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55:浮き上がる本性

 一度やって箍が外れてしまったのか、次の町から将軍と兵士たちは何の躊躇もなく町の人々から物資を徴収するようになった。抵抗する者を容赦なく斬り捨てる様は、もはや盗賊と何ら変わりない。だがすぐにそれも面倒だと思ったのか、わざわざ先触れを出して脅しつけ、向こうから様々な品を差し出させるようになった。

 とはいえそれも、住民たちが協力して集めたというわけではなさそうだ。町や村の長が特に弱い者たちから奪い取って納めているらしく、時折惨たらしい遺体を目にする事もある。


 そんな経緯で手に入れた食糧が、綺羅蘭たちだけでなく一行の料理にも使われる。それを調理するのは清乃であり、望んだわけではないけれど結局悪行の片棒を担いでいるという事実に嫌気がさす。

 おかげで清乃はすっかり食が細くなってしまった。旅の疲れも重なり、せっかく誠英の元で健康的になった身体はまた痩せ始めている。

 心配した燦景が、残ってる住民は悪人ばかりなのだから死んでも因果応報だ、気にするなと言ってくれるけれど、清乃は頷く事なんて出来ない。かといって彼らを責める気にもなれなかった。


 住民たちは生きるために必死なだけだ。弱者を犠牲にするというやり方は良くないとは思うけれど、そうしなければ生きられない。

 将軍や兵士たちは、国を救うために聖女に動いてもらう必要があるから非情に手を下している。

 そして風間は、元の世界に帰りたい一心でそれらから目を逸らしている。決してこれらの行為を良しとはしていないけれど、仕方なしに受け入れているようだ。だからか、風間もここ最近は食が進まない様子だった。


 皆それぞれ身を守るために行なっているのだから、思う所はあっても何もしてやれない清乃に責められるはずもない。清乃だって自己保身に走っているのだから、根幹では彼らと同じだと自嘲する。


 けれど綺羅蘭と日野、竹井は違う。誰かを踏みつけにしてまで得たというのに、質が悪いとか思っていたものと違うとかとにかく文句が多い。

 そしてそうする理由は、ただ自分たちが楽しみたいがためだ。何一つ共感なんて出来なくて、同じ人間のはずなのに全く別な生き物と接しているような気分になる。


 なぜ綺羅蘭たちはそんな事が出来るのか、清乃は不思議で堪らない。それはどうやら風間も同じく感じているようで、ある日清乃にごめんと話しかけてきた。


「委員長は如月の従姉妹なのにこんな事言うのも何だけど……。あいつ、ちょっとおかしくないか? なんであんなに平気そうにしてるんだ? 前からあんなだった?」

「うん、たぶん。私もあそこまでとは思わなかったけど」

「もしかして委員長も、あんな感じで酷いことされてたりしたのか?」


 風間の問いに頷きたい所だけれど、別に清乃はこれまでの仕打ちを訴えたいわけではない。

 何と答えていいのかと悩んでいると、風間は痛ましげに眉根を寄せた。


「今まで本当ごめんな。俺、如月の言うことばっか信じててさ。あいつがあんな性格だって知らなかったから」

「ううん、いいの。綺羅蘭のこと信じちゃうのは分かるから。私も諦めて何も言わなかったし」

「本当、委員長って良い奴だよな。料理もうまいしさ。如月よりずっといいよ」

「そんなおだてなくてもいいよ。本当に気にしてないから」

「いや、機嫌取ろうとかそういうんじゃなくて、マジな話だから」


 風間もよほど和食に飢えていたのか、清乃の作る料理をきっかけにずいぶんと態度を軟化させていた。

 そこに綺羅蘭の本性を知って、より一層清乃への見方を変えてくれたようだ。お世辞だと思っても、清乃は嬉しかった。


「ありがとう。風間くんもけっこうちゃんとした人なんだなって私も思うよ」

「うわ、今更⁉︎ まぁ、今までが今までだから、俺の評価はそんなものかぁ」


 色々辛い事はあるけれど、こうしてまた理解者が増えてくれた事は喜ばしいと思う。

 とはいえ、風間と愚痴を言い合っても綺羅蘭たちの行いを止められるわけではない。何も出来ない事が、清乃は嫌で仕方なかった。


 そんな清乃の葛藤に気付いたのか、燦景が早めに討伐を終えて帰りに旅を楽しめばどうかと、綺羅蘭たちに進言してくれた。おかげでどうにか寄り道は止まって真っ直ぐ神山へ向かう事になった。

 燦景に嘘をつかせてしまったと清乃は落ち込んだけれど、当の本人はむしろこれで計画が早まると満足気に笑ってくれたから、救われた気がした。




 そうして少々予定よりも早く、清乃たちは南の神山を目視出来る平原までたどり着いた。

 もはや荒野といって差し支えないようなひび割れた大地の先には、雷光を伴う黒雲を背負った高い山が鎮座している。その麓は元々は緑豊かな森だったのだろうが今や完全に枯れているようで、山火事でも起きているのか所々に火が上がって見える。


