと。恐らく原因は過労。あの後無事に任務は終わったらしく、ひより達や第2班のメンバーも無事に回復したという。
完全に回復した後、私は救護班長の大槻正から呼び出しを受けた。やはり予備デバイスの無断持ち出しがバレ、かなり怒られた。しかし、当時の劣勢な状況と隊員を助けられたという事実に免じて今回は不問という事になった。さらには、支援・護衛目的に限っての救護班の武器使用に関して上層部に承認を求めているようで、現在は返答待ちだという。
「とにかく……君が無事でよかったよ、まひるちゃん」
正が私に目線を合わせて言った。
「はい、ごめんなさい……」
少し俯いて私は謝ると、彼は私の頭に優しく手を置いて言った。
「あのね、まひるちゃん。みんなを助けたいという気持ちはよく分かる。でも、そればかりを考えて自分の事を蔑ろにするのは良くないよ。過労でぶっ倒れるなんて今時笑えないからね。このまま死んじゃうことだってあり得るんだよ?だから、もっと自分を大事にしなくちゃダメ。いい?」
「はい…本当に、ご迷惑をおかけしました!」
私がそう言うと、正は微笑んで言った。
「でも、そういう所が君の良さでもあるから」
「ありがとうございます!」
私はお礼を言って部屋を出た。