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48:謝罪

 三回目の宴もこれまで同様、清乃は準備から手伝う事になったのだが。会場となる嘉栄宮の大広間は、前回以上に豪華な飾り付けがなされていて呆気に取られてしまった。

 手を動かしながら女官たちの噂話に耳を傾けてみれば、どうやら料理の品数も増えており食材も珍味がふんだんに使われたものになるらしい。


 神山の攻略も残りは国の南側のみとなり、東西北からは魔鬼が減ったため皇帝や諸侯は楽観視しているようだ。再開された地方からの貢物と城の蓄えを放出して賄っているらしいが、清乃としては複雑だった。

 それは誠英の計画を聞いた事で、魔鬼の減少は一時的なもので嵐の前の静けさにすぎないのだと知っているから、というのもあるのだけれど。それ以上に、このタイミングで享楽に耽るというのはどうなのかと思うからだ。


 召喚直後、この国は相当疲弊していると皇帝は話していた。綺羅蘭たちが倒した分だけ魔鬼が減っても、神獣も倒してしまっているから龍脈は回復していない所かより力は弱くなっているはずで、貧困に喘ぐ民の生活も改善しているはずがない。

 だからたとえ楽観視したとしても、本来なら中央で贅を尽くすのではなく民を救うために使うべきなのだ。つまり皇帝たちは民の事など考えていないという事なのだろう。

 もしかするとこれも誠英たちの計画なのかもしれないが、仮に誘導されたとしてもまともな為政者なら突っぱねて然るべきだと清乃は思う。


 毒を盛ってきた相手だし松本の事もあるし、ただでさえ皇帝には良い思いはないけれど、より一層酷い人物だと清乃は評価を下方修正する。

 清乃は余所者だから、この国にとって何が正しいのかを考える事はしないと決めたのだけれど、さすがに皇帝は統治者として相応しくないだろう。このまま放置していた方がいいとは到底思えなかった。

 だが今さらそう思ってもやる事は変わらない。清乃はただ淡々と誠英の席を用意するだけだ。


 そうして夕刻。宴が始まる時間になると、他の皇子たちより少し遅れて誠英もやって来た。

 清乃がいなくても、きちんと祠部郎中としての官服を着て参加している事にホッとする。一晩距離を置かれたから心配だったけれど、顔色も悪くないようだし態度にも変化はなく、清乃と目が合うと微笑んでくれた。そこに何の翳りもない事が、清乃には何よりも嬉しかった。


(この宴が終わったら、ちゃんと気持ちを伝えなくちゃ)


 公の場で、私語を交わす余裕はない。改めて決意を込めて、清乃は誠英の専属女官として動きながら宴の成り行きを見守る。


 今回綺羅蘭たちが攻略したのは東の神山で、ボスの凶龍を討伐してきたと報告がなされた。やはり青龍も倒してしまったのだと分かり、ほんの少し胸が痛んだけれどそれももう今更だ。

 誇らしげにしている綺羅蘭たちを遠目に眺めていると、風間だけが不安げな表情で清乃を見つめているのに気がついた。


(松本先生の言ってた事、本当なのかな)


