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36:尻尾の時間

 誠英の正体を知った日から、清乃はこれまでよりさらに心を込めて誠英に接するようになった。

 ずっと独りぼっちだった誠英に少しでも楽しい思い出が増えるように、人の温もりを感じられるように。そんな気持ちで最低限しか整えていなかった庭に花を植え、料理や掃除にも力を入れる。


 崙雀閣での手伝いも続けているけれど、出来る限り誠英と過ごす時間も持つようにした。都歩きはもちろん、のんびりお茶を飲んだり、囲碁や花札に似たこの世界でのボードゲームやカードゲームを楽しむ。

 どれも些細な事ばかりで特別何かをしているわけではないけれど、誠英の笑顔は以前よりずっと柔らかいものになっている気がして清乃は嬉しかった。


 そんな中で毎日欠かさずやるようになったのが、誠英の尻尾との戯れだった。


「誠英様、今日もいいですか?」

「もちろん。ほら、好きなだけ触れるがいい」

「ありがとうございます!」


 夕食も風呂も終えてあとは寝るだけという時間になっても、誠英は大抵月を眺めながら酒を飲んでいる。

 それを飲み過ぎだと止めなくなった代わりというわけではないけれど、清乃は誠英の隣に座って尻尾を撫でさせてもらうようになった。


 最初、清乃は尻尾の毛繕いをさせてくれないかと申し出たのだけれど、その必要はないと誠英に断られてしまった。

 というのも尻尾や狐耳は触れられるし感覚もあるけれど、実際に誠英の身体から生えているというわけではないらしい。妖気という妖怪の持つ力が具現化しているだけなので、毛並みや毛艶は妖気の残量に関係するだけだから手入れは必要ないというのだ。


 その証拠に、尻尾を出しても下衣に穴が空くわけではないのだと、実際に見せられて清乃は納得した。

 実を言えば初めて見た時から気になっていた。尻尾が突き破ってしまった箇所を繕わなくてはならないと思っていたのに、どこにもそんな箇所はなくて不思議に思っていたから。


 だから毛繕いは断られてしまったのだけれど、清乃が落ち込んでいたらなんと誠英は触るのは構わないと言ってくれた。おかげでその夜から清乃は毎日至福の時を得ている。


 清乃は昔から動物が好きだった。父親に犬か猫を飼いたいとねだった事もあったけれど、もう少し大きくなってからと言われているうちに父は亡くなってしまった。

 如月家に引き取られてからは当然そんな事を願えるはずもない。それ所か、野良猫と戯れる事すら出来なくなった。なにせ綺羅蘭は、清乃が大切にしている物を悉く奪っていく。清乃のせいで野良猫に何かあったらと思うと近寄る事は出来なかったし、学校で飼育委員を希望する事すら躊躇われた。


 そんなわけで、半妖だからと忌避されてきた誠英にとっては忌々しいのかもしれない尻尾も、清乃にとっては癒しでしかなかった。

 狐耳にも触れてみたいというのが本心だけれど、耳と尻尾の付け根は繊細なので触れてはいけないと約束させられている。モフモフの尻尾を触らせてもらえるだけで充分なので、誠英との約束はもちろん守っている。


 好きなだけ触らせてもらっていると、一日の疲れが吹き飛んでいくようだ。

 ただ少しだけ、納得出来ない事もあるのだけれど。


「清乃、眼鏡(これ)は外す約束だ」

「絶対引っかけたりしませんよ?」

「分かっている。私もお前を愛でたいだけだ」

「わわ! 急に引っ張らないでください!」

「膝に乗ってもいいのだぞ?」

「それはさすがに遠慮しますから!」


 以前から誠英は、二人きりでいる時は眼鏡を外すよう促してきていた。よほど清乃の素顔が気に入っているのか、それを尻尾を触らせる対価として要求してくる。

 さらに尻尾を清乃の胴に回してくるから、必然的に誠英と密着する形になっていた。尻尾に包まれるのは嬉しいのだけれど、近すぎる距離感は誠英の体温や呼吸を感じてしまってなかなか慣れない。


 その上、何が楽しいのかは分からないが誠英は清乃の髪にも触れてくる。下女になってまた傷んでしまった髪も、魄祓殿に来てから徐々に艶を取り戻してきているとはいえ、どうして誠英が触れたがるのか清乃には見当もつかない。

 だがそうしないと尻尾を貸さないと言われるから、渋々ながらも清乃は受け入れている。時折髪に口付けられたりすると尻尾に集中出来なくなるからやめてほしい、と赤面したりしながら。


「はあ、癒されるな」

「またそんなことを言って……。私のどこにもそんな要素はないですよ?」

「まあ確かに肉はもう少し付けた方がいいな。うっかり折ってしまいそうだ」

「もうっ、勝手に二の腕を触らないでください! そういうの私の世界ではセクハラっていうんですよ!」

「はは、すまんすまん」


 この日も誠英は、清乃を尻尾で抱きしめつつ揶揄ってきた。

 恥ずかしかったり呆れたりもするけれど、誠英が幸せそうに笑うとまあいいかと思えてくるから不思議だ。


 髪を撫でたり頭に頬擦りされたりするのにドキドキしながらも、振り払ったりはせずに清乃はとにかく尻尾を楽しむ。

 清乃だって嫌なわけではないのだ。誠英のそばにいると、温かな気持ちでいっぱいになれるから。


 すると誠英が、ふと思い出したように言葉を継いだ。


「そういえば、もうすぐ聖女たちが帰ってくるらしい。今回も無事に討伐を果たしたそうだ」

「そうですか……。また宴があるんですか?」

「ああ。予定通りなら五日後だな。今度はここの女官服を着ていけ。お前はもう私の女官なのだから」

「はい。分かりました」


 この三ヶ月は色々な事がありすぎて、綺羅蘭たちの事を気にする余裕なんて全くなかったけれど、元気だと聞けばホッとする。

 ただ、このまま討伐が順調に行けば半年後には元の世界へ帰るのかと思うと胸が切なく痛んでくる。


 誠英と離れ難いと思うのは、ただの同情かそれとも友情が深まったからか。

 胸の奥に燻る小さな思いは見ないようにして、清乃は銀色の尻尾に顔を埋めた。

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