表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/63

【Ep.7】嘆く魂に救済を(前編)

 第2班(ALEC-2)からの救援要請を受け、私達が所属する第4班(ALEC-4)が任務に合流することになった。移転と建て替えの為に2カ月前に閉館となった第4区域の博物館の敷地が異常生命体達の根城となっていた。その対処の為に第2班が駆り出されたが、あまりの難敵が故に殆どの隊員が戦闘不能状態になってしまったのだ。途中合流した救護班の治療が間に合わず、その時丁度予定が空いていた私達に救援要請が出されたのだ。  

 現場へと向かうと、明らかに博物館の敷地よりも広い灰色の平原が広がっていた。景色も色彩を失い、昔の白黒(モノクロ)映画の中に入ってしまったような感覚に陥る。辺りを見渡すと、少し離れた所に人影があることに気づく。隊服姿の女性が私―――羽田ひよりの方に駆け寄ってきた。白地に赤十字の腕章を身に着けた彼女は私の友人である救護班の沼田(ぬまた)まひるだった。 

「ひよちゃん!」

「まひる!?あ、そっか……救護班のお仕事だっけ」

「ひよちゃんがいるって事は……4班到着したんだ!良かったぁ」 

 まひるは安堵の表情を浮かべるが、私としては安心できなかった。あちらこちらに倒れている緑の腕章を身に着けた第2班の隊員達が救護が十分に間に合っていない現状を物語る。私達が話している間にも、戦場の何処かでは異常生命体と戦う隊員がいるのだ。私はまひるの背後に迫る黒塗り顔の侍に向けて手に持っていた大鋏を突き刺す。一度は刀に阻まれたが、弾かれた時の隙を突いてそれの胸部を鋏で断ち切り倒すことに成功した。 

「あ…ありがとう、ひよちゃん!」 

「早くここから離れて、まひるちゃんは他の人達の救援に行ってあげて!」

「うん!でも気を付けてね、この辺にはまだ沢山いるから」 

 そう言い残して、まひるは走り出した。  


「くそがっ!何だよここ……博物館オールスター大感謝祭ってか?」 

 福留太一(ふくどめ たいち)が襲い掛かる異常生命体を倒しながら吐き捨てる。確かに言われて見れば現場にいる異常生命体の姿は多種多様で、侍や原始人、鎧騎士(よろいきし)に古代文明の王族等々、博物館の展示物を思わせるものばかりだった。 

「そんな悠長な事言ってる場合!?」 

 投擲(とうてき)ナイフを異常生命体に向けて投げながら4班班長の如月梓(きさらぎ あずさ)が太一に向けて言った。その時、明らかに自分達よりも大きなサイズの恐竜の骨格を模した影が地鳴りを立てながら走ってくる。 

「うわぁっ!な、何なの!?」 

 叫び声を上げ、梓はナイフをそれに向かって投げるが大したダメージにはならない。恐竜型のそれは彼女の方へと突進してくる―――と、思ったその時、恐竜の首元に橙色の閃光が走る。そしてその閃光は恐竜を切り裂き消失させた。そして一人の隊服姿の男性が梓達の前に着地する。緑色の腕章―――第2班の所属だ。 

「ったく……恐竜の化石は大人しく土ん中で眠ってな!」 

 男性はそう捨て台詞を吐いた後、こちらを振り返って言った。 

「遅ぇじゃねえか、あず…それに|たいっちゃん」

「……理雄(りお)!」 

 男性―――麻英田理雄(まえだ りお)は第2班の班長だ。彼は梓の同期であり、現在の配属になる前は同じ前線班で共に戦った仲である。梓が煽る様に言う。 

「手練れ揃いの2班が戦闘不能だなんて聞いて呆れるわ!部下の教育がなってないわよ、理雄班長さん?」

「うるせえ!俺だってこうなるとは思ってなかったんだよ!」

「おいおい、二人とも落ち着けって……」 

 梓と理雄の言い合いを太一が(なだ)める。そこへまた新たな異常生命体が現れる。今度は鎧騎士の姿をしている。騎士は剣を振り回しながらこちらへ迫ってくる。理雄はマチェーテナイフで剣に対抗する。太一は騎士の背後から鉤爪で攻撃を仕掛けていく。太一の攻撃が騎士の装甲を外し、隙だらけになった所を梓がそれの心臓部目掛けてナイフを投げた。ナイフは理雄の横腹を掠め騎士の心臓に刺さる。そして騎士は静かに膝から崩れ落ちると黒い灰となって消えた。理雄は梓の方を見ると言った。 

