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68:落日、そして(後半、誠英視点)

大変長らくお待たせしました。

完結まで残り三話、連続更新となります。

(1/3話目)

 皇子たちが蹴散らしたからか御堂周辺に魔鬼の姿は見られなかった。けれど魔鬼は今や城壁を突破し城内にも入り込んでいるようだ。

 籠城する妃嬪や公卿を守るべく将軍や兵が奮闘しているだろうが、主戦力となる皇子の多くは御堂へ集まっている。中枢に潜り込んでいた協力者たちも諫莫が避難させただろうから、人員不足も相まってそう長くは保たないだろう。

 皇帝らが我が世の春を謳歌した青藍城が落ちる時も近い。


 だがもはや清乃たちは、城にも都にも用はなかった。綺羅蘭たちを狙っているのだろう、また御堂へ集まり始めている魔鬼を避けつつ誠英は清乃を抱いて駆ける。もう本性を隠す必要もないからか、いつの間にか狐耳と尻尾が現れていた。

 そうして都の端にある山へと戻ってくると、燦景がホッとした様子で二人を迎えた。


「大哥、おかえり。望みのものは無事に手に入れられたみたいだね」

「ああ、世話をかけたな」


 どうやら清乃だけでなく、誠英も燦景に色々と相談していたようだ。双方の想いを知る燦景は、さぞ気を揉んだ事だろう。

 けれどそんな事はおくびにも出さず、燦景は朗らかに「また会えて良かった」と清乃に笑いかけた。


「私たちの世界を、大哥を選んでくれて嬉しいよ。これからよろしくね、少奶奶(シャオナイナイ)

「えっ、少奶奶って」

「瑞雲国がなくなっても、大哥は九尾狐族の皇子みたいなものだから。その妻になるあんたにも敬意は必要だろう?」


 少奶奶は若奥様という意味だ。揶揄うように片目を瞑った燦景に、清乃は照れて笑う。その顔が愛おしいというように、誠英は目を細めた。

 とはいえ、いつまでもこんな場所でのんびりしているわけにもいかないのだろう。誠英は表情を引き締める。


「諫莫から連絡は?」

「人間たちの避難は完了したそうだよ。今は同盟軍の誘導に回ってる」

「そうか。ならば最後の仕上げだな」


 国全体を覆う結界が消えたのと同時に、周辺各国による同盟軍が平定に来る手筈だそうだ。蜂起した民もそれに加わる事になっており、すべて計画通りに進んでいるらしい。

 誠英はほんの少しだけ清乃から離れると、まるで狐が鳴くようにケーンと吠えた。


 妖力を纏った声がやまびことなって響き渡り、呼応するように都や城の彼方此方から火が上がる。計画のために集まった妖怪たちが火を放ったのだ。

 妖術で作られた炎は都全体を囲うように燃え広がり、徐々に内側へと侵食していく。陽が傾き、茜色に変わった空が滲み落ちたかのように、青藍城は火に包まれていった。


「燃やしちゃうんですね」

「ああ。残っているのは不要なものばかりだからな」


 黄龍の加護を失った皇子らは、今ある神通力を使い切れば回復する事は出来なくなるらしい。けれど無力化するのがいつになるかは分からず、それまでの間に遠方へ逃げ出されるわけにもいかない。彼らの逃亡を防止するために火で囲むのだと誠英は話す。

 そしてこれから先も、しばらくの間は国中から魔鬼が城を目指して集まってくるだろう。同盟軍も討伐するだろうが、放置していてはこの地の澱みはいつまでも晴れない。浄化するためにも、一度全てを焼き払う必要があるという。


 それらは確かに必要なことだろう。だが平和な日本で暮らしてきた清乃はそう簡単には納得出来なくて、じっと燃えゆく都を眺めた。


「清乃。聖女らのことが気になるか?」


 悲痛な表情をしていたからか誠英に心配されてしまい、清乃は苦笑した。


「いえ。キララたちならあのぐらいどうにか出来ると思いますし、心配はしてませんよ。それにもうあの子たちがどうなっても、私には関係ありません。ただ全部燃えちゃうのは勿体ないなって思っただけです」


 あれほど憎らしく思ってはいたが、日本に帰れなくなった事を思うと殺したいと思うほどの怒りは不思議と消え去っていた。けれどだからといって助けたいと思うわけでもなく、もはや綺羅蘭たちの事は心からどうでもいいと思える。

