表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/71

69:勇者と約束(風間視点)

本日は完結まで連続更新しております。

こちらは二話目となりますので、前話をお読みでない方はご注意ください。

(2/3話目)



 コンクリートのビル群とアスファルトに覆われた真夏の都心は、朝を迎えても熱帯夜の名残りが色濃い。これからさらに眩い日差しが外の気温を上げるだろうが、エアコンの効いた室内は快適なものだ。魔法も便利だけれど、誰もが簡単に使える科学の力はやはり素晴らしい。

 朝食を終えて身支度も整えた風間隆平は現代日本の過ごしやすさを改めて感じつつ、この数年ですっかり飲み慣れたコーヒーを片手にテレビのチャンネルを次々に変えた。


 どこの局でも朝一番のトップニュースとして上がっているのは、昨日最高裁で結審した十六年前の殺人事件についてだ。

 実行犯の男には、事件の特殊性を鑑みて有期懲役の最長である懲役三十年が言い渡され、殺人を教唆した女も同じ刑と決まった。だが、死刑や無期懲役でなかった事にコメンテーターたちが不満を口にしている。


 昨日裁判所で判決を傍聴してきた隆平も悔しくはあったけれど、これだけ物議を醸したのだ。刑期満了後に社会に戻ってきたとしても犯人たちに居場所はないだろう。


「これでようやく終わったな」


 現状、出来る限りの事は出来たと思う。約束が果たせたと、隆平はホッと息を吐く。


 その顔には高校時代に僅かに残っていた幼さのようなものはなく、大人の色気が溢れていた。何せ二十四歳となった隆平は、この春就職と同時に結婚している。

 隆平が日本へ帰ってきて、早くも七年の月日が過ぎていた。




 あの不思議な世界とこちらでは時の流れが違ったのだろうか。

 召喚されて魔鬼討伐に明け暮れた日々は一年に満たなかったはずだけれど、実際に帰ってきた時は一年と少し経っていて。ちょうど夏休み前の終業式の日に高校の外廊下付近で倒れていた所を、隆平と松本涼子は発見された。


 夏休み目前に高校生五人と教師一名が校内から姿を消した事件は、かなり世間を騒がせたらしい。

 そんな行方不明事件の当事者のうち二人が、なぜか中華風の服を着て一年後に発見されたのだから、帰ってきた直後はそれはもう大変だった。


 世界を跨いだ影響か、発見時は隆平も意識を失っており、目を覚ましたのは搬送された病院だった。

 見つかったのは二人だけで如月たちはどこにもいないと聞かされた時は驚いたけれど、仮に世界の狭間に落ちて帰れなかったのだとしても、あんな酷い事をしたのだから自業自得だろう。もしかしたら地球上のどこか別の場所や、他の時代に飛ばされたのかもしれないが、彼らの行方なんてどうでもいい。むしろ、そう簡単に帰ってこれなくなればいいとすら思えた。


 そんな事よりも重要なのは、検査や治療の後始まった警察の事情聴取だ。涼子と口裏を合わせておけば良かったと思っても後の祭りだった。

 異世界に行っていたなどと言えるはずもなく隆平はひたすらに「覚えていない」と記憶喪失を装う事しか出来なかった。


 だが幸いにも、隆平の取り調べはそれほど厳しくはならなかった。未成年だからというのもあったけれど、隆平の体には小さいながらも傷がいくつもあったからだ。一度死んだ時の激しい傷跡は消えていたけれど、その後の移動で負ったものだった。

 異国の服を着て怪我をしているとなれば、監禁や暴行など異常な事態に置かれていたのだろうと察せられたらしい。記憶喪失になっていてもおかしくないと、警察官に同情された。


 対して涼子は、かなり厳しい取り調べを受ける事になった。どうやら涼子には、生徒五人を誘拐した疑いがかけられていたようだ。隆平のような目に見える傷がほとんどなかったのもあり、隆平に怪我を負わせたのも涼子なのではと当初警察は考えた。

