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40:救われて

タグをつけるほどではないのですが、暴力描写がありますのでご注意下さい。

「やっ、離し……っ!」

「うるせえ、騒ぐな!」


 パニックに陥り暴れる清乃の頬が強く張られ、眼鏡が飛んだ。悲鳴すら喉に張り付いて声も上げれない。恐怖に身をすくませた清乃は、猿轡を噛まされて手足も拘束されてしまう。

 清乃を襲って来た男は、時折この辺りを巡回している見回りの兵士だった。顔だけは知っているが直接話した事などないのに、なぜ突然こんな事になっているのか想像もつかない。


 ただ、男が本物の兵士なのは確実だ。もし運良く誰かが通りかかっても、これでは清乃が何らかの罪を犯して取り押さえられたと思われるだけだろう。

 助けは望めないのかと絶望する清乃に、男はニヤリと笑った。


「何だお前、ずいぶん可愛い顔してたんだな。まあそう怯えるなって。大人しくしてりゃ悪いようにはしねえよ。ただ、お前が邪魔だと言ってる方がいるんでな。しばらく隠れてもらうだけだ」


 邪魔というのはどういう事なのだろうか。今の清乃は誠英の女官だ。誠英をよく思わない相手が清乃を排除しようとしてるのだろうか。

 混乱する清乃を男は大きな麻袋に詰め込み、そのまま肩に担ぎ上げた。


「暴れるようなら殴るからな。静かにしてろよ」


 そう言って男は歩き出したから、視界を塞がれてしまった清乃はどこへ連れていかれるのかと怖くなる。

 けれどそう時間の経たないうちに、「そこのお前」と聞き覚えのある声が響いた。


「八の皇子……何か御用でしょうか?」

「その荷は何だ? 中身を見せてみろ」


 どうやら、遅れて帰路に着いた誠英と男は行き合ったらしい。けれど不良皇子に従う必要はないとばかりに男は鼻で笑った。


「なぜあんたに見せなきゃならない」

「お前は警邏の兵ではないのか? まだ交代の刻限には早い。職務を放棄するなら私にも考えがあるが」

「不良皇子に説教されるとは驚きだが、残念だったな。別に俺はサボってるわけじゃない。これも仕事のうちだ」

「ならば見せることも出来るはずだ」

「その理由がないって言ってるんだよ。邪魔するな」


 そのまま男が歩き出そうとするから、少しでも抵抗しようと清乃は体を思い切り捩った。すると男は持ち直すのを装いながら清乃の入った袋を叩きつけるように地面に下ろし、蹴りまで入れてくる。

 清乃は痛みに呻いたけれど、口も塞がれているし麻袋の中だから外には漏れなかった。このまま気付いてもらえずに、連れ去られてしまうのかと涙が滲み出てくる。


 けれど男が清乃の入った麻袋を担ぎ直す事はなかった。


「ぐあっ!」


 何が起きたのか、ドサリと男が倒れる気配がした。そうして清乃が入れられていた袋が開けられ、誠英の心配そうな顔が覗いてきた。


「すまない、清乃。蹴られたのはどこだ? ああ、顔も殴られたのか。何ということを」


 誠英は猿轡を外すと痛ましげに顔を歪め、赤く腫れてしまった清乃の頬に指先でそっと触れた。清乃の瞳から、安堵の涙がホロリと零れ落ちる。

 清乃は震える唇を開こうとしたけれど、その前に倒れていた男が起き上がった。


「クソッ、出来損ないのくせして!」

「まだ動けるのか」

「グゥッ……!」


 清乃は未だ手と足を縛られたままだ。清乃を庇うように誠英が立ちはだかる。

 それと同時に一陣の風が吹いて再び男は吹き飛ばされた。恐らく誠英が神通力か妖気のどちらかを使ったのだろう。清乃は初めて見たと目を丸くした。


「私の女官に手を出したんだ。どうなるか分かっているのだろうな」


 転がっている男を地面に押し付けるようにして後ろ手に拘束した上で、その背を踏み付けて誠英が凄む。そこにいつも飄々としていた不良皇子の面影はどこにもなく、冷たく重い空気を漂わせている。

 それはまるで皇帝から感じられる威圧のように思えて、蔑ろにされていても誠英は紛れもなく皇子なのだと、清乃は初めて実感した。


 きっと普通の者なら、怯えて何も話せなくなるだろう。現に清乃は固まったまま成り行きを見守るしか出来ない。

 だが男は兵士だからか、それとも黒幕が大きいからか。誠英を見上げて不敵に笑った。


「そっちこそ、邪魔してただで済むと思うのかよ。あんただって皇子なんだろうが」

「どういう意味だ」

「俺は聖女の命で動いてるんだ。あんたに邪魔されたと知ったら、聖女は魔鬼の討伐をやめるかもしれないぞ」


 男の口から出てきた綺羅蘭の名前に、清乃は唖然とした。これまで色々と嫌がらせはされてきたけれど、こんな誘拐紛いの事はさすがに初めてだ。綺羅蘭が清乃を攫わせて何をしようというのか見当もつかないし、本当なのかと疑問に思う。

 それは誠英も同じだったのだろう。訝しげに眉根を寄せた。


「偽物ではないのか。聖女が何のためにそんな事をすると?」

「聖女は本物だ。正式な披露目の前、模擬戦をした時から俺は何度か見てるんだ。間違えるわけがない。だが理由なんて知るかよ。俺は聖女が戻るまでにその女官を捕まえて、露華(ロゥファ)宮に閉じ込めておくよう言われてるだけだ。あんただって、聖女の不興は買いたくないだろう? そいつを渡してくれ」


 露華宮は綺羅蘭たちが城にいる間滞在している宮だ。本当に綺羅蘭が指示したのだと分かり、清乃は身を固くする。

 対して誠英は、男の言い分を笑い飛ばした。


「残念だったな。お前は知らぬのだろうがこの者も召喚された異界人だ。私は皇帝陛下からこの者を預かり、その身を守っている。どうしても身柄を移したければ陛下に直訴するがいい。……出来るならばな」


 誠英が男を踏む足に力を入れたのか、男はまた呻き声を上げる。そんな男を無視して、誠英は顔を上げた。


「ようやく来たか。遅いぞ」

「申し訳ありません、郎中」


 気が付けば、諫莫が数人の官吏を連れて走って来ていた。男はどうやら、崙雀閣の庭木に隠れて清乃を運んでいる最中だったようだ。清乃が助けられた場所は星見に使われる崙雀閣の最上階から見えるため、騒動に気づいて駆けつけてきてくれたのだろう。

 諫莫たちに男を任せると、誠英は清乃の縄を解いてヒョイと抱き上げた。それがいわゆるお姫様抱っこだったものだから、清乃は顔を赤く染めた。


「誠英様!」

「暴れると落ちるぞ」


 怪我をしているのだから大人しくしていろと言われてしまい、清乃は恥ずかしく思いながらも落ちないように誠英の首に手を回した。

 誠英の温もりと香りに包まれて、恐怖に竦んでいた心が緩く解けていく。それと同時に、一度は止まった涙が再び流れ出した。


 自然と誠英に抱きつく手に力がこもってしまったけれど、誠英は何も言わずにただ清乃を胸に抱き寄せて、魄祓殿へ運んでくれた。

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