「手柄の横取りとか、随分と(ズル)い事するじゃん?」 

「倒せれば全て良しってやつよ!」 

 二人は再び睨み合う。太一はやれやれという表情でため息を吐いた。   


 一方私はというと、途中合流した同じ班の湯川豆吉郎(ゆかわ とうきちろう)と共に異常生命体を倒しつつ、2班の支援にあたっていた。 

「正直言って……自分は今回の救援任務、バックレたかったんっすよね」

「えぇ!?何でですか?」 

 豆吉郎からの突然の告白に私は驚く。確かに彼は此処に来てから露骨に嫌な顔をしており、すぐにでも帰りたいというオーラが全身から溢れ出ていた。 

「いや、だって……」

 豆吉郎がそう言いかけた途端、私達の前に隊服の青年が原始人の姿をした異常生命体と掴み合いになりながら現れた。青年は勢いよく異常生命体を押し倒すとメイスハンマーで何度もそれの頭部を殴り続けた。やがて異常生命体が動かなくなったのを確認した後、青年は私達の方を向くと言った。 

「久しぶりだね、低級カップル☆」

「うわ、やっぱり……」

 豆吉郎は嫌そうに言った。私達の前に現れたのは豆吉郎の同級生である桧星宙(ひのぼし そら)だ。宙は親が政府関係者という上流の出身なのだが、何かにつけてそれを引き合いに出してマウントを取ってくる少々(どころかかなり)鼻につく男で、豆吉郎は彼の事が相当嫌いで顔も見たくない程だった。 

「第2班って言われた時から正直嫌な予感はしてたっすけど……」

「あぁ…」 

 私は納得したような声を漏らす。すると宙は私達に近づくと言った。

「君達に来てもらった所悪いけど……救援なんていらないよ?だって僕は"エリート"だからね!

 この程度余裕で対処できる」

「あ、あの…桧星君、後ろ…」 

 宙が誇らしげに語る間に、彼の背後には侍姿の異常生命体が刀を構えて近づいてきていた。しかし、私の指摘を無視して宙は顔色を変えずに言った。 

「心配いらないよ、エリートは死なない」 

 そしてメイスハンマーの柄から鎖を伸ばしフレイル状にすると、ノールックで背後の異常生命体に一発攻撃を当てて退けた。 

「ね☆」 

「"ね☆"じゃねーよ。こんなの単なるまぐれ当たりだろうが…大人しく死んでくれたら良かったのに、この勘違いエリート(もど)きが」 

 豆吉郎が吐き捨てるように言う。宙はすかさず反論する。 

「はーん、やっぱり僕が羨ましいんだろ?それなら素直にそう言えばいいじゃないか」 

 すると豆吉郎は無言で宙の頭上に向けて鎌を振るう。先程宙が退けた侍が再び攻撃を仕掛けてきたのだ。鋭い金属音が響く。宙を挟んで刀と鎌がぶつかり合う。宙は堪らず侍に強く体当たりをして後方に突き飛ばした。

「おい、何するんだよ宙!?」

「言っただろう、低級!君達の救援はいらない、エリートは死なない!こいつは僕が倒す。君達はお仲間の元に行ったらいいさ!」

「はぁ!?マジで意味わかんねえ……」

「いいじゃないですか…行きましょう、湯川君!」 

 宙が此処を引き受けると言うので、その言葉に甘えて私は豆吉郎の手を引いて場所を移動することにした。侍と対峙(たいじ)する宙を遠くに捉えながら豆吉郎が小声で「あ、死んだなあいつ」と少し悪い笑みを浮かべて言っていたが聞かなかったことにした。 


 黒い棺が乱雑に置かれている中を有栖川英二と夕暮佳子は歩いていた。棺の蓋が一つ、また一つと開き、中から次々と黒い骸骨が現れる。骸骨は二人を気に留める事無く何処かへとふらふら歩いていくばかりだ。 

