【Ep.1】常闇の人形館
この世界には、現代の科学では解明できない異常現象を引き起こす生命体が存在する。それらを野放しにしておけば、いずれ世界は混沌の淵へ堕ちてしまう。その為政府は異常生命体を秘密裏に殲滅・存在証拠を抹消する特殊組織を結成した。それが『異常生命体殲滅隊』、通称“ALEC”である。
私―――羽田ひよりはこの日、ALECに入隊して初めての任務となる。私の所属する第4班は私を含め10人の隊員からなる、部隊の中でも新しい班だ。班の会議室にて、副班長であり部隊の中でも古株である女性―――夕暮佳子が言う。
「あんた、今日が初任務なんだっけ?」
「はい、よろしくお願いします!」
私は元気よく返事をした。すると佳子は微笑むと私にリストバンドの様なものを渡した。
「これが“バスターデバイス”、異常生命体と渡り合うのに必要なアイテムよ」
私は佳子からデバイスを受け取り腕に巻き付ける。そして側面にあるボタンを押し、試しに起動する。するとデバイスが光を放ち、大きな鋏が姿を現した。
「うわっ、何これ!?」
「それがあんた専用の武器よ。バスターデバイスは使用者の素質に合った武器を自動的に展開してくれるの。それにしても、あんた凄いよ!鋏の素質を持った隊員はかなり少ないんだよ。私が知ってる限りでは……第3班の江久副班長とか、位かな?」
その名前が挙がったとき私は驚いた。江久麗亜―――第3班の副班長である鋏使いの女性隊員だ。私がこのALECへの入隊を決めたきっかけになった憧れの存在である。彼女と同じ鋏の素質を持っていた事は嬉しいのだが……
「もう少し格好いいデザインの武器が良かったなぁ」
私は今まで言えなかった思いを吐露した。憧れの江久の持っている鋏とは程遠い、普通に文房具として使われる鋏をそのまま大きくした感じのシンプルなデザインの鋏だったのがかなり残念だったのだ。佳子は少し呆れたような声色で言った。
「あんたはまだ新人だし、ギミックの難しい武器は扱えないに決まってるじゃない…でも、場数を踏んで技術を磨いて成長すれば、それに応じて武器も進化するの」
「そうなんですか?じゃあ頑張らなくちゃですね!」
そう意気込む私を見て佳子はクスッと笑う。その時、会議室に一人の女性が入ってきた。班長の如月梓だ。部屋に入るなり彼女は大声で言った。
「はーい、注目!これから今回の任務について説明するわ」
彼女の言葉を聞き会議室にいた班員が皆席に着く。そして説明が始まった。
最近、第13区域付近で行方不明者が多発している。行方不明者の共通点は、区域の外れにある古い洋館に行っている事だ。その洋館は心霊スポットとして有名で、興味本意で訪れる人が多いとの事だ。生還者からの話に因ると、洋館には和服を着た顔のない女性の姿があったという。
「生還者には既に記憶処理をしているけれど、彼が見たのは恐らく異常生命体の一種ね。どういう力を持っているのかは現状不明。今回の任務はそいつの詳細の調査、そして余裕があれば討伐まで行きたいところね」
梓はそう言うが、私達第4班はまだ新規部隊だと聞いている。踏んだ場数も他の隊より少ないだろう。
(いきなり強そうな異常生命体の討伐なんて…私達に出来るのかな?)