 城に今も残る妃嬪や皇子たちについてもそうだ。深い関わりも思い入れも何もなく、可哀想だとは思うけれど殺してしまおうとする誠英を止めようとは思わない。


 人の命がかかっているというのに薄情なのかもしれない。それでもこれが今の清乃の本心だ。正しいかどうかは関係なく、誠英の考えを優先したい。

 国を滅ぼす事を止めなかった時から気持ちは変わらない。復讐を願う気持ちを身をもって知ってしまった今は尚更だ。


 だから胸にある感傷は、絢爛豪華な城や美しい街並みが消えるのを惜しむ気持ちだけなのだろう。

 そう伝えると、誠英は宥めるように清乃を抱きしめた。


「すまない。優しいお前には辛い光景だったな」

「優しくなんてありませんよ。私もこの道を選んだんですから、気に病まないでください」

「ありがとう。だがこんな思いをさせるのは今回だけだと誓おう。今だけは、目を瞑っていてくれ」


 きっと清乃の葛藤も誠英にはお見通しなのだろう。誠英は甘やかすように清乃の額に口付けてくる。

 何も心配する必要はない、難しい事など考えなくてもいいと言い聞かせるようなそれは甘くて優しい毒なのかもしれないけれど、もう清乃は誠英を選んだ。どれだけ非情な選択を誠英がしたとしても、決して離れるつもりはない。

 嘘偽りない気持ちを伝えるために、清乃は誠英の胸に身を預けた。



 *



 そんな清乃の覚悟を違いなく受け取った誠英は、万感の思いを込めて清乃を抱きしめた。清乃が誠英を選び腕の中にいるという事実が、どうしようもなく嬉しい。


 清乃を愛しているからこそ、復讐を遂げさせるために手放さなくてはならないと、誠英は何度も自身に言い聞かせた。それでもやはり諦めきれなくて、清乃が元の世界を選ぶのなら、どうにかして自身が清乃の世界へ行けないかと考えたりもした。

 しかしその必要ももうない。愛しい温もりを二度と離したりはしないと、誠英は抱きしめる手に力を込める。


 実をいえば誠英には、未だ清乃に言えてない事がいくつもあった。


 誠英の血を飲んだ事で、清乃が人から外れた存在となってしまった事はその筆頭だ。今はまだ体が丈夫になったり疲れ難くなったりしている程度だが、これから先誠英と深く交われば本格的に人ではなくなるだろう。

 そうなれば寿命も延びるはずで、誠英としては願ったりな事だが、人の身には有り得ない長命を清乃がどう受け止めるかは未知数だ。きっと清乃なら受け入れてくれるだろうと思うが、不安は拭えない。


 瑞雲国以外では妖怪と人が共生しているとはいえ、半妖はこの世界に誠英一人だけという特殊な存在だという事。

 九尾狐族の族長だという伯父にとりあえず会いに行く事になるが、差別はないにしてもこれから先も行く先々で奇異の目で見られるだろう。


 そんな誠英が相手だから、いずれ清乃との間に子が出来たとしてもどんな存在として生まれてくるのか予想も出来ない。

 人でも妖怪でも、もしくは誠英のような混ざりものでも、どんな子でも清乃は愛してくれるだろうが、その子らの行く末を憂いたりはしないだろうか。


 いつかは言わなければならない事でもこれだけあるが、死ぬまで言うつもりのない事もある。


 聖女たちが元の世界へ帰れない事を、本当は最初から予期していたのだと知ったら清乃は怒るだろうか。

 帰還の陣も一応用意はしていたが、本来の意味で使う事になるとは思っていなかった。あれを用意したのは、異界との繋がりを保つためだった。聖女らが持つ特殊な力は、召喚陣に込められていた神通力に加えて、元の世界との繋がりがあるからこそ使えていたものなのだ。


 召喚陣が消えて異界との繋がりも切れた今、彼らの力は回復出来なくなっている。どんな文字でも読めるという清乃の力も失われただろうが、勤勉な清乃はすでに多くの文字を習得してしまったから問題ないだろう。

 聖女らがどうなっても構わないと清乃は言ってくれたが、今ある力を使い果たせば殺されてしまうと知れば考えが変わるかもしれない。

 だからといって、助けてやるつもりもなかった。清乃を傷付けた聖女らを許せないというのもあるが、余計な憂慮を残したくないというのが本音だ。邪魔なものは速やかに消しておきたい。


 本来なら、清乃に選ばせる前に告げなくてはならなかった事を意図的に後回しにした。そればかりか、聖女たちの事については知ってしまえば優しい清乃は悩み苦しむだろうからと隠し通すつもりでいる。


 きっと清乃が思うより、誠英はずっと非情で残酷で卑怯な男だ。それは妖怪の血が混ざっているからなのかもしれないし、強欲な皇帝の血を継いでいるからかもしれない。

 だがこれから先もこの生き方を変える事はない。清乃を囲う為ならどんな事でもするつもりだ。


(もしいつか私を嫌がる時が来たとしても、もうお前を手放してやれない)


 本当に清乃の幸せを願うのなら、こんな恐ろしい男に縛り付けるのではなく自由にさせてやるべきなのかもしれない。けれどもう、そんな事は出来ないしするつもりもない。清乃は誠英の手に、自ら堕ちてきたのだから。


(私を選んだ事を後悔する暇もないほど愛すると誓うから許せ、清乃)


