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54:蹂躙するもの

 龍脈が滞った事で国が荒れているとは聞いていたし、盗賊の襲撃や風間の話もあって酷い状態なのだろうとは思っていた。

 だがそれでもまだ予想は足りなかったようだ。都を離れて南へ進めば進むほど、景色から緑が消えていく。

 地面は乾きだして草木は枯れ始め、空はどんよりと濁った色に変わる。常春の国と聞いていたのは何だったのかと思う有様だ。


 その影響は畑や家畜にも現れていて、よほど生活が苦しいのだろう、町や村で見かける人々の目も虚ろになっていく。

 おかげで旅も半ばを過ぎる頃には、盗賊がいるのはまだマシなのだと清乃は思い知った。本当に飢えている人々は、誰かを襲う余力など持っていないのだ。風間の言っていたように町ぐるみで狙われる事もあるにはあったけれど、そんな事が出来るのもまだ元気な証拠らしい。


 そんな状況だから、当たり前だけれど綺羅蘭の望みはほとんど叶えられなかった。七色に変わる湖は水そのものが澱んで見れるものではなかったし、他の景勝地も同様に様変わりしている。立ち寄った町や村では名物料理も食べられない。

 日に日に機嫌の悪くなる綺羅蘭を少しでも慰めたいと、日野と竹井が何かと手を回すけれどそれも空振りするばかりだ。そしてそのとばっちりは清乃にも向けられる。


 限られた食材を工夫して綺羅蘭好みの食事を用意しても、何だかんだと文句をつけられる。着替えや湯浴みなどの手伝いで女二人になれば、隠しもせずに罵倒されるし時には打たれたり蹴られたりもするから散々だ。

 ガス抜きを清乃が引き受けているから、綺羅蘭はまだ辛うじて皆の前で猫を被っていられるけれど、これはあまり保たないだろうなと思う。


 いい加減、寄り道などせずに真っ直ぐ目的の神山へ向かえばいいのではと清乃は冷めた気持ちでいるが、どうやらそうしないのは今回の旅が特殊だからという事のようだ。

 というのも、風間によればこれまで討伐で訪れた地では、神山にかなり近づかないとここまで荒れていなかったらしい。だから次の町ならまだ大丈夫なのではと、綺羅蘭たちは望みを捨てきれないようだ。


 ならば、なぜこんなにも南だけが荒れているのかと不思議に思う清乃に、答えをくれたのは燦景だった。


「分散してた魔鬼を今は朱雀が一手に引き受けているから、この辺りの被害が一番酷くなってるんだ」


 枯れ木ばかりというのは、薪に困らないという点ではとても便利だった。昼休憩の際、薪拾いに出かける時だけは手伝ってくれる燦景と好きなだけ会話出来る。


 そこで教えられた話によれば、四神は人々に危害を加えられないようにと魔鬼を自らの元へ集め間引いていたそうだ。そのため神山には魔鬼が多く巣食っていたというのに、逆にそれを利用して魔鬼を束ねる首魁だと討伐対象にするよう計画を立てて思考を誘導した誠英や諫莫は恐ろしいなと思う。

 東西南北に分散させられていた魔鬼が、今は唯一残った朱雀の元に引き寄せられている。そうして国中から集まった魔鬼の影響で、この南方一帯からより一層龍脈の力が奪われて貧しさが加速しているというのも、胸が痛む話だった。


「優しいあんたは辛いかもしれないけどさ。今ここらに残ってるのは、どうしようもない悪人と望んで残ってる善人だけだから。あんまり肩入れしない方がいいと思うよ。それにこうなるのは遅かれ早かれ同じだったし、少し早まっただけだから」


 誠英から聞いていた通り、妖怪たちに好意的な人々はすでに皆避難させられているらしい。その説得に応じなかった人々と、妖怪を受け入れられない人たちだけがこの一帯に取り残されているという。

 そして誠英の計画がなくてもそう遠くないうちに同じような事態に陥っていたから、悪く思わないでくれとも言われた。むしろ、時間が経てば経つほどもっと魔鬼も増えて収拾がつかなくなっていただろうとも燦景は話す。

 そんな事を言われなくとも今更誠英を嫌うなんて事はないけれど、疲弊した人々の姿を見ると、やはり清乃の心は穏やかではいられなかった。




 そんな葛藤を抱えながら旅を続けていた矢先。とある町にたどり着いた所でそれは起きた。

 ここまで立ち寄った町や村が想定よりずっと貧しかったために、なかなか食料や物資の補充が出来ずにいたのだけれど、これ以上寄り道を続けてしまえば神山まで保つかどうか怪しくなっていたのだ。


 それを知った兵士たちが買い出しに出向いてくれたけれど、当然ながら住民が生きるのにも苦労している貧しい町では手に入るものは限られてくる。そこでついに、綺羅蘭が本性を現した。


