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59:赤く染まる

タグをつけるほどにならない程度の表現に留めてありますが、不穏、不快な流れの一話となります。(しかもいつもより文量多め)

心配な人は次話更新を待ってから一気に読んで頂いた方がいいかもしれません。(明後日には投稿すると思います)


というわけでよろしくお願いします!




「はー、面倒くせー。あの化け物、どこまで出てくるんだ? まさかもうどこ行ってもこんな感じとか言わねーよな?」

「どうなんだ、菅原」

「そこまでは私も分からないよ」

「何だよ、やっぱ委員長って役に立たないよなー」

「ごめん……」


 洞穴というより、岩陰といった方がいいだろう。山裾にある張り出した岩盤との隙間に五人は身を潜める。

 日野と竹井はそこから平原に蠢く黒い塊を眺めると、あからさまにため息を漏らした。


 四神を倒せば、ある程度魔鬼が増えるという事は清乃も予想していた。清乃でも考え付くのだから当然誠英たちもそう思っていただろうし、だからこそ誠英は心配して燦景を付けてくれたのだと思う。

 けれど誠英たちもさすがにこれほどまでとは思っていなかったのではないだろうか。もし分かっていたのなら、燦景だってあんなに焦ったり困ったりはしなかったはずだ。


 どこまで魔鬼が増えているのかなんて、きっと誰にも予想はつかないだろう。清乃に言われても困ってしまう。

 清乃が俯くと、風間が宥めるように声を挟んでくれた。


「それより、これからどうするか考えよう。どうせこの感じだと、馬や馬車もやられてると思う」


 噴火の影響がどの程度平原まであったのかはわからないが、これだけ魔鬼がいるのならどちらにせよ野営地に残してきた兵士たちは無事ではいられないだろう。せめて逃げ帰っている事を願うばかりだ。

 となるとここからは徒歩で都を目指すしかないが、魔鬼の群れをどうやって突破すればいいのか、戦う力を持たない清乃には何も思いつかない。


 すると綺羅蘭が口を開いた。


「それなら飛ぶしかないんじゃないかな? こんな場所じゃすぐ見つかっちゃうだろうし、早く動いた方がいいよね。ね、ハルくん。どこまで飛べる?」

「あー、さすがにオレでも城まで一気には無理かな。途中何回か休んでMP回復させたら、まあ何とかいけるかも。ただ、運べるのは四人が限界だろーな。あれ結構コントロール難しいんだよね。瞬間移動とかあれば良かったんだけどなー」

「四人か……。全員が無理なら、他の方法を考えないと」


 さて、どうすればと風間は考え始めたが、清乃は朱雀戦の様子を思い出した。


「風間くんと竹井くんも飛べるんじゃないの?」

「俺たちが飛べるのは短距離だけなんだ。俺も竹井も、日野ほどMPは高くないから」


 どうやら長距離を飛べるのは日野の魔法だけらしい。召喚で得た力にはそれぞれ個性があるのだなと、清乃は改めて思う。

 日野の返事を聞いた綺羅蘭が、いい事を思いついたとでも言うようにニッコリと笑った。


「良かった。それならすぐ帰れるね」

「どうやって?」

「簡単だよ。清乃を置いていけばいいんだよ」

「え……?」

「は……? 如月、冗談だよな?」


 あんまりな言葉に、清乃は唖然としてしまう。清乃と同じく、信じられないと目を見開いた風間に、綺羅蘭は不思議そうに首を傾げた。


「冗談なんか言ってないよ。飛べるのは四人だけなんだから、それで全部上手くいくでしょ?」

「ふざけんなよ! なんでそんなこと平気な顔して言えるんだよ!」


 もはや清乃は何と言っていいのか分からなかった。激昂してくれる風間を、ぼんやりと眺める。

 一方、怒鳴られているはずの綺羅蘭は、心底不思議そうに笑った。


「どうせ清乃は役立たずなんだから、別にいいじゃない。あ、そうだ! せっかくだし、さっきの兵士みたいに清乃も囮になってくれたらいいよ。そうしたら私たちが飛ぶ時も安全になるから。これで清乃も役に立てるね!」

「意味わかんねえよ! 如月は、委員長と従姉妹なんじゃないのか⁉︎ そんなことしたら死ぬんだぞ!」

「もちろん分かってるよ。従姉妹だから清乃も私の役に立たせてあげようって思ったんだよ。伯父さんだってそうだったんだし、使ってあげるんだからむしろ優しいと思うけど」

「伯父さんって、私のお父さんのこと……?」


 突然出てきた伯父という言葉に、清乃は驚いた。そんな清乃に、綺羅蘭は当たり前だとでもいうように頷いた。


「そうだよ。うちのパパのために伯父さんは死んでくれたんだから、清乃だって同じことをしてくれればいいの」

「なにそれ……どういうこと?」

「あれ? 知らなかったんだ? どうせこれで最後だし、教えてあげるね。伯父さんは、うちのパパを庇って死んだんだよ」


 叔父を庇って父が死んだ……?