 いつか嫌だと、怖いと言われるかもしれない。それでも誠英はもう清乃を逃がさない。いや、きっと最初から逃がすつもりなんてなかった。召喚に巻き込まれて御堂に現れた清乃を見た瞬間から。


 焦げ付きそうなほど熱い想いが、誠英の胸を揺さぶる。眼下では、長い間亡き母と誠英を苛んだ城が燃えている。妖怪の力を封じる術を記した危険な研究資料は知り得る限り葬ったが、もしどこかに残っていたとしてもこれで完全に消えるだろう。

 憎き皇帝を己の手で討つ事は叶わなかったが後悔はない。全てが終わった日に、誠英は最愛を手に入れた。これ以上の幸せはないかもしれないと、半ば本気で誠英は思っている。


『いつまでそうしているつもりだ』


 抱き合う二人に不意にかけられた無粋な声。燦景のものではないが、聞き覚えのあるそれに誠英は苦笑する。

 いつからそこにいたのか、気が付けば二人のそばには黄龍がやって来ていた。


「黄龍か。ずいぶん小さくなったな」

「えっ、黄龍⁉︎」

『あのままでは目立つからな』


 清乃が驚くのも無理はない。今の黄龍はずいぶん小さくなっていて、足の生えた蛇のような姿になっている。フワフワと宙に浮いていなければ、誠英も黄龍だと分からなかったかもしれない。

 清乃を驚かせた事に満足したようで、黄龍は機嫌良さげに話した。


『異界の娘よ、其方は帰らなかったのだな』

「はい。私は誠英様と一緒にいたいので」

『それは重畳。して、皇子よ。つがいを得て、其方はこれからどうするつもりだ』


 清乃にもまだ話していないというのに、先に黄龍から聞かれてしまうとは。

 誠英は思わず舌打ちしそうになったが、どちらにせよ言わねばなるまい。軽く目を伏せ、清乃に話すのが遅くなってすまないと謝りつつ答えた。


「とりあえず九尾狐族の里へ向かうつもりだ。伯父に会わねばならんからな」

『ならば我も行こう。ついでに頼みたい事もある』

「頼みたいこと?」

『四神の救出だ。無用の地にいつまでも仲間を眠らせておきたくはない。引き受けてくれるな?』


 四神を直接傷付けたのは聖女たちだが、召喚したのは誠英だ。致し方ない事とはいえ、間接的に四神を害した誠英を無条件に許してくれたわけではないらしい。

 小さいながらも有無を言わさぬ鋭い眼光に、誠英はため息を堪えて頷いた。


「分かった。引き受けよう。清乃もそれでいいか?」

「もちろんいいですよ。朱雀がどうなったか私も気になってましたし、助けられるなら助けてあげてください」

「すまない、ありがとう」


 情けない顔になってしまったからか、清乃は慰めるように微笑む。

 そんな優しい清乃を、黄龍までもが気に入ったらしい。宙に浮かんでいた黄龍は、感心した様子で清乃に近づいた。


『異界人とはいえずいぶん毛色が違うようだ。良い女子を見初めたな、皇子よ』

「そう思うなら余計な事をするな」

『我も加護を与えようとしただけだというのに、ずいぶんと嫉妬深い』

「当然だ。私の唯一なのだから」


 あろう事か、清乃の頭に乗ろうとした黄龍を誠英は鷲掴んだ。本当に加護を与えるだけなら触れなくても済むはずだ。

 そう思って黄龍を睨みつければ、清乃が照れて顔を赤くし、燦景が呆れた様子で声を挟んだ。


「大哥、そろそろ日が暮れるよ。とにかく安全な場所に移動しよう? 黄龍もあまり揶揄わないでやってください」

『む、すまぬな。久しぶりに気に入りを見つけたのでな』


 都を包む炎があまりに明るくてうっかりしていたが、もうほとんど夕陽は山陰に身を隠していた。

 城を見遣れば、崙雀閣を始めとする楼閣が火に巻かれて傾いている。いよいよ瑞雲国が終わる時だ。

 それを象徴するかのように、常春の国と呼ばれたはずのこの地に冷たい風が吹いた。


「あ、雪だ……!」


 夜闇が迫り、大小二つの月を背負った空から白い小さな粒がヒラヒラと舞い降りた。

 手に触れれば消えてしまう冷たいそれを誠英は初めて見るが、清乃はキラキラとした瞳で見上げていた。


 ずいぶん賑やかになったものだと誠英は思う。清乃がいなければ、これほど穏やかな気持ちで苦しい過去に決別する事は出来なかっただろう。


「では行くか。清乃」

「はい、誠英様」


 差し出した手を躊躇なく掴む清乃の手は温かい。住み慣れた世界を奪ってしまった男に預けられるには、あまりに無防備で柔らかいそれを傷つけぬように、けれど決して離さぬように誠英は握った。

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