63:都へ
元々誠英は、清乃と燦景だけ連れ帰るつもりだったらしい。転移するとはいえ、風間も含めると一度で都までは行けないという。
だが、だからといって綺羅蘭のように誰かを見捨てようなんてするはずもなく、中間地点を設け二度の転移で向かう事になった。
その話を聞いた風間は複雑そうだ。無力な清乃だけを連れ帰る予定だったというのはまだしも、転移なんて出来るなら最初からやり方を教えてくれていれば、いざという時にすぐ逃げられたのではないかと思って当然だろう。
それに対して、誠英は「この陣はお前たちの力では動かせない」と話す。実際、最初の転移は燦景が担ってくれたから、妖力か神通力で動くものなのだろうなと清乃は理解した。
けれど一度は納得した風間も、転移を終えた先で再び怒り出した。
「どういうことだよ! こんな強いなら、最初からあんたが戦えば良かっただろ? 俺たちを召喚する必要あったのか⁉︎」
魔鬼が増えていたのは、神山だけではなかった。最初の転移先に着いた途端、大量の魔鬼に清乃たちは襲われた。
それを誠英があっという間に倒してしまったのだから、風間がそう思っても仕方ない。清乃だって何も知らなければ、同じように不満を感じただろう。でもそれで誠英を責められるのは嫌だった。
召喚が行われた本当の理由は、神獣を倒すためだ。ただそれは、あくまでも誠英たちの計画だった。
その計画に乗せられたとはいえ、最終的に召喚の決定を下したのは皇帝だ。皇帝も他の皇子たちも、当然ながら神通力を持っている。神通力は神獣から与えられた力で、だからこそ魔鬼に対して絶大な効果がある。彼らが動けば魔鬼は倒せるはずなのに、皇帝はそれを怠って異世界人を召喚すると決めたのだ。その責を誠英に求めるのは違う。
「風間くん、怒らないで。誠英様は、お城から出してもらえなかったんだよ」
「城から出られないって、何で?」
「誠英様は皇子だけど冷遇されてたの。お世話をする人も、私が行くまでは誰もいなかったんだよ。ボロボロのお化け屋敷みたいなところに暮らしてたぐらいなの」
「へえ。だから手柄も持たせたくなかったってことか。やっぱあの皇帝、クズだな」
全てを話すことは出来なかったけれど、風間は理解してくれたようだ。それでも思う所があるようで、風間は誠英を睨んだ。
「だとしてもさ、今は出てきてるだろ。それはどう説明する気なんだ?」
「いくら止められようが、清乃を放っておくわけにはいかなかったからな。皇帝に咎められても、もう聞く気はない」
「それだけ委員長のことが大事ってことなのかよ……」
風間は葛藤を紛らわすかのように頭をグシャグシャと掻くと、はぁとため息を漏らした。
「なら、何があっても委員長のこと守れよ」
「言われなくとも」
「じゃあ、早く行こうぜ。先生を迎えに行かないと」
何かが吹っ切れたように風間は笑った。風間が何を考えていたのか分からないが、久しぶりに屈託のない風間の笑顔を見れたような気がして清乃はホッとした。
転移にはよほど力を使うのか、すでに燦景は疲れ切っている様子だった。二度目の転移は誠英が担い、清乃たちは一気に都の端の山へ出る。
皇家の墓があるという山からは、都の全景が見渡せた。そこから見える景色は壮絶なもので、清乃は息を呑む。誠英が宥めるように清乃の肩を抱き寄せ、風間が愕然とした様子で目を見張った。
「うわ、酷いな。ここまでこんな事になってるのかよ……!」
都の外から魔鬼が押し寄せるだけでなく、内からも発生しているようだ。人々は逃げ惑い、家々からは火の手が上がっている。
そんな中でも城だけは守ろうと兵士たちが奮闘しており、そこへ市民も逃げ込もうとするが、皇帝はそれを許していないのだろう。あろう事か、兵士たちは民にも剣を向けているようだ。
まさに阿鼻叫喚の図が、眼下に展開されていた。
「クソッ、あいつらマジで腹立つな!」
「あれに怒ってくれるのか、お前も」
「当たり前だろう! でもこれも、俺たちがちゃんと魔鬼を倒せなかったからなんだよな……」
風間がそう悪い人間ではないのだと、誠英も気付いたのだろう。フッと笑みを浮かべて、都の一角を指し示した。
「そう気に病むな。この国の者も、柔な者ばかりではない」
誠英たちの計画の協力者なのだろうか。包丁や農具など武器になりそうな物を手に立ち向かっている者たちもいるようで、彼らは一致団結して魔鬼に立ち向かい逃げ惑う人々を保護している。
その中に妖怪だろう特殊な力を持つ異形がいるのに気づき、風間は驚いていた。
「あいつらは? 魔鬼とは違うのか?」
「彼らは妖怪だ。全くの別物だし、むしろ我々の味方だ。心配するな」
「妖怪なんているのかよ。どうせなら、もっと早くに見たかった」
食い入るように妖怪を見つめる風間の様子に、誠英と燦景は苦笑して視線を交わす。これほどあっさり受け入れられるとは思わなかったのだろう。
とはいえ、もうすぐ元の世界へ帰る風間にわざわざ正体を明かす気はないらしい。誠英は淡々と話を続けた。
「この混乱を、皇帝は収められない。蜂起は波に乗り、いずれ国は打ち倒されるだろう。そうなれば、あとは民自身が暮らしやすいように整えていく。だからお前が気に病む必要はない」
「蜂起? もしかしてあんたは、こうなるって知ってたのか?」
「さあ、どうだろうな?」
煙に巻くように口角を上げた誠英に、風間は「皇子の反乱ってことかよ。腹黒じゃねーか」と毒づきながらもどこかホッとしたように肩の力を抜いていた。
それを見て誠英は、もう大丈夫だと判断したのだろう。疲れた様子の燦景に振り向きここに残って休んでいるように伝えると、清乃を抱き上げた。
「誠英様⁉︎」
「北陽宮まで向かうのに、お前の足では心許ない。大人しく捕まっておけ。勇者は着いてこれるな?」
「もちろん。何なら俺が委員長を連れて行こうか? あんたの方が、魔鬼を倒すの早いだろ?」
「問題ない。余計なことを考えるより、遅れないように気をつけろ。行くぞ、清乃」
言うが早いか、誠英は木の上を跳ぶようにして一気に山を駆け降りる。あまりの事に清乃は悲鳴を上げそうになるが、必死に誠英の首元に縋り付いた。
それに誠英がクスリと笑うから、清乃は思わず唇を尖らせる。そんな清乃の耳元に、誠英は囁いた。
「私が清乃を離すわけがないだろう?」
その優しい声音が嬉しくて、でも言葉を返すにはあまりに速すぎた。清乃はギュッと抱きつく力を込める事で信頼を示す。
この世界に残るかどうかの答えをまだ保留にしている清乃は、とんでもない卑怯者だ。それでも誠英は変わらずに甘やかして、真っ直ぐに愛を伝えてくれる。
その度にやっぱり誠英のそばを離れたくないと思うけれど、どうしたって父の事が、綺羅蘭たちの事が頭を過ぎる。どうすればこの葛藤に決着を着けられるのか、清乃にもわからない。苦しい想いが胸に広がる。
そんな清乃の気持ちを分かっているとでもいうように、誠英も清乃を抱く手に力を込めた。
いっそこのままどこかへ攫ってくれたらいいのにとも思うけれど、そんな無責任な事はしたくない。清乃はきちんと自分の意志で父の復讐を手放し、誠英の手を取りたかった。




