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1-4 Not Created By God

 台場。江戸時代、ペリー来航に対抗すべく築かれた海上砲台に端を発し、今では臨海副都心の代名詞にもなっている。

 そのプロムナードの北端、レインボーブリッジから都心まで一望できるこの場所は、2人の高校生にとって最も思い入れが強い。初めて2人が互いを意識するようになり、初めてキスを交わし、そして……流雫の過去に纏わる大きな戦いの決着がついた場所でもあった。だから、気付けばこの場所に足を運んでいた。

 2人は、漸く安堵の溜め息をつくことができた。少し冷たい風が、今は逆に好都合だ。

「……まさかだったな……」

レインボーブリッジを眺めながら、そう言葉を洩らしたのは流雫だった。VR絡みの事件に遭遇し、戦い、そしてVRをプレイすることになるとは思わなかった。

 「それはあたしも……」

と続いた澪も、まさか久々のデートを銃声で邪魔されるとは思っていなかった。尤も、犯罪やテロにTPOなど有るワケないのだが。

「……流雫は間違ってないよ」

と言った澪に

「……あの2人が間違ってるワケでも、ないんだけどね」

と流雫は返す。それぞれに正しいと思うことが有り、ただそれが相容れないだけの話だ。尤も、譲歩するなら自分の方で、そうせざるを得なくなる……そう密かに思っているのも事実だが。

 「やっと平和に過ごせると思ったのに」

と言った澪の隣で

「ただ今日だって、銃を撃たなくて済んだ。……もう二度と、撃たなくて済むと思いたい」

と流雫は言った。……何度もそう思ってきて、裏切られてきて。それでも、次こそはと思いたい。


 トーキョーアタックは、日本の政治家が黒幕となって引き起こされたものだった。全ては、インバウンドに頼らない日本の経済振興策としての、銃社会化のため。つまりは、銃産業の創出と発展のため、そしてその利権のため。そのゴーサインが、あの大規模テロだった。

 その一連の事件が解明されたものの、銃のマーケット規模が大き過ぎると云う理由で、銃の所持を再度禁止することは無かった。それどころか、銃の訓練と射撃欲求の解消を目的とした射撃場の経営を認めるなど、銃との共生と云う、数年前の日本では有り得なかった方向に転換した。

 ただ、それが新たな問題を生み出した。


 「流雫は、銃を握ることが何なのか、誰より知ってる。あたしも、少しは知ってると思ってる」

と言って、澪はふと最愛の少年の手を握る。

「……あたしは、流雫の味方だから」

何度も彼女の口から聞いた一言が、今の流雫には頼もしく思える。澪がいること、それこそがテロに屈しない原動力。テロだけじゃない、何時だって澪に助けられてきた。SNSでその存在を知った日から。

 ……だからこそ、次こそはと願いたい。戦いと無縁であってほしい。

「サンキュ、澪」

とだけ言った流雫の頬は少しだけ朱い。数時間ぶりに見た微笑に、澪は安堵した。


 「俺と話してていいのか?ミオといるんだろ?」

「ミオはミオで、シノと話してるから」

23時。室堂家の一角、澪の部屋の隅で交わされるフランス語。相手はアルス。その反対側ではベッドに座った澪が、スマートフォンを耳に当てている。

 流雫がシノと言った相手の名は、伏見詩応。普段は伏見さんと呼んでいる。名古屋に住む同い年の少女。

 流雫や澪と知り合ったのは、渋谷で通り魔に殺された姉の死を看取ったと云う接点からだった。特に流雫とは相容れない部分も有りながら、大きな事件に一緒に立ち向かった仲だ。そして澪が、或る意味結奈や彩花以上に慕っている。

「詩応さんに、少し話が」

と切り出した澪に、詩応と呼ばれた少女は、ボーイッシュな見た目らしい少し低めの声で

「何だい?」

と問う。

 「……太陽騎士団に、輪廻転生の概念は有るんですか?」

「血の旅団の経典、転生について書かれてたっけ?」

カップル2人が、それぞれの話し相手に問うことは同じだった。

 詩応が信仰する教団は、フランス発の太陽騎士団。それから派生したのが、アルスが信仰する血の旅団。過去が過去だけに詩応はこのフランス人を敵視していたが、同じ敵を追う中で少しばかり仲よくなった。何より、アルスの博識ぶりにただ尊敬するばかりだ。

