【Ep.6】蓼食う虫は素直になれない
任務を終えて拠点に帰ってきた私―――羽田ひよりは第4班の会議室へと向かう廊下を歩いていた。その時、私の背後から聞き慣れた声がした。
「あれ、もしかしてひよちゃん?」
振り返ると、そこには私の同級生である沼田まひるがいた。腕章は白地に赤十字、彼女はこの部隊の救護班のメンバーである。彼女は片手を上げてこちらに向かってくると笑顔で口を開いた。
「まさかひよちゃんもこの隊にいたなんてね!しかも前線班……」
「まひるちゃんの方こそ!でもこうして一緒に居られるなんて嬉しいよ!」
「いやいや、学校でいつも会ってるじゃん……」
まひるはそう言って笑う。確かに彼女の言う通りなのだけれど、所属は違えど同じ部隊で活動するというのは特別な意味があると思う。
私達は各々の班での出来事を語らいながら廊下を歩いていた。すると向こう側から私と同じ班に所属する男性隊員の有栖川英二が鼻歌混じりで歩いてきた。彼の姿をその目で捉え、私は挨拶する。
「あ、有栖川さん!こんにちは!」
「おお、羽田さんじゃないですか!任務、お疲れ様でした。それに……」
そう彼が言いかけた途端、まひるがいきなり英二に抱き着いて満面の笑みで言った。
「お従兄ちゃん!久しぶり~」
「え、お従兄ちゃん!?」
突然の行動に驚く私を見て彼は苦笑いしながら答える。
「ああ、すみません……彼女は私の従妹。正確に言うと父の妹の娘です。こらっ、人前だぞ。そんなに抱き着くのはやめたまえ、Princess?」
「お従兄ちゃんこそ人前で私の事をプリンセス呼びなんてやめてよ、恥ずかしいじゃん!」
二人の会話に置いてけぼりを喰らう私。その時、私の属する班の副班長である夕暮佳子が現れた。
「なんか騒がしいと思ったら……また女の子と遊んでたの、アホ英二?」
「だ、誰かと思えばマイレディじゃないか!ち、違うんだ、彼女は……」
慌てて弁解しようとする彼を遮るようにまひるが続ける。
「私、彼の従妹で、沼田まひるって言います!いつもお従兄ちゃんがお世話になってます!」
「あら、そうなの?」
「えっと……もしかして夕暮佳子さんですか?お従兄ちゃんから何度か話は聞いてます。職場のパートナーがとても素敵な女性だって……」
「えっ!?」
まひるからの発言に佳子は顔を赤らめて動揺する。それを見たまひるはさらに追い打ちをかけるように続けた。
「どうかうちのお従兄ちゃんとこのまま恋人になってくれませんか?お従兄ちゃん、いい歳してまだ彼女の一人もいないんですよ」
「やめてくれ、まひる!」
たまらず英二がまひるを引き留める。すると佳子は私達から顔を背けながら言った。
「確かにあんたって見た目の割にモテないわよね、英二。それもそうよ!自分大好き人間だしセンス悪いし金遣い荒いし女癖悪いし料理上手だし歌上手いし何だかんだで気遣い出来るし対応が紳士だし……」
「あの、佳子さん……途中から褒めちゃってますけど」
私の困惑混じりの指摘も無視して佳子は一際大きな声で言った。
「そんなあんたに惚れる女なんて相当な物好きって事よね!そんな人がいるなら私も一目会ってみたいわ!」
いやそれはあなたでしょう、とでも言うように私とまひるは佳子を見つめる。英二は何とも言えない表情を浮かべていた。そして彼はため息をつくと言った。
「すまない、まひる……彼女とは単なる仕事だけの関係だ。それ以上に発展する事はない」
その言葉を聞いた瞬間、心なしか佳子が悲し気な表情をしているのを私は見てしまった。それを察したのか、まひるは私に近づくと耳打ちした。
「ひよちゃん……絶対あの人お従兄ちゃんに惚れてるよ。本人は気付いてないみたいだけど」
「なんとなく察してはいたけどね……」
私は呆れたような声で返答した。するとまひるは小悪魔のような笑みで続ける。
「人の好みって分からないわよね……ほら、"蓼食う虫も好き好き"って言うじゃない?私、あの人が素直に"お従兄ちゃんが好き"って認めるまで絶対諦めないから!お従兄ちゃんに恋人が出来る最初で最後のチャンスかもしれないんだよ!?」
「え、ええ……」
その言葉には彼女の確固たる意志が見えていた。まひるは時に謎すぎる事に力を注ぐ所が時折ある。私はただ苦笑いするしかできなかった。