 思いがけない話に唖然とする清乃に、綺羅蘭は嬉々として話し出した。


 八年前、祖父母の七回忌の帰り道で清乃の父は事故を起こし亡くなったと清乃は聞いていた。そこに叔父が同乗していて大怪我を負ってしまったとも聞いたから、そんな目に遭っても恨まずに清乃を引き取ってくれた叔父に感謝していた。

 ところが事実は全く違っていたらしい。当時、清乃の父は前日まで熱を出した清乃の看病をしていて寝不足だった。そのため法事の帰り道、叔父が代わりに父の車を運転する事になったそうだ。ところが、雨の降る山道で叔父はカーブを曲がり切れなかった。


「車から投げ出されて崖から落ちそうになったパパを、伯父さんは助けてくれたらしいよ。でも代わりに自分が車と一緒に落ちちゃったんだって。バカだよねー!」


 崖下に落ちても、父親はまだ生きていた。その場ですぐ救助を呼べば助かったはずだった。けれど……。


「パパはすっごくビックリしちゃったみたいで、ママに電話してきたの。それでね、ママはすっごく良い事を思いついたわけ。そのまま伯父さんが死んじゃえば、事故は伯父さんのせいに出来るし、遺産だってもらえるでしょ? だからそのままにしてもらったの!」


 気弱な叔父は、叔母に言われるがままに清乃の父を放置して死なせた。スマホは事故で壊れて、自分も怪我をしていたために助けを呼べなかったのだと偽り、誰にも疑われる事はなかった。

 そして叔父は清乃の後見人になり、清乃が受け取るはずだった遺産をも使い込んだ。


「伯父さんは良い会社で働いてたんでしょ? めちゃくちゃお金貯めてたらしいよ。おかげでママが借りてたお金はそれで帳消しに出来たみたい。清乃っていうお荷物が来ちゃって邪魔だったけど、そこだけは本当ラッキーだったってママも言ってたんだぁ」


 父の借金を返済するために、住み慣れた家も手放して無一文で叔父の世話になるしかないと思ってきた。けれどそれも嘘だった。清乃の父は借金なんてしていなかった。


「なにそれ……何よそれ……!」


 あまりの怒りに、清乃は目の前が真っ赤に染まった気がした。

 大好きだった父親も思い出の残る家も、父が懸命に働いて清乃のためにと残していてくれた資産も、何もかも全てを綺羅蘭が、叔母と叔父が奪っていた。自分たちの楽しみのために。