 そして、宗教の概念を絡めた質問は、この2人にぶつけた方が手っ取り早い。

「……どうした?何か有ったか?」

と問うアルスに、流雫は昼間に夏樹と話したことを大雑把に伝えた。

「……成る程な」

と言いながら、手元のノートにドローイングペンで走り書きしたブロンドヘアのフランス人。手元の紅茶ラテを飲みながら続ける。

 「経典がどうであれ、それが時代の流れになるなら抗う必要は無い。根幹さえ変わらなければ、枝葉は合わせても問題は無い。ただ、肉体と意識の結合と分離は……生死のポータビリティと云うよりは、寝ている間に夢を見ているのに似ているだろうか」

「夢……確かにそうかも」

と流雫は言葉を返す。

 整合性が無くても、何故か全てにツッコむこと無く淡々と受け入れる世界が夢。確かに意識だけがその世界に在って、肉体はそれとは無関係に、生命維持のために動いているだけか。

 「ただ、俺は面白いと思うけどな。お前は日本、俺はフランス。フルダイブ云々は別の話として、メタバースが有れば国境さえ飛び越えて、時間さえ合えば今からでも会うことだってできる。それで満足するか、リアルでないと満足しないかは別として、な」

その言葉に、流雫は無意識に頷いた。

 そう、アルスと同じレンヌに住む両親にさえ簡単に会える。そう思えば、VRメタバースも悪くは無さそうだ。FPSさえしなければいいだけの話だからだ。

「ただ、お前の国で起きたネクステージオンラインのデータ消失は……この話題はキリが無いが、崇める神が創造しない、新たな世界への抵抗感が裏に有っても、不思議じゃない。何しろ、ゲームチェンジャーはVRMMOを足掛かりにメタバースの……新たな世界の覇権を狙っていたんだからな」

「神が生まなかった世界は、世界じゃない……」

「そうだ。……データ消失事件は事故だった。それでも、新たな世界に対する神からの天罰だと思ってる奴もいる。……本当に事故なら、未だマシだけどな」

そう言ったアルスの言葉には、含みが有った。……本当は事故ではなく、誰かがそうなるように仕組んだとすれば……。

 「もしかして、あの事件も……」

と言った流雫に

「お前は何故か、面倒な事件に遭遇する。今回もそのパターンなら、そうだとしても不思議じゃない」

と言ったアルスは、口角を上げて続けた。

 「……と云うワケで、今回は特別にスターダストのチケット5枚で新たな祈りを……」

「やっぱりカフェデートの資金集めかよ」

と冷静に返す流雫に、アルスは笑いながら

「よく判ったな」

と続くが、直後に微笑を消した。

「まあ、メタバース自体、宗教絡みの倫理で面倒なことになるだろうとは思ってるが、恐らく……今までより厄介だぞ。テクノロジーや経済に関する思惑も大きく絡む。ルナ、……気を付けろ。お前だけじゃない、ミオやシノも」

「うん、覚悟はしてる。サンキュ」

と流雫は言葉を返す。……アルスは流雫だけでなく、澪や詩応も同じように案じていた。

 澪は言うまでもない。そして、詩応は同じ事件を追った仲として、普段メッセンジャーアプリですら会話をしないものの、死なれては大いに悲しむだけの関係と云う意識は有る。

 ……覚悟はしてる、そう言ってみたものの、未だそうできていなかった。そして、覚悟せざるを得ないことに、溜め息しか出ない。

 

 恋人が母国語で話す、その2メートル先では、ベッドに座った澪がいる。

「輪廻転生は無いな」

と詩応は言う。そのハスキーボイスは、澪にとっても耳障りがいいらしい。

 詩応は一見、神など信じていないかのように見えて、敬虔な信者だ。そのルーツは殺された姉で、その志を受け継ぐ……そう思うことが、今信者である事の原動力だ。

「まあ、澪が言いたいことは判るよ」

と言った少女は続ける。

 「太陽騎士団が生まれたのはフランス革命直後。当然メタバースなんて有るハズもない。……有ったとしても、どの教団ももう一つの世界なんて認められなかった。それこそ、地動説に対する迫害……それ以上の扱いを受けたんじゃないかな」

