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ココから見たお話

 ああ。本当に苛つくわ。

 あのヘタレのせいで、悪役になったじゃない。セイラに嫌われたらどうしてくれるのかしら。


 わたくしは苛々と組んだ腕を指で叩いた。


 わたくしの視線の先には、遠くなってしまった二つの小さな背中。追放されて魔の森に向かう、わたくしの数少ない友人、アーク・ヤクレイ・ソックとセイラ・ヒーロ・ロインの二人。


 従者はいない。ちゃんと魔の森に入ったか見届ける監視目的の護衛がいるけれど、彼らは形だけ。アークが本気になれば彼らなんて赤子同然。追放もアーク自身の望みなのだから、逃げる必要はないもの。


「本当にこれで良かったのか?」


 当り前よ。元々貴方のことがなくても、アークを解放してあげるつもりだったのだから。


「そっか」


 わたくしの隣で低く落ち着い声で微笑むのは、アークの引き起こした殺人未遂事件の被害者、ヒイロ・ユウ・シャー。

 今はわたくしの新しい婚約者。そして、わたくしの共犯者。


 彼はにこやかな笑顔をわたくしに向けた後、王都の関所をくぐる二人へと視線を戻した。


 明るいのに、瞳の奥に寂しさと諦めを抱えた横顔が痛くて切なくて。

 見ていられなくなって。

 ヒイロと一緒に、二人が消えて行った王都の外を見やった。


 ここは王宮のわたくしの私室。王都を一望できる高さではあるけれど、流石に王都の端である関所を視認できない。二人の姿を見ることが出来たのは、視力を上げるヒイロの魔法のおかげ。


 莫大な資産と政治的な影響力で、公爵家よりも大きな力を持つヤクレイ伯爵家。加えてヤクレイ伯爵と父王が友人関係であったことから、生れた時からわたくしたちの婚約は決まっていた。


 アークは容姿と言動が陰気で薄気味悪いけれど、誰よりも優しくて善良な人。根気強くて、わたくしみたいな気位の高いへそ曲がりにも、義務やおべっかを抜きにして付き合ってくれた、貴重な人。


「あ、あの。このお菓子美味しいですね」


 言われなくても知ってるわよ。いつも食べてるから。

 そんなに気に入ったのなら包んであげるから、持って帰って食べなさい。


 ――良かった。貴方の喜ぶ顔が見たくて。貴方が好きそうなお菓子を用意してもらったの。


「あっ、あっちに蝶が。とても綺麗ですよ」


 あなた、虫を見て喜ぶの? 子供っぽいのね。

 今度蝶をかたどったブローチを贈るわ。貴方にぴったりよ。


 ――子供みたいに純粋なアーク。可愛い。ブローチを贈ったらつけてくれるかしら。


「そのリボンとても似合っています。あの、その、か、可愛いです」


 特注で作らせたんだから当り前よ。

 別に貴方に見せようと思って作らせたのではないのだから。ほ、ほめてくれても嬉しくなんてないわ。


 ――か、可愛いだなんて。このわたくしが。どうしよう。嬉しくて、恥ずかしい。


 素直になれないわたくしは、いつも恥ずかしくて素っ気ない態度ばかり。

 なのにアークはずっと優しくて。

 わたくしはそんなアークのことが……。


 でもね。


 アークのことをずっと側で見てきたから。

 わたくしとセイラを見るその目、その笑顔、その声、その顔が。違っているのに気づいていたの。


 セイラは可愛いわ。わたくしと違って素直で明るくて安心出来て。

 アークと同じように、わたくしがどんなに素っ気なく態度をとっても変わらずに接してくれた。それがわたくしの素なんだって、受け入れてくれていたわ。それがどんなに嬉しかったことか。