「えー? 寄り道を諦めるなんて、そんなの嫌だよ。買えなくて足りないって言っても、町の人たちは持ってるんでしょう? それをもらえばいいじゃない」

「いえ、ですがそれは……」

「私たちはこの国を助けるために旅をしてるんだから、そのぐらいしてくれたっていいと思うの。違う?」

「さっすがキララちゃん! ナイスアイディア!」

「そうだな。俺たちは何もしない奴らを助けてやるんだから、むしろ進んで提供するべきだろう」


 宿の一室に集まっていた綺羅蘭たちに、将軍は買い出しができなかった事を伝えた。

 それにコテンと首を傾げて返す綺羅蘭の顔は無邪気なものだが、言っていることはつまり、力や権力にものを言わせて住民の生活に必要な品を奪うという事だ。


 さすがに将軍が難色を示したけれど、日野と竹井が当たり前だというように迎合する。女官として同行してるに過ぎないオマケの清乃は発言なんて許されていないから、ハラハラしながら見守るしかない。

 そんな中で風間だけが、その話に眉を顰めた。


「ちょっと待てよ。この町の人たちの顔見ただろ? あんな痩せてて具合悪そうな人ばかりなのに、そんな事させるつもりなのか?」

「本当に困ってるなら都へ行けばいいでしょう? あそこなら食べ物たくさんあるんだし」

「如月、お前それ本気で言ってるわけじゃないよな」

「本気だよ? リュウくんは反対なの?」

「当たり前だ。神山まで真っ直ぐ行けば足りるなら、そうするべきだろ」

「でもぉ、それだって本当に足りるかは分からないじゃない? ラストダンジョンは苦戦するかもしれないし?」

「それはそうかもしれないけど……。なぁ、委員長。本当にそんなにヤバいのか?」

「みんながもう少し我慢してくれるなら、もっと引き伸ばす事は出来るよ」


 町や村では宿こそ借りれるものの、実を言えば出される食事は綺羅蘭たちが満足出来るようなものではないから、清乃が数品調理して追加で出す事も多かった。それらもやめれば、神山で多少時間がかかろうが余裕で足りるだろう。

 発言出来る機会が得られた事にホッとしつつそう言うと、綺羅蘭はあからさまに嫌そうに顔を歪めた。


「今だって我慢してるのに、これ以上何を我慢しろっていうの? 清乃は平気かもしれないけど、私たちは戦わなきゃいけないんだよ?」


 ここまで綺羅蘭たちは魔鬼退治をせずにやって来たというのに、何を言ってるのだろうと清乃は内心で呆れた。

 けれど言い出した綺羅蘭を説得する方法なんて清乃は知らない。それが出来ていたら、これまでだって酷い仕打ちをいくらでも回避出来ただろう。


「とにかく! これ以上我慢しなきゃならないなんて、私は嫌なの! 私たちに国を救ってほしいなら、ちゃんとやって!」

「……分かりました。用意させましょう」


 痺れを切らした綺羅蘭に、将軍は苦い顔をしながらも部下を連れて町へ出掛けて行く。

 彼らの背を見送りながら、このままでいいのかと清乃は悩む。国を救う事を綺羅蘭たちは免罪符にしているけれど、本当は違うのだから。


 そうこうしている間に、兵士たちが強制的に徴集を始めたようだ。滞在している宿の外から、嘆きや嘆願の声が響いてくる。

 子どもに食べさせるものがない、病人がいるのだというような叫び声を耳にして、清乃はいてもたってもいられなくなった。


「ねぇ、キララ。もし、もしもね、神山のボスを倒してもこの国を助けられなかったらどうする?」

「はぁ? 何言ってるの?」

「私ね、この国の昔話を読んだの。それでもしかしたらボスは本当は神様で、何も悪くないんじゃないかって思って……」


 思わず言ってしまったけれど、さすがに計画そのものを明かすわけにはいかない。ただ、今やっている事は正義ではないかもしれないと考えて一歩踏みとどまってくれたらと、それだけを清乃は考えていた。

 けれど、そう上手くはいかなくて。


「それって、何か関係ある?」

「……え?」

「やり方が間違ってたってどうでもいいじゃない」

「どうでもいいって……」


 国を救うためだと散々言ったのに、なぜそんな事を言うのか。混乱する清乃を、竹井と日野が馬鹿にしたように笑った。


「やれって言ったのは皇帝なんだ。間違ってても俺たちには関係ない」

「そうそう。ゲームみたいに楽しめればそれでいいじゃん? 委員長はマジ頭硬いよなー」


 まさかそんな答えが返ってくるとは思わず、清乃は唖然とした。風間ならと思って目線を向けると、風間は眉を顰めながらも頭を振った。


「倒さないと帰れないって言われてるんだ。もしこの国が助からなくても、俺たちは帰るために言われたことをやるだけだよ」

「そんな……」


 帰るために必要なのだと言われてしまったら、清乃には何も言えない。結局凶行も止める事が出来ず、外から響く悲鳴や怒声に耳を塞ぐしかなかった。

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