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49:宴の後

 風間と和解した清乃は落ち着いた気持ちで会場に戻ったのだけれど、どうやら誠英も席を外したようで姿が見えなかった。他の人と交流するような人ではないし、一体どこへ行ったのかと辺りを見回したが姿は見えない。

 厠所にでも行ったのだろうかと思いながら控えていると、若干苛立った様子で誠英は戻ってきた。


「誠英様、どうかされましたか?」

「清乃……。いや、大丈夫だ。もう少ししたら帰ろうか」

「? はい、分かりました」


 清乃は不思議に思ったけれど、この場では話せない何かがあったのかもしれない。清乃は了承して、とりあえず誠英に新しい酒を注いだ。


 いくら不良皇子とはいえ真っ先に帰るわけにもいかないから、数人が抜け出してから帰る事になるだろう。

 そう思いつつ壁際に戻った所で、不意に鋭い視線を感じた。


(キララ……?)


 顔を上げれば、どこかへ出かけてきたのか綺羅蘭が会場へ戻ってきた所だった。なぜか清乃を睨んでいた綺羅蘭だったけれど、ふと何か思いついたかのようにニヤリと口角を上げる。

 その目に恐ろしい物を感じて、鳥肌の立った腕を清乃は摩った。


 そうしている間に、綺羅蘭はなぜか皇帝の元へ行き何やら話し始める。頷きながら聞いていた皇帝はちらりと清乃に視線を投げかけたから、余計に嫌な予感がして堪らない。

 そしてどうやらそれは誠英も同じく感じたようで、残りの酒を一気に飲み干すと「そろそろ戻ろう」と立ち上がった。


 少々予定より早かったけれど、二人はそのままそっと会場を抜け出す。

 元々人通りの少ない魄祓殿への道は清乃と誠英の二人だけだ。手持ち提灯の仄かな明かりを頼りに歩き出した清乃の手に、誠英は自然と手を重ねてきた。


 誰もいないし闇に紛れてるとはいえ、城内で手を繋いで歩くのは初めてだ。誰かに見られたらと心配になるけれど、丸一日ぶりに感じる誠英の温かさは心地いい。

 その手を振り払う気にはなれず、清乃はむず痒い気持ちで誠英を見上げる。すると、意外にも誠英は何かを思い悩むように眉根を寄せていた。


(どうしてこんな顔……やっぱり何かあったのかな)


 しっかり絡む二人の指はいわゆる恋人繋ぎだというのに、険しい顔でいる心境がどんなものなのか分からない。訝しげな清乃の視線に気付いたのか、誠英は苦笑しつつ口を開いた。


「勇者は何の用だったのだ? 怪我はなかったか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 以前、風間に突き飛ばされた所を誠英には見られているし、よほど心配をかけてしまったから、今もこんな表情をしていたのだろうか。それだけとは思えないが少しでも安心してもらえるよう、清乃は繋いだ手をギュッと握り返す。

 風間に謝られた事を伝えると、誠英はホッとした様子で微笑んだ。


「何か危害を加えられるかと心配だったが、そうでなかったなら良かったよ」

「あの……誠英様は何かあったんですか?」

「……ああ、そうだな」


 聞いていいものかと迷いつつも問いかけてみれば、せっかく緩んだ誠英の表情はまた固いものになってしまった。

 それでも話してくれる気はあるようで、誠英は深く息を吐き出した。


「実は聖女に捕まってしまってな。前の宴の時もやたらと媚を売ってきて見苦しいものだったが、今回はおかしな事を言ってきた。お前から色々と聞いてはいたが、これほど酷いとは思わなかったよ」


 よほど嫌だったのだろう、誠英は吐き捨てるように話した。


 清乃が風間に連れ出された時、何かあったら呼べと言ってくれたけれど、当然ながら近くにいなければ助けを呼ぶ声は届かない。

 だから誠英は少々時間を置いて清乃の後を追ったそうなのだが、途中で綺羅蘭に声をかけられたそうだ。


 清乃を気遣ってか、何を言われたのか詳細までは教えてくれなかったが、どうやら綺羅蘭は清乃の悪口を吹き込んできたようで、誠英は苛立っていたらしい。


「清乃を攫うよう指示しただろうと問い詰めたが認めなかった。そればかりか、清乃の方がずっと可愛らしく料理上手で気立ても良いというのに清乃を捨てて自分を選べときた。一体何をどう勘違いすればあそこまで自己評価が高くなるのだ。全く理解出来ぬ」


 清乃からすれば、綺羅蘭は性格には難があるものの見た目は可愛らしい美少女だ。皆がその見た目に騙されて話を鵜呑みにし、結果清乃は孤立を極めてきた。

 そんな綺羅蘭から好意を寄せられても、誠英は一切揺るがなかったと聞いて清乃は安堵する。


 誠英からは毎日のように愛を囁かれているしもちろん信じていたけれど、綺羅蘭にはこれまで何度も清乃の大切なものを奪われ、壊されてきた。もしかしたら誠英まで奪われてしまうのではという小さな不安は、どうしても拭えなかったのだ。

 けれど誠英が、綺羅蘭に怒りながらもこうして清乃を好きだと伝えてくれるから、不安なんてあっという間に消え去った。


「私のために怒ってくれたんですね」

「それだけではないがな。あまりにしつこかったから我慢ならなかったというのもある」

「それでも嬉しいです。ありがとうございます」

「お前は本当に……」


 ニッコリ笑って礼を言うと、誠英は珍しく照れた様子で目を逸らした。

 人間離れした美貌が緩んだ横顔を見つめて、好きだなと清乃は改めて思う。


 屋敷についたら、お茶を淹れよう。そしてまた尻尾を触らせてもらって、落ち着いてから気持ちを伝えるのだ。

 元の世界には帰らない。このままずっと誠英の隣にいたいと。


 そんな風に考えながら帰っていたのだが。崙雀閣に差し掛かった辺りで、パタパタと駆ける足音が背後から近付いてきた。


「そこの者、しばし待たれよ!」


 提灯の明かりが見えたのだろう。周囲には清乃たちしかいないので、大声で呼び止められた二人は足を止める。

 繋いだ手を放し、何事かと警戒する誠英の背に隠れるようにして清乃も佇んでいると、数人の兵士と皇帝付きの宦官が走ってきた。


「八の皇子。お手間を取らせて申し訳ないが、そちらの女官を引き渡して頂きたい。菅原清乃、皇帝陛下がお呼びだ」

「陛下が? 何用だ」

「それは私の口からは何とも。ただ連れてくるようにと命を受けたまでですので」


 誠英に拱手しながらも、宦官は慇懃無礼に告げてくる。呼び出された理由は、十中八九綺羅蘭が何か皇帝に吹き込んだためだろう。

 何を言われるのか分かったものではないが、皇帝の勅命とあれば誠英も拒否は出来ないはずだ。清乃は覚悟を決めて一歩踏み出した。


「誠英様、行って参りますね」

「清乃……それなら、私も行こう」

「申し訳ありませんがご遠慮ください。皇帝陛下が呼ばれているのは菅原清乃だけです」

「しかし……!」

「誠英様、大丈夫ですよ。帰りは送ってもらえるように頼んでみますから。ちゃんと寝ていてくださいね」

「……すまない」


 冷たく言い放った宦官に誠英は食い下がろうとしてくれたが、それは清乃が止めた。計画の事もあるし、事を荒立てるわけにはいかない。

 誠英もそれは分かっているのだろう。悔しげに拳を握り締める。心配してくれる誠英に、すぐに戻ると約束して清乃は宦官について行った。

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