不安げな表情でそう思っていたその時、私の隣に座っていた青年隊員―――湯川豆吉郎が溜め息を吐きながら言った。
「ひよりさん……だっけ?君が思うほどこの班は弱くないっすよ」
「えっ?」
私は思わず聞き返した。豆吉郎は続ける。
「自分は君の次に新人っすけど、先輩達はかなり強いっすよ。この隊最強とも言われる第1班…ましてや上位調査班すら超えるんじゃないっすかね?」
この部隊は、正副班長は手練れの隊員をバランス良く配置しているが、それ以下の隊員は事前試験の成績順に配属される。1班から順に強く、つまり私達第4班は最弱という事になる。
「正直、この部隊の配属システムは正当な評価してないと思うんすよね。先輩達は確実に強い…いや、強すぎたんすよ。それ故に他の隊員から疎まれて、“最弱”の肩書の下に集めて隔絶してるんっすよ。本当に上層部は何を考えてるんだか……」
豆吉郎は再び溜め息を吐く。残念な事に、一度班に配属されれば正副班長になるか上位調査班に異動になるまでは配属が動くことはないらしい。私は少し悲しげな目で俯く。それを見兼ねてか豆吉郎は軽く微笑むと言った。
「そんなに気負うこと無いっすよ。お互い頑張りましょう」
彼の目には冷たさの奥に優しい暖かさがあった。私は小さく微笑み返す。すると、手を叩く音が会議室に響く。音の方へ部屋中の注目が一気に向く。音の主は梓だった。
「はいはい!あんた達、緊張感無さすぎ!あんまり浮かれてると死ぬわよ?」
“浮かれてると死ぬ”、その言葉面だけで部屋中に緊張感が走る。この仕事は常に死と隣り合わせなのだ。張り詰めた空気を破る様に佳子が壁に掛けられた時計を見て言った。
「梓!出動時間よ」
「そうみたいね。じゃあ行くとしますか!」
こうして、私にとって初の任務が始まった。
第13区域の外れにある古びた洋館───その大きな重々しい扉の前にやって来た。先陣を切るのは班長である梓だ。その隣に着くように副班長の佳子が立つ。私は班の中でも後方にいた。梓が振り返り私達に向けて言う。
「此処からは何があるか分からないわ。予め武器は展開しておいて!」
「了解!」
一同声を揃えて返事をするとほぼ同時にバスターデバイスを起動する。先輩隊員は各々個性的で格好いい武器を持っている為、シンプルなデザインである私の武器はかなり浮いている。すると突然私の隣にいた豆吉郎から話し掛けられた。
「鋏っすか。本当に使ってる人初めて見た…」
「別に良いもんじゃないよ、こんな初期装備みたいな武器……使うのも初めてだし」
自分の武器を身体の後ろに隠しながら私は言う。そして彼の武器に視線を移す。先輩達の武器程凝った装飾は無い、紫がかった黒い刀身の大鎌だ。
「あんまジロジロ見ないでください。自分の武器もそんな格好いいものじゃ無いっすよ」
「ううん、凄く格好いいよ!」
私がそう答えると彼は照れたような表情を浮かべる。
「そっすか……あ、前進んでる」
「あっ、待って!」
私達は慌てて洋館の門を潜る。洋館の中は光源は無く真っ暗だ。私達が全員入ったところで重々しい扉がゆっくりと閉まる。完全に扉が閉まると、本当の意味での暗闇と静寂が訪れた。
「あれ?梓班長ー!夕暮さーん!湯川君ー!みんなー!」
誰に呼び掛けても返事はなく、私の声は暗闇の彼方に溶けていく。すると私の目の前に和服姿の女性が現れた。顔は黒塗りされた様で分からず、その手は鋭い爪が長く伸びていた。私は手に持っていた鋏をそれに向けて構える。するとそれは甲高い声で笑いながら『ヨウコソ…』と言うとそのまま闇の中に消えていく。何がしたかったんだ?と考えていた矢先、私を囲むように真っ黒な藁人形の様な影が襲いかかる。
「なっ!?」
私は咄嵯に後ろに跳ぶ。間一髪の所で攻撃を避け、鋏を振り回して藁人形を薙ぎ払う。重心が定まらずよろけながらも何とかその場を対処することができた。
「危なかった…」
先程も言った通り光源が全く無い為、宛もない暗闇を進むしかない。私は常に鋏を前方に構えながら恐る恐る進んでいく。道中で何度も扉を見つけたが、扉を開けてもその向こうは何もない暗闇で、気付いたら同じ場所に何度も繰り返し来ている感覚に陥る。既に異常生命体の術中、という訳だ。私は度々襲いかかる藁人形の影を切り裂き、刺し、薙ぎ払いながら班の隊員達を探し回った。