 その枯れた森には、黒い靄のようなものが蠢いていた。どうやらそれが魔鬼のようで、これ以上近づくと周囲を囲まれて襲われるからと、平原に野営地を築くらしい。

 そこを基点として、風間や綺羅蘭たちは神山に何度も入って魔鬼を間引き、ボスへと到る道を開くようだった。


「うわぁ、すごい真っ黒だね」

「さすがラストダンジョンって感じ。やり甲斐ありそー!」

「そうだな。だが俺たちなら楽勝だ。キララのためにもさっさと終わらせよう」

「あんまり気は抜かないようにな。準備が出来たなら行こう。委員長はここで待ってて」


 あんな場所へ行くのかと唖然とする清乃を横目に、綺羅蘭たちはやる気を見せて出かけて行った。

 風間だけが、留守番する清乃に充分気をつけるようにと言い残していく。清乃も風間に気をつけてと声をかけて、四人の背を見送った。


「勇者のこと、心配?」

「うん……。風間くんのことだけじゃないけどね」


 いつの間にか隣に立っていた燦景に問いかけられ、清乃は頷いた。


 どんなに性格が悪くても、綺羅蘭は血の繋がった従妹だ。どうなってもいいとは思えない。

 それに結局これまで彼らが戦う姿はほとんど見なかったし、遠目に見るだけでも魔鬼の量が物凄いのは分かる。仮に勝てるとしても無事では済まないのではないかと気が気ではない。


 けれど燦景が知りたかったのは、そんな事ではなかったようだ。


「へえ。ずいぶん仲良くなってるから、勇者に乗り換える気なのかと思ったけど違うんだ」

「え、何それ! そんなことあるわけないじゃない!」


 確かに風間とはより仲良くなれたと思うが、清乃の心は今も誠英のそばにある。待っていてくれる誠英の元に必ず無事に帰ろうと思うからこそ、綺羅蘭の無茶振りにも黙って耐え続けてきたのだ。


「それなら安心した。民の境遇にずいぶん悩んでたし、こんな事に巻き込んだのを恨んでるかと思ったから」

「そんなことないよ。確かに色々考えたりもしたけれど、この国がこうなったのは誠英様のせいじゃないって呂燦景も言ってたじゃない。それに私は誠英様と出会えて良かったと思ってるから、恨むなんて有り得ないよ」

「そっか」


 ホッとしたように笑う燦景に、ずいぶん心配をかけていたんだなと清乃は思った。

 同時に早く誠英に会いたいなとも思う。青藍城を出て、もう三週間も経っている。伝えたかった返事は今も変わりないのに、あまりに長い間待たせてしまっているのが心苦しい。


 そんな事を思っていると、神山の麓に閃光が走った。どうやら風間たちが戦いを始めたらしい。何が起きてるのか全く分からなかったが、その日一日でかなりの魔鬼を倒したらしく、日暮れ前に綺羅蘭たちは意気揚々と帰ってきた。


「ラスボスもあの山のてっぺんにいるのかな」

「たぶんそうじゃねーの? でも何かあの山、ちょっと変だったよな」

「ああ、変な臭いがしてたな。卵が腐ったみたいな」

「そこは如月に浄化魔法を使ってもらうとして、結構暑い所もあったし、もっと上に行くなら氷魔法も必要かもな」


 出かける前、竹井が楽勝だと言っていたがどうやら本当に綺羅蘭たちは強かったようだ。全く何の怪我もせず、大して疲れも見せていない姿に、清乃は驚きながらも夕食を出した。

 それにしても、暑いという事は南の神山は活火山なのではないだろうか。万が一噴火したら、風間たちは魔法が使えるとはいえ危険ではないだろうか。

 不安を感じた清乃は、恐る恐る声を挟んだ。


「あの、もしかしてあの山って火山なんじゃない? 頂上に行って大丈夫なの?」

「火山? ドーンって爆発するあの?」

「うん、そう。爆発っていうか噴火だけど。何がきっかけで噴火するか分からないし」

「ふーん。まあ、そうなっても私たちは大丈夫だけどぉ。もしかして清乃、怖かったりするの?」


 風間と対立するようになってから、綺羅蘭はもうほとんど猫を被るのをやめている。

 隠す事なく嘲るようにニヤニヤと笑う綺羅蘭の言葉に、清乃はハッとした。


 いくら離れているとはいえ、噴火の規模によっては清乃の待つキャンプ地も危険だろう。綺羅蘭たちの心配はいらないようだが、何の力も持たない清乃には対策など出来ない。

 もしかすると燦景が妖術で何とかしてくれるかもしれないが、それだってどこまで頼れるものなのか清乃は全く分からなかった。


「委員長たちは、もう少し離れた所に避難していた方がいいかもしれないな」

「はぁ? 風間、お前本気で言ってるのか?」

「委員長がいなかったら、誰が飯を作るんだよ! 変なこと言うなよな!」

「いや、でも……」


 顔を曇らせた清乃を気遣ってくれたのか、風間がそんな事を言い出した。けれどそれに、竹井と日野が噛み付く。

 綺羅蘭が良い事を思いついたとばかりに、ふふふと笑った。


「ねえ、それなら清乃も連れて行ってあげようよ」

「連れて行くって、まさかボス戦にか⁉︎」

「そうすれば私たちで守ってあげられるよ? リュウくんもその方が安心でしょう?」

「それはそうだけど、いくら何でも危なすぎる!」

「それならここで待たせておくの? どうなるか分からないのに」


 グッと押し黙った風間に、綺羅蘭は畳み掛けた。


「それにね、清乃だけズルイと思わない? 清乃だって私たちと一緒に召喚されたんだから、魔鬼との戦いがどんなものなのかちゃんと知るべきだと思うの」

「キララちゃん良いこと言うねー!」

「確かにな。キララは危険を冒すのに、菅原だけ何もせず待ってるだけなんておかしい」

「でも委員長は戦えないんだぞ」

「だからそこは守ってあげればいい話でしょう? 清乃も自分だけ逃げたりしないよね?」

「私は逃げる気なんて」

「ほら、清乃もこう言ってるし。連れて行ってあげようよ」


 風間は渋ってくれたが三体一では分が悪い。清乃も罪悪感からハッキリと拒絶出来なかったから、結局ボス戦への同行が決まってしまった。

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