67:仄暗い喜び
「……は? あんだけ光ったのに何も変わってない……?」
「まだあの変な世界なのか。だが、先生と風間がいない」
「どうなってるの? 私たちだけ帰れてないってこと?」
眩い光が収まり、目を開けてみて未だ御堂にいる事に気づいたのだろう。綺羅蘭たちはしばし呆然としていたけれど、綺羅蘭がキッと誠英を睨みつけた。
「ちょっと皇子サマ! 帰すって言ってたくせに、私たちだけ帰さないとかどういうつもり⁉︎」
「どうもこうも、正しく帰還の陣は動いた。帰れなかったのはお前たちの問題だろう」
「はぁ⁉︎ 私たちのせいだって言うの⁉︎ ふざけないでよ!」
清乃もてっきり誠英がわざと三人を帰さなかったのかと思ったが、どうやら違ったらしい。誠英は淡々と言い返している。
綺羅蘭は理解出来ないと怒りに震えていたが、日野と竹井は違ったようで慌てた様子で声を上げた。
「待って、キララちゃん。もしかして、結界がマズかったんじゃね?」
「結界? でもそれなら、先生とリュウくんがいないのはどうしてなの?」
「んー、それは分かんないけどさ」
「もしかしたら立ち位置の問題なんじゃないか。先生と風間は陣の中央にいたが、俺たちは端にいたから」
「そうなの……? じゃあ、これ外すからさっさと私たちのことも帰してよ」
顔を青褪めた二人に説得されて、綺羅蘭は結界を外し尊大に言い放った。けれどそれは無理だろうなと清乃は思う。だってもう、薄らと見えていた帰還の陣はどこにも見当たらない。それに清乃は以前、帰れるチャンスは一度きりだとも聞いている。
案の定、誠英は頷かなかった。
「無理だな。陣はもう消えているし、そもそもそれが原因ではない」
「じゃあ何が問題だっていうのよ!」
「そうだな。簡単に言えば、お前たちに纏わりついている呪が問題だ。それがこの地からお前たちを離さないから帰れなかったのだろう」
「の、呪い? 意味が分からないんだけど……」
頬を引き攣らせた綺羅蘭に、誠英は冷たい視線を返した。
「恨みを買うような行いを、お前たちは数えきれぬほどしてきただろう? その結果だ」
「何言ってるの? 私たちは頼まれた通りにちゃんと魔鬼を倒したでしょ!」
「確かにそうだが、行く先々で民を踏み躙っただろう。彼らの苦しみが、お前たちを帰さないと雁字搦めにしているのが視える。まあ、最も大きな呪は神獣からかけられたようだがな」
「神獣って、ボスのこと? それならリュウくんは何で帰れたの! 一緒に戦ってたのにおかしいじゃない!」
日野と竹井はすっかり顔色を無くし、綺羅蘭が信じられないと叫ぶ。
確かに綺羅蘭の言う通り、誠英の話が本当なら風間が帰れたのは不思議だ。今ばかりは、清乃も誠英がどう答えるのか気になった。
「勇者が帰れたのは、一度死んで呪が外れたからだ」
「死んだ? 変なこと言わないでよ。リュウくんはちゃんと生きてたじゃない。ゾンビだったとか言うわけ?」
「ゾンビとやらは知らぬが、勇者が死んで生き返ったのは事実だ」
「生き返ったって、どうやって……」
清乃なら事情を知ってると思ったのだろう。綺羅蘭が訝しげな視線を送ってくるが、答える義理なんてない。清乃は無言を貫く。
だが内心では、清乃はそういう事かと納得していた。呪いが解けたタイミングは分からないけれど、風間は朱雀の羽で生き返ったのだ。神力ならどんな呪いも消してしまうだろう。
そう考えると、風間が帰れるかどうかは本当に紙一重だったのだと寒気を感じた。もしあの時、風間が清乃を見捨てて綺羅蘭たちと去っていたら。清乃を助けようとしなかったら。何か一つでも違ったら、風間も帰れなかったのだから。
「どちらにせよ、お前たちが帰る術はもうない。諦めろ」
「嘘でしょ……嘘って言ってよー!」
誠英から容赦ない現実を突きつけられ、綺羅蘭の絶叫が響く。
以前の清乃なら同情や憐れみといった感情を抱いたかもしれないが、今の清乃が感じているのは仄暗い愉悦だった。
(キララたちが帰らなかったら、あの人たちは悲しむんだろうな)
こんなに底意地の悪い性格をしていたのかと、清乃は自分でも驚いていたが、復讐を諦めて誠英の手を取ったものの叔父夫婦を許したわけではないのだからそう思って当然だとも思う。
清乃の大事な父を殺したのだ。大事な娘を失う事で、彼らも苦しめばいい。
「なんでだよ! なんでオレまでこんな目に!」
「キララ、どうにかしてくれ! 聖女なんだろ!」
「そんなこと言われたって困るよ!」
「そもそもキララちゃんが戦うって決めたからだろ!」
「私のせいだって言うの⁉︎ ハルくんもやる気だったじゃない!」
「だが聖女だから貢がれて当然だと言い出したのはキララだろう! あれさえなければ少しは……」
あれほど日本に帰りたがっていた三人だ。帰れないと分かって恐慌状態になったのか仲間割れを始めたが、清乃はそれすらも止める気になれなかった。
「誠英様、もう行きましょう?」
「もういいのか?」
誠英の袖を引くと、意外な言葉で問い返された。
一瞬、仲間割れを止めなくて良いのかと聞かれているのかと思ったけれど、そうではないと気づいてハッとする。混乱する三人を眺めるのに満足したのかと聞かれているのだ。
綺羅蘭たちの絶望を心地良いとさえ思っていた清乃の醜い心の内に、誠英は気付いていたのだろうか。
嫌われたのでは、と怯える清乃の頬を、誠英は宥めるように優しく撫でた。
「案ずるな。清乃が心安く過ごせるならそれでいい。彼奴らをもっと悲惨な目に遭わせたいのなら、いくらでもしてやるぞ?」
もっとだなんて、とんでもない力を持っている半妖の誠英が言うとシャレにならない。だが、嫌われていないと分かり清乃は心底ホッとした。
「いいえ、これで充分です。ありがとうございます」
「そうか。ならば、そろそろ行くか」
誠英は当たり前のように清乃を抱き上げる。
すると不意に、ドンッと大きな音を立てて御堂の扉が開かれた。
「いたぞ! 聖女だ!」
「ヒッ、今度はなに⁉︎」
「やはり城へ戻っていたか。魔鬼討伐に失敗したというのに、元の世界へ帰るなど許さぬ!」
「やだ、近づかないでよ!」
なだれ込んで来たのは、甲冑を着た数名の皇子と兵士たちだ。皇帝が死んだ事を知らないのか、元から誠英の事は無視してきたからなのかは分からないが、彼らは誠英を一瞥もせずに綺羅蘭たちを取り囲む。
慌てた様子で暴れ出した綺羅蘭たちの魔法で、御堂の壁が一部吹き飛んだ。これ幸いと、誠英はその穴から清乃を抱えて飛び出した。