 わたくしの大切な友人。大好き。


 大好きな二人。大切な二人。わたくしは誰よりも二人に幸せになってほしかった。


『うじうじ苛つくわね、このヘタレ。いい? このわたくしが大芝居をうってあげたのよ。今度こそちゃんとセイラに告白なさい。幸せにしなかったら許さないから』


 だからこれでいいの。良かったのよ。

 それに……。


 わたくしは隣のヒイロの横顔を見上げた。


 不思議な人。

 平民なのに王侯貴族よりも魔力が高く。入学前から読み書き計算も出来たらしい。

 人当りが良くて、いつも大勢に囲まれていて。


 わたくしたちとは正反対の人。


 じっと見ていると、視線に気づいたヒイロがまた寂しそうに笑う。


「嫌だったら払いのけて」


 低い声と共に肩に大きくて温かな手がかかって、そっと引き寄せられた。


 なっ、何をするの。


「俺たち一応は婚約者だしさ。肩でも胸でも貸すから、こんな時くらい泣けよ」


 誰が貴方なんかの肩に。


「うん。アークじゃなくてごめんな」


 ぽろっ。

 人前で見せたことのない涙がこぼれてしまったわたくしは、慌ててヒイロの胸に顔をうずめた。


 この人はいつもいつも、わたくしの弱さを見抜いて甘やかしてくる。

 はじめて出会った時もそうだった。


 アークとセイラ。大切な大切な二人。

 二人に幸せになってほしかったけれど、他ならぬわたくし自身が二人の仲を邪魔していた。

 アークはわたくし(王女)の婚約者で、セイラは行儀見習いのために侍女としてアークの側にいるだけ。わたくしがいる限り、二人は主従の関係を越えられない。


 だからわたくしは、アークの悪い噂を放置して、信じているふりをしたの。アークを自由にしてあげるために、噂を理由に婚約破棄を言い渡すつもりだったから。

 それでもアークが悪く言われるのは辛くて。

 誰もいない穴場の裏庭で、こっそりと泣いていたら。ハンカチを差し出してきたのがヒイロだった。


 ヒイロはなぜかわたくしの思惑を見抜いて、提案してきた。嫌がらせと悪い噂の捏造だけじゃ弱い。近く召喚魔法の実技があるから、一芝居うたないか、と。


 怪しいと思ったわ。甘い言葉でわたくしに取り入って、何を企んでいるのかと勘繰った。


「あー、うん。そうだよな。自分でも怪しいと思う。でも信じてくんないか。俺と君の目的は一致でwinwinだからさ」


 ウィンウィン……?


「俺の田舎の言葉で、えーと、どっちもに利益があるって意味。俺もさ、君と同じであの二人には幸せになってほしいんだよ」


 わたくしと同じ? ああ。セイラね。


 ヒイロはわたくしと違って二人と親しくも面識もない。アークの方は彼を気にして観察していたようだけれど、ヒイロの方は無反応だった。

 二人の友人でもないヒイロが二人の仲を気にするということは、きっとセイラのことが好きなのだろう。


「うん? まあ流石は正ヒロイン。可愛いよな」


 わたくしが言い当てたことが不思議だったのか、ヒイロが首を傾げる。それから好きな人を可愛いと告白したことが恥ずかしくなったのか、顔を赤くして口元を覆い、早口に言った。


「あー、セイラも可愛いけど、君はもっと可愛い」


 なっ。馬鹿ではないの? わたくしを可愛いだなんて。社交辞令?


 家族や友人以外の人からはじめて可愛いと言われて、不覚にも頬が熱くなった。


「本気。マジ本気で言ってるって。そんなとこが可愛い。ツンデレとかマジ最高」


 マジ? ツンデレ? ちょっと何言ってるのか分からないわ。


「うぉ! ナチュラルな何言ってるか分からない、ゲット」


 ぷっ。くすくすくす。あははは。おかしな人。


「あ! それ! それそれ。婚約破棄イベントの共犯者なんだしさ、俺の前でくらい自然体でいーじゃん。超可愛い!」


 本当におかしくて、不思議な人。時々何を言っているのか分からないけれど、気安くて、心の中にするっと入ってきてしまう。人気者なのが納得だわ。

 彼の前では気が抜けてしまう。肩肘張らないでいい。


 そうしてふと、気がついたら、好きになっていた。

 ヒイロはセイラが好きなのに。

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