「私が、お父さんが何をしたっていうの! 何でそんな目に遭わなきゃいけないの!」

「キャッ! やだ、こわーい!」

「やめろ、菅原」

「逃げるな! 放して!」


 清乃は怒りのまま綺羅蘭に掴みかかろうとしたが、竹井に抑えこまれた。必死に暴れるが、竹井の力は強くビクともしない。

 風間が信じられないと、綺羅蘭を見つめていた。


「如月、今の話本当なのか?」

「本当だよ? 嘘言ってもしょうがないでしょ?」

「なんでそんな……。ていうか、竹井、日野! お前らも何でそんな笑っていられんだよ! まさかお前らは、如月の親が人殺しだって知ってたのか⁉︎」

「そりゃ知ってるよ。オレも竹井もキララちゃんの幼馴染だし。ていうか、キララちゃんの親を悪く言うのやめてくんない?」

「なんだよそれ……竹井も如月の味方だっていうのか⁉︎」

「当たり前だ。どうせ死んだ命は戻らないんだ。その金でキララが幸せに暮らせるならそれでいいだろう」

「いいわけあるか! お前ら頭おかしいよ……!」


 旅の中で、風間も綺羅蘭たちの感覚にはついていけないと思うようになっていたが、さすがにこれは想像以上の異常さだった。


 風間だって魔鬼との戦いは正直ゲーム感覚でいたし、この国の人々の事もどこか他人事ではあったけれど、だからといって死んでいいなんて思った事はない。

 けれど綺羅蘭たちは違う。彼女らは、人の命そのものを本当に何とも思っていないのだ。


 それに気付いた風間は顔を真っ青にして、額に手を当て目眩を堪える。

 そんな風間を横目に、綺羅蘭は竹井に抑え込まれつつも暴れ続ける清乃の顔を覗き込んできた。


「伯父さんがパパのために死んでくれたって意味、分かった?」

「分かるわけないでしょ! 人殺し! 絶対に許さない! お父さんを返して!」

「もー、うるさいなぁ。そんなに会いたいなら、伯父さんと同じところに行けばいいじゃない。私のために清乃も死んで? シュンくん、お願い」

「ああ」

「な……! おい、待て!」

「キララァァァ!」


 綺羅蘭の指示で、竹井は豪快に清乃を平原に向かって投げ飛ばした。風間が止めようとしてくれたけれど間に合わず、清乃は怒声を上げたまま宙を舞う。

 竹井は何らかの魔法を使って投げたのか、とんでもない勢いで清乃は平原まで真っ直ぐに吹き飛んでいった。


「くそっ、委員長! お前ら……それでも人間かよ! 絶対許さないからな!」


 吐き捨てるように言って、風間は慌てて清乃を追いかける。綺羅蘭は眼下に消えていく風間を、残念そうに眺めた。


「あーあ。リュウくんが清乃につくなんてガッカリ。カッコよかったのになぁ」

「ま、あいつはその程度だったんだって」

「キララには俺たちがいるだろう。落ち込むな」

「うん、そーだね。行こっか」


 日野の魔法で三人は宙に浮き、都を目指して飛んでいく。何度か転がりながらも平原に落ちた清乃は、土に這いつくばりながら上空を飛ぶ三つの影を睨み上げた。


「許さない……! 許さない!」


 清乃を囮にするために、どうやら綺羅蘭は最低限の結界を張っていたようだった。いつの間にやら眼鏡はどこかに飛んでしまったようだが、おかげで清乃に怪我はなく、ただ憎悪を燃やしていた。


 清乃の怒りに呼応するように、周囲に次々と黒い靄が現れて形を成していく。

 魔鬼は妬み嫉みのみならず、憎しみや悲しみ、怒りなどの負の感情を基に生まれてくる。神獣というストッパーが消えた今、清乃の強い憤怒はこの地の澱みと混ざり合い、大量の魔鬼となって綺羅蘭たちの後を追い始めた。


 けれどそれは清乃の怒りから生まれた魔鬼だけだ。すでに行き場を失っている魔鬼たちは、新たに現れた憎悪を求めて逆に清乃に近寄ってきた。

 だが、憎しみに囚われた清乃の目にそれは映らない。恐怖も危機感も何も感じないまま、ただ突き動かされるように清乃は憎い綺羅蘭を追って駆け出そうとした。


 そんな清乃を止めたのは、追いかけてきた風間だった。


「待ってくれ、委員長!」

「放して、風間くん!」

「委員長、その顔……」


 壮絶に歪んだ怒りの形相にか、それとも眼鏡のない清乃の素顔に驚いたのか。風間は一瞬だけ息を呑んだが、すぐにハッとして表情を引き締めた。


「委員長の気持ちは分かる。でも今は危ないから下がれ!」


 ドンと後ろに突き飛ばされると同時、風間は襲い掛かってきた魔鬼と戦い始めた。

 そうなって初めて、清乃は自分の置かれている状況に気が付いた。


「風間くん……! ごめん、ごめんなさい!」

「いいから、委員長は隠れてろ!」


 剣と魔法を使い風間は必死に応戦してくれているが、魔鬼の数は夥しい量だ。清乃を庇いながらたった一人で戦うなんて、いくら風間でも無理だろう。


「風間くん、もういいから! 風間くんだけでも逃げて!」

「そんなこと出来るかよ! あんな話聞いて、放っておけるか!」

「でも、でも……!」

「委員長は、こんなところで死ぬわけにいかないだろう⁉︎ ちゃんと帰って、親父さんの無念を晴らしてやれよ!」

「風間くん……!」


 まさか風間がこんなにも、清乃のことを考えてくれるとは思わなかった。全身を傷だらけになりながらも戦い続ける風間の姿に、清乃の目から涙がポロポロと溢れる。

 けれどそれも、やがて終わりを迎えた。


「うわあああぁぁ!」

「風間くん! いやぁぁぁ!」


 一斉に魔鬼に飛び掛かられた風間が絶叫を上げた。断末魔のような叫びと共に地が赤く染まり、清乃は悲鳴を上げる。


(風間くんが死んじゃった……。私のせいだ……私がいたから……)


 魔鬼の群れは一斉に清乃に向き直り、牙を剥く。清乃の全身が凍りついたように動かなくなり、カタカタと震えた。

 それは風間が死んでしまった事への恐怖なのか、それとも次は自分の番だと死への恐怖なのか、清乃には分からない。ただ清乃の口からは、縋るように掠れた声が漏れた。


「誠英様……」


 必ず生きて帰ると決めたのに、叶わないのか。近づいてくる魔鬼の牙をスローモーションのように眺めながら、清乃は絶望に打ちひしがれる。

 その時、不意に狐の遠吠えのような声が辺りに響いた。

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