 これまでずっと睨まれていたのとは全く違うその表情に、もしかしてと清乃は僅かに警戒を解いた。

 やがて宴が進み席の移動が始まると、風間は真っ直ぐに清乃の元へやって来た。


「委員長、少しいいか? 話したいことがあって……」

「ええと、ちょっと待ってね。離れて大丈夫か聞いてくるから」

「許可がいるのか?」

「私は今、祠部郎中の女官をしているから」

「本当に女官の仕事してるのかよ……」


 清乃にとっては当たり前の事を伝えると、風間は気まずげに顔を歪ませた。

 なぜそんな表情をするのかと不思議に思いつつ、誠英に許可を取りに行くと、心配そうにしながらも頷いてくれた。


「何かあったら私の名を呼べ。すぐ助けに行く」

「はい、ありがとうございます」


 誠英がいてくれるというだけでも心強いのに、こんな言葉までかけられれば、風間と対峙する勇気も出る。

 清乃は微笑みを浮かべ、風間と共に会場を抜け出した。


 向かったのは最初の宴で風間と話したのと同じ、中庭の一角だ。大小二つの月の下で風間と向き合うが、あの時とは違って風間は迷うように視線を彷徨わせていた。


「話ってなに?」

「その……ごめん! 俺、何も知らなくて!」


 風間が躊躇いを見せたのは、ほんの僅かな時間だった。サッカー部のエースなだけあって思い切りがいいのか、ガバリと勢いよく風間は頭を下げる。

 清乃は少々面食らいながらも、黙って話の続きを待った。


「俺、本当に酷いことばかり言ったと思う。委員長は毒まで飲んで、先生を守ろうとしてくれてたのに……」


 松本からは、清乃が毒で倒れた事を話したとしか聞いていなかったが、どうやら風間は松本の代わりに清乃が毒を飲んだと思っているようだった。

 事実とは少々違うが、清乃が松本を守ろうと動いていた事は間違いない。皇帝との確執を松本は風間に話したくはない様子だったし、ここは話を合わせるべきだろう。


「私も先生を守りたかったから、気にしなくていいよ」


 風間の事は正直怖かったけれど、それが松本を思う故だというのは清乃も重々分かっている。それに、これまで清乃に冷たく当たってきた人たちの中で、こうして間違いを認めてきちんと謝罪してくれたのは風間が初めてだった。

 きっと風間も綺羅蘭から清乃のある事ない事を吹き込まれているだろうに、頭を下げてくれたのだ。それだけで充分だと清乃は思えた。


 だから気にしなくていいというのは、清乃の本心だったのだけれど。風間は納得がいかないようで、苦しげに頭を振った。


「そんな簡単に許すなよ。俺は委員長の事、ずっと放っておいたのにさ。俺たちも先生も、この国で好きなように過ごさせてもらってるのに、委員長は働かされてるんだろ? それって、俺たちが守ってやらなかったからなんだから」

「それは……」

「本当は俺、先生から言われてたんだよ。委員長が後宮を出る事になったから、代わりに気にかけてやってほしいって。でも俺たちは何もしなかったから」


 松本が清乃の事を頼んでいたというのも初耳だったけれど、まさか風間がそんな事まで罪悪感を感じていたとは思わず、清乃は唖然とした。

 先ほど誠英に許可を取りに行った時、風間が複雑そうな顔をしていたのもこのためだったのかもしれない。


「今さらだと思うかもしれないけど、委員長が働かなくて済むように頼んでみるよ。俺はほら、この国を救う勇者だからさ。皇帝だって無視出来ないんだ」


 真剣な眼差しで言ってきた風間に、清乃は慌てて頭を振った。


「ううん、そういうのはいらない! 私、今のままがいいの!」

「いや、でも」

「本当なの! さっきの人が祠部郎中なんだけどね、すごく良い人で何も困ってないから!」

「……本当に? 無理してないか?」

「全然! むしろそんな事されたら困っちゃうよ! せっかく仲良くなってるんだから!」

「そ、そっか……。分かった。ごめんな、余計な事言って」

「ううん、いいの。気遣いは嬉しかったから」


 こんな所で誠英と引き離されたりしたら堪らない。しかも皇帝に頼むなんてゾッとする考えだ。

 あまりに必死に清乃が言ったからか、風間は困惑した様子ながらも頷いた。


「なんか俺、委員長のことすげー誤解してたかもしんない」

「そ、そう?」

「もっと静かで固い奴だと思ってたのに、慌てる事もあるんだな」


 ずっと辛そうにしていた風間が見せた小さな笑顔には、惹きつけられる華やかさがあった。これは確かに学校のみんなが憧れるわけだと清乃は納得する。

 とはいえ清乃自身は、誠英の人並み外れた美貌を見慣れてしまっているから特に惹かれはしなかったけれど。


「私も風間君が、こんな風に話してくれるとは思わなかったよ。声をかけてくれてありがとう」

「うん。何か困った事があったら言ってくれよ。……つっても、俺たちはまたすぐに討伐に行くから、それまでの間しか聞けないんだけどさ」

「ありがとう。でも本当に大丈夫だから。風間君こそ、気をつけてね」

「ああ。ちゃんと魔鬼を倒してこの国も救って、日本に帰れるようにするからさ。楽しみに待っててくれよな」


 爽やかに笑った風間に、清乃は非常に居た堪れない気持ちになった。

 もう少し早く打ち解けていたら、清乃が帰らないつもりだと明かしても良かったかもしれないけれど、さすがにこの場でそれを話す気にはなれない。それに風間は本気でこの国の人々を助けるために戦っているのかもしれないとも思ったけれど、真実を伝えるわけにもいかないから。


(風間君、ごめんね)


 心の中だけで清乃は謝って、そろそろ戻ろうと風間を誘った。

 風間は「仕事中にごめんな。怒られたりしないよな?」なんて気遣ってくれるから、あまりの変化に清乃は正直戸惑った。

 けれどそれも嫌ではない。むしろ有難いなと感じられた。

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