 ただ、日野の魔法を受けていたのが悪かったのか、涼子が意識を取り戻したのは帰還してから一ヶ月も経ってからだった。外傷は見当たらないのにそれほど長く昏睡しているのは異常だ。そのため隆平と同じく涼子も訴えた記憶喪失という話を、最終的に警察も受け入れた。

 隆平が涼子を心配して見舞いたいと何度も言った事も関係しているだろう。そこまで慕われる涼子を、警察も疑い続ける事は出来なかった。


 結果、警察は涼子も被害者と認め、中国マフィアが事件に関わっていると見て捜査は続けられる事になった。退院後にようやく涼子と会えた時、隆平は心底ホッとしたものだ。

 けれどそこで初めて隆平は気付いた。涼子が本当に記憶を失っていた事に。


「菅原さんって、私たちと同じ日に行方不明になった子よね? ごめんなさい、ほとんど覚えてないの。授業で見る限り、すごく真面目な子だったとは思うのだけれど……」


 あの奇妙な体験を唯一共有出来たはずの涼子が全てを忘れてしまったというのは、隆平に大きなショックを与えた。


 帰還時に身につけていた瑞雲国の服は証拠品として押収され手元にないし、一ヶ月も経てば体にあった傷も消える。

 記憶にある異世界での日々は誘拐されたという現実から逃げ出すために自ら作り上げた妄想なのではないか。実はどこかで一年近く監禁されていただけなのではないか。

 現実味が薄れるにつれそんな不安に苛まれたりもしたけれど、ある時ステータス画面が開ける事に気が付いて、本当に体験した出来事だったのだと確信する事となった。


 隆平のステータス欄には、「元勇者」という称号と共に「朱雀の眷属」という見覚えのないものが追加されていた。

 スキルや魔法の欄にも初めて見るものがいくつかあって、実際に使う事も出来たのだから心底驚いたものだ。インベントリを開けば、向こうで手に入れた品々も取り出せる。召喚された日々の記憶に間違いはなかった。


 瑞雲国での事を涼子が忘れてしまったのは正直寂しかったけれど、彼女にとって辛い事もたくさんあったろう。一度は愛した男が目の前で死んでしまったし、後宮での暮らしも大変だったのは薄々分かっていた。

 だから、記憶を失くしてしまったのはかえって良かったのかもしれないと隆平は思う事にした。何より隆平にとって涼子は初恋の相手だ。その胸に皇帝との思い出があるよりは、綺麗さっぱり忘れている方が安心出来る。


 委員長と交わした最後の約束を果たすのに、涼子の助力を得られなくなってしまったのは辛い所だけれど、たった一人でも如月たちの罪を暴いてやろうと隆平は立ち上がった。




 そうして日常生活を取り戻した隆平がまず最初にした事は、マスコミへのリークだった。隆平たちの発見を受けて、ちょうど世間は行方不明となった事件に沸いていたからだ。

 未成年の隆平にこそ接触はないけれど、涼子の元には迷惑も考えずにマスコミが殺到していた。これだけしつこいマスコミなら、委員長が虐待されていた事実に容易く飛びつくだろう。


 行方不明事件の渦中の一人を他の三人が虐めていた。それも、家族を亡くしていたその少女は、引き取られた先の叔父夫婦からも虐待を受けていたという垂れ込みはセンセーショナルな話題となった。

 目論見通りに事は運び、マスコミの興味は発見された二人ではなく未だ行方不明の四人に向けられた。


 その取材攻勢は凄まじいもので、隆平が他に何もしなくても如月家での虐待行為はもちろん、委員長に残された遺産の不正使用も暴かれた。

 日野と竹井の両親もそれぞれ恐喝や詐欺、違法薬物の使用に業務上横領などの罪が次々に明らかになり、あまりの酷さに世論のバッシングが加熱。警察もすぐに動き出し、三家は取り調べを受ける事となる。


 反社会勢力との関連まで疑われて、中国マフィアが関係しているとされた行方不明事件も彼らのせいで起きたのではと噂されるまでになった。

 隆平たちが退院した直後から、この三家は我が子の行方を明かせと恫喝まがいに追求してきたり、行方不明になったのはお前たちのせいだと責められたりもしたから、いい気味だと思えた。



