58:囮
身の安全が確保出来ると、綺羅蘭たちは清乃に詰め寄ってきた。知っている事を洗いざらい話せと言われたけれど、清乃に言えることなんてこれまでとほぼ変わらない。
噴火がなぜ起きたのかは専門家でもない清乃には分かりようがない。火口に朱雀が落ちた事や、その時に巨大な氷柱も一緒に落ちた事もキッカケになったのかもしれないと思うけれど、それを明言出来る根拠はないし、言った所で日野が怒るだろう。
魔鬼については本で知ったとして、ボスだと思っていたのは神獣だった事や龍脈との関係も改めて話した。最後の神獣となった朱雀を倒した事で、これまでどうにか繋がれていた龍脈が完全に途絶えたから魔鬼が一気に現れたのだと思う。
以前はまともに聞いてもらえなかった話を、ようやく綺羅蘭たちも納得出来たようだけれど今さらだ。
そんな本があったのに倒すよう指示した皇帝は馬鹿だとか散々文句を言った挙句、最終的には以前と同じように、この国がどうなろうと関係ないから日本に帰れればそれでいいと綺羅蘭たちは気持ちを切り替えていた。
「とりあえず飯にしよーぜ。もうオレ、腹減りすぎて死にそう」
「昼も食えなかったからな。キララも疲れただろう」
「うん。なんか赤いマグマ見てると、キムチ鍋とか食べたくなるね」
「うあー、分かるわー。てか、こんだけ熱いんならその辺に肉置いといたら焼けるんじゃね?」
「焼き肉か。それも美味そうだな」
「ねぇ清乃、ご飯炊いてよ。それから焼肉のタレも作って?」
清乃には信じられない事だったけれど、この世界の事はどうでもいいというのは綺羅蘭たちの本心だったようだ。
清乃よりずっと長く共に旅をしてきた仲間だというのに、噴火に巻き込まれてしまった将軍たちや、平原に残してきた馬や残りの兵が無事なのかも全く気にならないらしい。
洞穴の外を流れる灼熱のマグマを眺めながら、綺羅蘭たちは呑気に食事を作るよう清乃に言い付けてくる。
唖然としてしまったけれど、どちらにしろしばらくは出られないし、魔力を回復させるのにも必要だと言われては用意しないわけにはいかないだろう。
清乃と同じく未だ緊張の解けていない風間と燦景も、呆れたような表情を浮かべつつ頷いたのを見て、清乃は洞穴の奥で調理を始めた。
綺羅蘭たちは宣言通り溶岩流で肉を焼こうとして箸ごと燃やしたりしつつ、清乃が要望に合わせて作った四川風の辛鍋を堪能すると眠ってしまった。なぜこんなにいつも通りに過ごせるのか、馬鹿騒ぎが出来るのか、本当に理解出来ない。
とはいえ、清乃もあまりに疲労が溜まっていたのだろう。さすがに食欲は湧かず食べられなかったけれど、片付けを終えるといつの間にか船を漕いでいた。
そうしてどれだけ眠ってしまったのか。ふと気がつくと、旅の間はいつだってそばにいてくれた燦景の姿が消えていた。
洞穴の奥は綺羅蘭たちが使っているはずだ。入り口の近くにいるのかと歩いて行くと、風間が座っていた。
「委員長、起きたのか?」
「うん。ごめんね、寝ちゃって。風間くんは起きてたの? 呂燦景がいないんだけど、奥の方にいるのかな? 何か知らない?」
「ああ。俺もあんまり眠れなくて早めに起きたから、一応あの人と見張りしてたんだよ。そしたら、なんか噴火が止まったみたいでさ。外の様子を見てくるってさっき出て行った」
噴煙の影響なのか元からあった黒雲が今も残っているのかは分からないが、外を窺ってみれば空は真っ暗だった。外気で冷えて固まり始めた溶岩流が仄かに辺りを照らすだけで、今が昼なのか夜なのかも分からない。
そんな、足元すら見るのが大変な中に燦景は出かけていったのかと心配になる。
「委員長、あの人とずいぶん仲良いんだな」
「うん……ずっと一緒に旅して来たから」
「ああ、荷馬車を運転してたのあの人だっけ。だからなのか。委員長のこと、あの人も心配してたからさ」
見張りをしている間、風間は燦景と色んな話をしたらしい。燦景は清乃を残して洞穴を出るのを迷っていたらしいが、風間に清乃の事を頼んで出かけていったそうだ。