「妙だな……」 

 神妙な面持ちで英二が呟く。 

「確かにそうね。本当だったら私達をすぐに襲ってもおかしくないと思うけど……」 

 佳子はそう言いながら棺の一つの前に行き、その蓋をゆっくりと開けた。すると、開いた隙間から黒い腕が勢いよく伸びて彼女の腕を掴み棺の中に引きずり込もうとした。 

「マイレディ!」 

 英二がそう叫ぶと、黒い腕に向けてハンドガンを構え水色の光弾を3発撃ち込む。黒い腕は怯んで彼女を掴む力を緩めた。彼女は素早くそこから抜け出し、距離を取るように後ろに跳ぶと機械槍(メカニックランス)を構え直した。棺からこれまでより少し大きい黒い骸骨が現れ、二人の方に歩み寄ってくる。先程まで2人を無視していた骸骨も一気に標的を移し、二人を囲うように迫る。 

「どうやらあれが骸骨達の親玉みたいだ」

「そうね……でも、全部倒すまでよ!」 

 佳子が迫る骸骨の大群を機械槍で突き刺しながら突進すると、持ち手の引き金を強く引いて雷撃光線を放つ。一方英二は円盤弾を連射して前後の骸骨達を次々と撃ち抜いていく。二人は全ての敵を倒し終えると、静寂が訪れた無彩色の平原を眺める。しかし、倒された筈の骸骨達は消滅するどころか、次々と大きな骸骨の方に集まり、融合しているように見えた。全ての骸骨が一つに集まり大きな影となる。更にあちらこちらから黒い浮遊物体が此処まで飛んでくる。それはやがて巨大な石の壁の様な姿になった。

「これって……」

「何というか、墓石のように見えるな」 

 二人は驚愕の声を漏らす。その時、突如として墓石は勢いよく此方に迫ってくると二人を押し潰そうと前方に倒れる。それを咄嗟に躱すと、佳子は機械槍を墓石に向けて突き刺す。しかしその身は硬く、傷を与える事は出来なかった。更には墓石から呪詛の様な呻き声が延々と聞こえ、その気味悪さに精神がやられてしまいそうになる。再び墓石が起き上がると、遥か遠方に向けて動き出していった。 

「追うわよ、英二!」

「言われなくてもそのつもりさ、マイレディ!」 

 そして二人は墓石を追うように走っていった。  


 先程まで沢山現れた異常生命体が突然にして何処かへと消えた。きっと誰かが大元を絶つことが出来たのだろう。これで任務は終わりか―――と私は安堵の表情を浮かべる。他の隊員達の様子を見に行く為に救護班のテントへと向かおうと歩みを進めた矢先、遠くから地響きが迫ってくるのが聞こえた。

(……何の音?)

 振り返ると、巨大な墓石らしき石の壁が迫ってきていた。本来なら死者の名前が書かれている部分が黒く塗り潰されている。

(嘘…これが異常生命体、なの!?)

 私はバスターデバイスを起動させ大鋏を展開して墓石に向けて攻撃しようと距離を詰める。すると墓石の下から黒い帯が伸びて私の右脚に絡んできた。転びそうになる所をぐっと(こら)えて鋏で帯を切る。そして一旦距離を取る為に後退しようとしたが、右脚が言う事を聞かずそのまま尻餅を突いてしまった。右脚に黒い鎖の様な模様が絡んでいるのが見えた。それが脚を締め付けている様で痛む。墓石は私に向かって倒れてくる。私もここで終わりか―――と諦めかけたその時、視界が急に横に飛んだ。押し潰される寸前で私を抱えて豆吉郎が横に飛んで墓石を躱したのだ。 

「湯川君!!」 

 私の声に対し、豆吉郎は何かを言いたげにしていたが、どう頑張っても声が出ない。彼の首には私の右脚にあるものと同じ黒い鎖の模様が付いていた。伝えたい事が伝わらずじれったくなったのか彼は私を抱きかかえたまま、救護班のいるテントに向けて走り出した。  