 けれどさすがに委員長の父親殺害については、あまりに昔過ぎて証拠が掴めない。マスコミの取材にも限界が見え始めて、このままではマズイと考えた隆平は賭けに出る事にした。

 新しく覚えた幻惑や転移の魔法を駆使して、保釈されていた如月の両親に近付き、自供といえる証言を掠め取ったのだ。


 隆平が匿名で送ったそれを元に警察は捜査を進め、状況証拠をいくつも固める事で殺人の立件に至った。

 実行犯である如月の父親は罪を認めたが、犯行を教唆した母親はなかなか認めない。始めるのにも苦労した裁判は、二度の控訴を経て昨日ようやく最高裁で決着がついた。


 主犯の如月の父は生来気が弱く、婿養子という事もあり妻に逆らえなかったという点と、深く反省している事から情状酌量が認められ、死刑や無期懲役とはならなかったのは残念だったが、如月の両親ももう良い年だ。

 出所する頃には老人となっているし、出てきた後もこれだけ世論を騒がせたのだから世間の風当たりは強いだろう。一人娘が未だ帰らないと憔悴している事もあり、彼らの人生は真っ暗だ。


 行方不明から七年経った今も、唯一の完全な被害者として委員長には同情の声が厚い。出来る事は全てやったと、隆平は肩の荷を下ろしたのだった。




「隆平、お待たせ。いつでも出かけられるわ」

「ああ、じゃあ行こうか」


 マグカップを軽く洗って、支度を終えた妻と家を出る。結婚した今は松本ではなく同じ風間の姓となった涼子は、三十歳になった今も昔と同じく美人だ。

 マンションを出た二人は、隆平の運転する車で地方のとある墓地を目指す。助手席に座った涼子は、晴れ渡る青空に目を細めた。


「良いお天気ね。菅原さんも喜んでいるのかしら。今年は良い報告が出来るから良かったわね」

「これも涼子のおかげだよ」

「私は何もしてないわよ? どちらかといえば、こうやって毎年お墓参りにいくのに妬いているぐらいなのだけれど」

「本当? 委員長とは何もなかったけど、涼子のヤキモチなら嬉しいよ」

「もう。またそんなことを言って」


 これから二人が向かうのは、会った事もない委員長の両親と、そこに眠るはずもない委員長の墓だ。隆平は帰還してすぐに菅原家の墓を調べて、お盆時期に毎年欠かさず墓参りに行っていた。

 可愛らしい悋気を見せてくれた涼子に、隆平は嬉しくなって微笑む。エアコンの効いているはずの車内は、二人の間に流れる甘い空気で熱を上げたようだった。


 一年も行方不明になっていた上に、生徒五人を誘拐した犯人なのではと疑われてもいた涼子は、帰還した時すでに退職扱いとなっていた。その後行われた警察の厳しい取り調べに、マスコミの激しい取材攻勢も相まって、涼子は一時精神的に病んでしまった。

 隆平はそんな涼子を献身的に支える事で恋仲となり、今年ようやく結婚するに至った。


 すっかり元気になり笑顔も見せるようになった妻が、隆平は愛おしくてたまらない。涼子が回復してから始めたピアノ教室に、男の生徒が来ると心配になる程だ。

 初恋を叶えた隆平の愛は少々重いと隆平自身自覚しているけれど、それすらも年上の包容力で笑って受け止めてくれる妻を隆平は溺愛していた。


「でもよく休みが取れたわね。研修医になってから毎日帰りが遅いのに」

「俺があの事件の被害者だって、みんな知ってるからね。昨日と今日は特別だよ」


 涼子と違って、隆平は帰還した時も高校に籍が残っていた。休学扱いで留年になっていたが、サッカーの特待生というのも変わりなく、続けようと思えばそのまま続ける事も出来た。