綺羅蘭たちの事は過剰なぐらいに警戒していた燦景だけれど、これまで何度も風間には助けられたし、直接話した事で風間は信用出来ると判断したのだろう。
清乃としても、風間がいてくれて良かったと思えた。これまでも何度も思っていたけれど、こんな状況下で普通に食事をして眠れる綺羅蘭たちの感覚は全く理解出来ない。ここまでくると、呆れるというよりむしろ怖いぐらいに思っている。
そんな中でもし一人で残されていたらと思うと鳥肌が立つ。もし風間がいなければ、燦景の帰りを大人しく待つ事なんて出来なかったに違いない。
それでもやはり緊張はしていたようで、ようやく燦景が戻ってくると清乃はホッと息を吐いた。とはいえ、あまり安心してもいられなかった。
「起きてたんだね、ちょうど良かった。今のうちに下山しよう。聖女たちは?」
「まだ寝てるよ。すぐ起こすね」
燦景の話によると、今現在近くに魔鬼は見当たらないらしい。次の噴火がいつ来るのかも分からないが、もしこれで噴火が終わりだった場合、魔鬼に囲まれる危険があるから早目に出発した方がいいという。
けれど綺羅蘭たちはどうにも危機感が薄いようで、起きるのを渋る上になかなか動いてはくれなかった。
「すぐに出発なんて出来るわけないでしょ! 可愛くない清乃には分からないだろうけど、私には色々準備があるんだから!」
「菅原。そんなに急ぎたいなら、キララを手伝ってやれよ」
「あー、腹減った。委員長、朝飯はー?」
綺羅蘭は丁寧に化粧までしようとするし、日野は朝食まで食べたいと言い出した。昨夜のうちに用意していたおにぎりを出して綺羅蘭の支度も手伝い、清乃は出来る限り綺羅蘭たちを急かした。
「もー、まだ真っ暗じゃない! こんなに急いで出なくても良かったんじゃないの?」
「キララだって早くちゃんとした場所で休みたいでしょう? それに食材だって、もうそんなにないんだよ」
プリプリと怒る綺羅蘭を宥めて、どうにか洞穴を出る。相変わらず空は黒く、足元は見え難い上にまだ固まっていない溶岩などもあって危険な場所も多い。
燦景がある程度見つけてきてくれた安全そうな場所を辿って、慎重に降りていく。
だが出発が遅かったからか、そう進まないうちに山頂付近から何かが蠢くような音が響いた。
「まずい、魔鬼だ! 走って!」
視界も足場も悪い上に、どれだけいるのか分からない魔鬼を相手にするのはあまりにも分が悪い。
さすがに綺羅蘭たちも戦おうとは思わなかったようで、燦景の言葉に素直に従う。燦景の案内でどうにか山腹にある洞穴にたどり着く事が出来たが、このまま逃げ切るのは難しそうだった。
「私が魔鬼を引き付けるから、その隙に行って」
「呂燦景、何言って……!」
「それすごく良い考えね!」
「さすが皇帝が付けてくれた兵士だな」
「一人でも残っててラッキーだったぜ」
「ごめんな。恩に着るよ」
「そんな、どうして……!」
とんでもない事を言い出した燦景を清乃は止めようとしたけれど、綺羅蘭たちは嬉々として受け入れる。
風間まで受け入れてしまい愕然とする清乃に、燦景は微笑んだ。
「私なら大丈夫。必ず追いつくから、あんたもちゃんと逃げな」
「呂燦景……」
「早くしないともっと魔鬼は増えるはずだ。ここに篭っていても、状況は悪くなるだけなんだよ」
燦景は清乃の耳元でこっそりと「別行動の方が私も動きやすいんだ」とも囁いた。
確かに本性を現して戦うためにはその方がいいだろう。清乃は迷いながらも頷いた。
「必ず来てね。待ってるから」
「ありがとう。気をつけて行くんだよ」
燦景は笑って走っていく。彼の背を見送ると、清乃たちもすぐに洞穴を出た。けれどそう簡単にはいかないようで、下界にも魔鬼は出ていたようだ。
山頂から離れるにつれて空は明るさを取り戻し、噴火の影響でまっさらになった山肌から眼下に広がる平原は遠くまで見通せる。そこに無数の魔鬼が蠢く様子を見て取って、ようやく山裾まで降りたというのに清乃たちは再び身を隠すしかなかった。