 テントでは救護班の治療を受ける隊員達の姿があった。 

「切り傷位の軽傷ならすぐに戦線復帰しても良いと思うんだけど……心までやられちゃってるとそうもいかないかぁ……」 

 救護班長の大槻正(おおつき まさし)はぼやく。テントは現場内にいくつか設置しているとは言えど一つひとつはあまり広いとは言えず、当然ながら収容できる人数は限られてくる。その為、重症者を優先して治療を行う必要があるのだが、中には重傷にも関わらず無理やり戦闘を続行しようとする者もいる。もっと言えば異常生命体によって課せられた身体機能制限等の所謂デバフは並の治療ではどうすることもできない。私や豆吉郎が受けたのもその類で、あの黒い帯が触れた身体のパーツの機能を奪われるというものだった。 

【厄介な事になってしまったっすね】

 喉の機能を奪われ声が出せない豆吉郎は、テント内の机に置かれた紙にそう書いて私に見せた。私は悲し気に頷く。少しテントの内部を見回す。そこには左目に眼帯を着け、長椅子に座って項垂(うなだ)れる私と同じ4班の増間亮(ますま りょう)の姿があった。その傍らでは伊川瑠美(いがわ るみ)が泣き崩れていた。 

「亮様ぁ……」 

 私は豆吉郎の肩を借り、動かない右脚を引き()りながら瑠美の元に歩み寄ると、彼女から事情を聞いた。  

 瑠美曰く、異常生命体の攻撃を受けそうになった彼女を亮が(かば)って左目を負傷したらしく、当たり所が悪く外傷が治っても失明は免れないと診断を受けたそうだ。瑠美は亮の事を同性でありながら強く愛していた。愛する相手の目を自分のせいで傷つけてしまった事を、彼女は強く責任を感じていた。加えて瑠美はその際、装着していたバスターデバイスが破損し武器が使えなくなった事もあり、止む無く戦線離脱という事になった。 

「予備のデバイスも在庫が危ういと言われて……まぁ、こんな状況だし仕方ないですよね」 

 瑠美は少し俯いて言う。亮は君は何も悪くないと言うように瑠美の頭を優しく撫でた。その時、豆吉郎が私の肩を叩いて紙を見せた。 

【自分、ひよりさんに会う前に別のテントも見てきたんですけど】

 私が理解の意を示し頷くと、彼はその下の行を指さした。

【ここから東にあるテントに梓班長と太一先輩、西のテントにはにこ先輩と圭さんがいたっす。全員適切な治療を受けて無事っぽかったっすよ。良かった……】

 その文章を見て私は安堵の表情になる。その下に少し小さな文字で【西の方には宙の奴もいたっす。身体の8割くらい包帯だらけだったっすけどね。死亡フラグ折っときながらボロボロとか草】と書いてあったが豆吉郎はそれを飛ばして次の行を指差す。

【でも、夕暮副班長と有栖川先輩がいなかったんですよね】

「え……?」

 私は疑問の声を上げる。 

「もしかしたらまだ異常生命体と戦ってるのかもしれないです……」 

 瑠美は心配そうな声色で答える。すると私達の会話を横で聞いていたというまひるが言った。

「だったら私、二人を探してくる!」

「ちょっと、まひるちゃん!危ないから此処に居なよ!」 

 私は引き止めるがそれでも彼女は意思を曲げない。正が不安げな声で言う。 

「ただでさえ()()()()()()()前線に出ようなんて自殺行為だ!」 

 "武器も無いのに"という言葉に少しドキッとした表情を見せるもすぐに仕切り直し、彼女は続ける。

「もしかしたら既に倒れてるかもしれないじゃない!そうだったら此処に運んでくるから!」 

 そしてテントの外に出て行ってしまった。

「まひるちゃん……」 

 私は不安げな顔で見送る。すると正は一つため息を吐いて言った。

「まひるちゃんはね、救えるものは全部救いたいって考えてる子なんだ。周りが引くぐらい優しい子なんだよ。自分の事は(かえり)みず、身の丈に合わない危険な事も平気でやっちゃうんだ。それで逆に僕達が困ることもあるけどね……」

 無理をしてでも誰かを救いたい、まひるの強い思いは誰にも止める事は出来ない。さっき見た真っすぐな眼差しが全てを物語っているような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