その言葉に、澪は

「それほど、教会の力は……」

と被せた。

 「当時のヨーロッパでは絶大で絶対。大学の学問ですら、神学が最高権威だったほどだから。その辺りは、フランスがルーツの流雫の方が詳しいんじゃない?」

と言った詩応は、ベッドの上に転がる。その隣には、プレイバースが置かれていた。

 東京から名古屋への帰り、新幹線の車内で酒に酔った通り魔……に見せ掛けた異教の追っ手に、首を切られた。一時は生死の境を彷徨ったが、どうにか復活した。ただ、生々しい疵痕が首に、そして手には軽いながらも後遺症が残った。

 そのリハビリも兼ねる……と云う名目で、VRのFPSタイプのアクションゲームを始めることにしたのだ。コントローラーを剣に見立てて振る要領で、飛んでくるオブジェクトをリズミカルに破壊していく。音楽が鳴らないアーケード用リズムゲームに似ているか。

 毎日30分ほどプレイしているが、これが意外と性に合っていた。今日も、澪との通話前に遊んでいた。

 「アルスも思ってるだろうけど……或る程度は社会と時代の流れに合わせて変わっていく。ただ、信者としての使命そのものは変わらない」

と言った詩応は、

「……まあ、それはそれとして、VR……モノによっては楽しいよ」

と続けた。

 「BTB……イベントで少しだけやってみたんです。あたしはできそうですけど、流雫が……拒絶反応を起こして」

と澪が言うと、詩応は

「あれか……流雫には無理だと思うよ」

と返す。やはり、と澪が思ったのと、彼女の続きの言葉は同時だった。

「ただ、これは澪が誰より知ってるだろうけど、できないから弱いワケじゃない。ただFPSと相容れないだけ、かつてのアタシと流雫みたいに」

 ……恋人を失った流雫、姉を失った詩応。互いに、かつての自分を見ているようだった。別に理由は有るが、それが流雫を苦手だと思っていた最大の理由だった。

「詩応さん、それは……」

「それも最早、過去の話だからね」

と詩応は言った。

 首を切られたのは、流雫と少しだけ打ち解けた日のこと。それだけに、澪は彼女があの日を思い出さないか、それが気懸かりだった。

 その詩応は、ふと疵痕に触れる。……思い出すのはあの騒ぎの瞬間ではなく、抱きつき、生きていることに泣きながら安堵する少女の声だった。刑事の娘、それだけでは説明がつかない澪の献身に、ボーイッシュな少女は頭が上がらない。

「銃は遊びじゃない。それが強過ぎるだけ。悪くないことだとは思うよ」

と言った彼女に、澪は頷くしか無かった。


 スマートフォンを枕元に置くと、ベッドに座ったままの詩応はプレイバースに手を伸ばした。体験版のファンタジスタクラウドがプリインストールされていて、アンインストールする前に少しだけ触っていようと思った。

 ネクステージオンラインの事件以降、別の意味でも話題になっている国内最大手のVRMMO、ファンタジスタクラウド。会員数は1400万人。居場所を失った競合相手のユーザーの受け皿として、特にこの1週間で1割以上増えた。

 プレイバース専用コンテンツだが、オプションのワイヤレスキーボードを併用することで、標準的なMMOの要領でプレイが可能になる上、テキストチャットが簡単になる。尤も、音声認識技術も高く、VRコントローラーだけでも十分楽しめるのだが。

 プレイスタート、と英語の音声が流れ、コンテンツを選ぶ。美麗なグラフィックと、本体に接続したイヤフォンから流れる音楽にやや圧倒され気味だった詩応は、チュートリアルに進む。