 けれど少々思う所もあり、隆平は潔くサッカーを辞めた。


 朱雀の眷属という意味不明な称号を得た影響なのか、それとも異世界でレベルを上げまくった結果なのか。隆平の身体能力は普通の人間を超えたものになっており、サッカーを続けてしまえば異常性が明らかになってしまいそうだったからだ。


 そうして隆平は高校も退学して代わりに高卒認定を取り、医学部へ入学した。自分の身体に何が起きているのか知りたかったし、同じく異世界帰りの涼子の身に何かあっても対応出来るようになりたかった。

 大学で学んだ専門知識も活かして涼子を支え続けた隆平は、無事に医師免許を取る事が出来た。卒業したこの春からは、外科の研修医として都内の病院で働いている。


 昔思い描いていたのとは全く違う未来になったけれど、隆平は満足だった。

 サッカーは楽しかったけれど、何も知らず考えもせずというのがどれだけ危険なのかを、あの異世界での日々は嫌というほど教えてくれた。

 心を入れ替えて、苦手だった勉強にがむしゃらに向かったのは最初だけだ。学ぶ楽しみを覚えて邁進した結果、両親を始めとする周囲からはそれまで以上に信頼を寄せられるようになった。

 社会的な地位も得て、誰に非難される事もなくかけがえもないものを手にする事が出来た。これも全て召喚された事がきっかけだ。見知らぬ世界で戦いに明け暮れた日々は大変だったけれど、決して無駄ではなかったと思う。




 菅原家の墓は、委員長の父親が殺された山の奥にあった。途中、事件現場でも献花をしてから二人は墓地へ入った。


 懲役刑が決まった如月の父親以外、親戚といえる相手はいないはずだけれど、委員長を不憫に思った人々が時折訪れているようだ。隆平たちが来たのは一年ぶりだというのに、墓は綺麗に磨かれているし仏花も供えられている。

 二人も持参した花を加えて線香を上げ、そっと手を合わせた。


「委員長、待たせてごめんな。遅くなったけど、やっと約束を果たせたよ。これでも精一杯やったんだ。許してくれるかな」


 脳裏に思い浮かぶのは、美麗な皇子に寄り添う委員長の姿だ。如月の言い分を鵜呑みにして、冷たく当たってしまった事もあったけれど、これで償えていたらいいなと思う。

 きっと優しい彼女は許してくれるだろうけれど、実の父親である皇帝すら倒すつもりでいたあの皇子には生温いと文句を言われそうだ。


 隆平は苦笑を浮かべると、異世界にいる委員長に届くよう心の内で語りかけた。


(苦情はまたいつか会えた時に聞くからさ。それまで元気で、幸せでいてくれよ)


 医師の勉強を続けながら自身の身体について色々と調べて分かったのは、どうやら隆平の身体は少々人とは違ったものになってしまったのだという事だ。

 まだこれから調べていく必要はあるが、もしかしたら老化も遅くなるかもしれない。仮にそうだとしても隆平には幻惑の魔法があるから、姿形は誤魔化しも効くし問題はないのだけれど。さすがに一人で長い時を生きるとなれば、不安も感じてしまう。


 けれど幸いにも、転移魔法での移動先に朱雀と戦った神山も選べる事に気が付いた。主人である朱雀の元へ駆けつけるためなのだろう、たった一度きりという使用制限はあるけれど、世界すらも跨げるとんでもない力を眷属は持つらしい。

 だからいつか時が来たら、隆平はもう一度あの国へ飛ぶつもりだ。


 こちらとあちらでは時の流れも違うようだから、委員長ともう一度会う事も出来るだろう。願わくばその時、彼女が幸せいっぱいで笑っていてくれたらと思う。

 尤も、目の前で見せつけるようにイチャついていたあの皇子なら、間違いなく委員長を幸せにしているだろうから、心配なんてしていないのだけれど。


「涼子、暑いだろう? そろそろ行こうか」

「もう報告はいいの?」

「うん、大丈夫」


 日傘を差す妻の手を取り、隆平は歩き出した。委員長の幸せを願うだけではなく、再会した時には自分たちも幸せな人生を過ごしたのだと、自慢出来るように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