44:見つけ出したもの
それを見つけたのは、三度目の魔鬼討伐から帰城した綺羅蘭たちのため、慰労の宴が開かれる前日の事だった。
数ヶ月続けてきた崙雀閣の書庫整理も終わりが近付き、数日前から清乃は最上階に手を入れている。
限られた者しか入室を許可されていない八階の書庫には、歴史的価値のある古文書ばかりが収められている。これまで召喚に関する資料は一切見つけられなかったから、きっとここにあると清乃は踏んでいた。
古文書に使われている文字は、今使われている瑞雲国の物とは違っている。しかも全てが達筆で、普通なら読み解くのに相当な苦労がいるだろう物だ。
けれど清乃が召喚で得た特殊な力があれば、古代文字も難なく読める。魔鬼討伐には役に立たない力だけれど、この力があって良かったと清乃は初めて感じていた。
「ん? これは……」
不思議に思って手に取ったのは、古びた巻物だった。いつ破けてもおかしくないほど脆く見えるそれには封印の札が貼られていたようだが、すでに外れてしまったらしく辛うじて結び紐に引っ掛かっているという有様だ。
書庫の中央に置かれている卓に移り、清乃は慎重に開いていく。幸いな事に劣化が激しいのは外側のみで、中身は問題なく読む事が出来た。
「建国のお話なのかな」
誰に聞かせるわけでもないが、口に出した方が考えをまとめやすい。書庫にいるのは清乃一人きりだから、自由に振る舞っていた。
美麗な挿絵も描かれているそれは、一人の男の物語だった。それも数巻に渡って書かれている超大作のようで、前書きからするとどうやら瑞雲国の初代皇帝が主人公らしいと分かった。
一見関係のなさそうな内容でも、どこかに召喚に関する事が紛れているかもしれないから、清乃は念のためザッと目を通す事にしている。
得意の速読で読んでいき、三巻目に取り掛かった所で清乃はとある事に気が付いた。
「これが本当なら、魔鬼が出たから龍脈が乱れたんじゃなくて、龍脈が乱れたから魔鬼が出たんじゃないの……?」
この地は元々、澱んだ気の集まり安い不浄の地だったようだ。初代皇帝となる男は、元は隣国の王子だったが、政争に負けて魔鬼が多く徘徊して人が住めなかったこの一帯へ捨てられたらしい。
そこで出会った五体の神獣と親しくなり、彼らと共にこの地を浄化していく。そうして王子を慕って後を追って来た元臣下たちや、圧政から逃げ出してきた民をまとめ上げて瑞雲国を作り上げた。
それを良く思わなかったのが、王子を陥れて隣国を治める事になった兄王だ。戦の気配を感じた初代皇帝は、清らかになったこの地が再び澱まないよう、国の四方に楔となる高い山を築き、そこに四体の神獣を配置した。彼らは敵の侵入を防ぐ巨大な結界を国全体に張り巡らせたという。
それでも戦は起きてしまい多くの血が流れ、再び澱んだ気が瑞雲国を覆い尽くそうとした。
そこで残る一体は国の中心となる青藍城の地下に潜り、五体の神獣が気を浄化して回す事で龍脈が生まれた――と書かれている。
神獣には寿命が無いため、皇帝一族がこの地を治める限り、盟約に従い国を守り続けるだろうともある。
という事は、龍脈の乱れは神獣に何かあったという事にならないだろうか。
「この神獣たちが作った四つの山が、キララたちが行ってる神山のことだよね」
皇帝からは、神山に魔鬼が巣食っていると最初に説明を受けた記憶がある。神獣に何かが起きたから生まれた魔鬼が神山に集まってしまったのだろうか?
清乃たちが召喚されたのは、魔鬼討伐に異世界人の力が必要だからという話だった。けれど倒した所で神獣がいなければ龍脈が戻らないとしたら、魔鬼はまた現れるのではないのか。
そうしたら、いつ帰還の陣は開く事になるのだろう。何をもって、討伐は完了した事になるのだろうか。
考えながら改めて巻物を眺めて、清乃は違和感に気付いた。
「ちょっと待って……。この神獣って」
描かれている神獣のうち、神山を守る四体はそれぞれ亀と虎、龍と鳥の形をしている。
四神と呼ばれる彼らは玄武、白虎、青龍、朱雀という名らしく、こんな所も中国に似ているのだなと清乃は思うが問題はそこではない。
「キララたちが倒したボスも、こんなんじゃなかった?」
過去二回行われ、明日三回目が開かれる事となっている慰労の宴は、討伐報告の場でもある。
そこで綺羅蘭たちの活躍が大々的に発表されているのを清乃も聞いてきたが、神山には魔鬼を集めるボスがいるというのだ。過去二回で倒した魔鬼のボスは、巨大な亀と白い大虎だったと話されていなかっただろうか。
「まさか、神獣を倒しちゃったの……?」
嫌な考えに辿り着き、清乃はフルリと身を震わせる。すると不意に、コツリと靴音がした。
「もう読み解いたのか。思ったより早かったな」
「誠英様……?」
いつの間に入って来たのか。顔を上げれば誠英がいた。誠英はニッコリと笑みを浮かべて、とんでもない事を告げた。
「その通り。聖女たちが倒したのは魔鬼の首魁などではなく、四神だ。もっとも、もう残りは一体しかいないが」