 VRコントローラーしか持たない少女が、画面の指示に従い自分のアバターを動かそうとした瞬間、1秒だけ画面にドットの砂嵐が流れ、オープニング画面に戻っていた。

「え?」

と思わず声を上げたが、その中心には

「コネクションエラー、503」

とエラーメッセージが表示された。

 ……503。多数のアクセスが有った際に起きるもので、数秒から数分後にリトライすると上手くいくケースが多い。だが、それだけで画面を戻されるのか……。

 詩応は溜め息をつき、再度プレイボタンを押す。ただメッセージが変わっただけだ。503から404へ。

 ……404。データが無い状態を示す。ウェブサイトが存在しない時に表示されることで知られる。

 その表示に

「……何が起きてる?」

と呟いた詩応は、プレイバースを外すと思わずスマートフォンを手にする。そして、耳に当てた。


 通話が終わると、2人はベッドに潜り背中をくっる。意外と、抱き合っているよりこの方が落ち着く。それは、無防備になる箇所を安心して預けていられると云う、互いを信じていなければできないこと。

 このまま意識を手放し、数時間後には同じベッドで意識を取り戻す……ハズだった。

 突然地鳴りが聞こえ、部屋が小さく揺れる。閉じた目を一気に開いた澪が

「地震……!?」

と呟くのと、流雫が起きるのは同時だった。だが、列車のそれよりも小さい揺れは、20秒ほどで完全に収まる。

「澪?」

と下から母の声がした。

「こっちはどうってことないわ」

と答える娘は、しかし念の為リビングへ下りていく。流雫もその後を追った。

 緊急地震速報は鳴らなかったが、遠くで大きな地震が起きた……と思った澪は、テレビ画面の端に映るニュース速報のテロップに目を奪われた。

 ……東京の南の沖合で海底地震。マグニチュード6、最大震度2。津波の心配は無し。海で起きたから、日本本土の揺れは小さくて済んだ。

「でも、何か目が冴えたわ……」

と言いながらホットミルクでも淹れようとした澪のスマートフォンが鳴った。

「詩応さん?」

と澪が相手の名を呼ぶと、詩応は

「ファンタジスタクラウド、やってみようとしたんだけど……404のエラーが出てる」

と言った。

 「それだけなんだけど、何か気になってね」

「……データがサーバに無い……?」

と、眉間に皺を寄せて返す澪。その言葉に、流雫は澪の部屋に戻る。

 ……財布に入れた、カシューこと夏樹のネームカード。それに書かれていたSNSのアカウントを入力し、私信を送ろうとする。

「昼間……」

と打ち始めたシルバーヘアの少年の名を

「流雫」

と呼んだ恋人に、流雫は冷静を装った声で返す。

 無関係でありたかった……、しかしあの3人と知り合った以上、そうも言っていられなくなった現実を、自分自身に突き付けるかのように。

「……もし、篭川さんが言ってたことが……現実になったとすれば……」


 都内の端のワンルームマンション、それが篭川亜沙の部屋。入社と同時に借りた部屋は整然としているが、それだけ物が無いと云うことでもある。

 バスタブで少し長湯した亜沙は、セミロングヘアを拭きながら明日の予定をスマートフォンでチェックしている。明日は夏樹や明澄が出場するイベントの取材。今日する予定だったが、例の事件で明日にずれた。ただ、そのレポートを夜中までに上げれば2連休。

 部屋が少し揺れた。薄いピンクのルームウェアのまま一瞬目付きを険しくしたが、すぐに収まった。直後の地震情報を見ても、大したことは無かった。

 安堵の溜め息をつく亜沙の手には缶ビール。明日も早いから、ノンアルコールに留めた。

 一口目を一気に喉に流し、その余韻に浸る……のを邪魔したのは、ローテーブルに置いたもう1台の、編集部から渡されたスマートフォンだった。地震は自然現象だから仕方ないにせよ、仕事の

「この時間に何……?」

と愚痴を零しながら、亜沙は端末を耳に当てる。

「はい、メタ部篭川……」

と言った女記者は、告げられた編集長からの言葉に

「え……す、すぐ確認します!!」

とだけ返して終話ボタンを押し、慌ただしく鞄からタブレットを出しつつ、自分のスマートフォンも開く。

 ……昼間に会った、あの日本人らしくない見た目の少年と恋人に言ったことが、現実になった……。しかし、何故?今はその疑問しか出ない。

 コミュニティSNSの、秒単位で流れるつぶやき投稿を必死に追いながら、亜沙は無意識に呟いた。

「……ファンタジスタクラウドが、消えた……!?」 

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