表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/71

32:尋ねる勇気

 黙り込んだ清乃を見て、怯えてるとでも思ったのか。礼部侍郎は「化け物から逃げたいなら、礼部の下女にしてやってもいい」と言ってきたけれど、清乃は即座に断った。

 女官として働いてるのに下女にするという時点で清乃を侮っているし、ニヤニヤとした笑みを浮かべていて悪意しか感じられない。

 それにそもそも、清乃は逃げたいとも思っていなかった。燦景の様子から礼部侍郎の話は嘘ではないのだろうと察したけれど、その話の全てを信じたわけではなかったから。


 噂というものは偽りも多く含まれるという事を、これまで散々、綺羅蘭に痛い目に遭わされてきた清乃は身をもって知っている。

 そしてそれは不良皇子と呼ばれる誠英にも同じ事が言えた。毎日遊び歩いているのも酒ばかり飲んでいるのも否定出来ないけれど、女を何人も侍らせているだとか、贅沢三昧の日々を送っているだとか、気に入らない者は暴力で従わせているだとか、誰の事かと思うような話もあるのだ。


 そんな誠英の母親なら、謂れない噂だってされるだろう。人並み外れた美貌を持つ誠英を産んだ人だ。相当な美女だろうし、後宮内で敵意を向けられているだろう事も簡単に想像出来る。

 皇帝をたらし込んだ妖婦だとか、酷い噂を流されていてもおかしくない。


 それに万が一、本当に誠英の母が妖怪だったとしても、清乃は恐ろしいとは思わない。

 幸か不幸か、清乃は魄祓殿で妖怪に関する書物をたくさん読んだ。そのおかげで妖怪にも様々な種類があり、中には吉兆だと喜ばれたり人を助ける妖怪もいるらしいと知っていた。


 誠英は皇子として認められているので、母親はきちんと妃として迎えられているはずだ。皇帝一族は神通力を持っているそうなので、もし危険な妖怪ならその手で討伐されているだろう。

 けれどそうはならなかったし、今だって礼部侍郎は誠英を小馬鹿にしている。本気で化け物だと思っているならもう少し恐怖があるだろうし、脅威を感じない程度の妖怪なはずだ。


 妖怪より、綺羅蘭たちが戦っている魔鬼の方がよほど恐ろしい存在だと清乃は思う。

 人とは違うものの同じ生き物である妖怪と違って、魔鬼は悪霊とか怨霊といったような存在らしい。妬みや恨みなどの負の感情と醜い欲望の塊なのだと、本には書いてあった。


 だから清乃が黙り込んだのは、別に誠英が怖かったとかそういう事ではないのだ。ただ、あまりに突飛な話を飲み込めなかったというのと、気になる事を思い出したからだった。


(魄祓殿にあった檻のような部屋って、まさか誠英様が……?)


 多くの人から忌避されて、化け物とまで呼ばれる皇子。そんな誠英が、荒れ放題にも関わらず住み続けていた魄祓殿。

 そこに置かれていた妖怪の本に、研究していたような手記、何かが暴れたような形跡のある牢格子のあった部屋、幼い子どもが使うような玩具類。

 それらが何を意味するのか、まだハッキリとは分からない。けれど妖怪との間の子なんて噂のある誠英が、無関係だとも思えなかった。


 その後、礼部侍郎は、清乃から思ったような反応が引き出せずに苛立った様子ですぐに帰ってしまった。燦景も清乃を気にするような素振りをしていたけれど、上司を無視するわけにもいかないようで共に礼部へ帰っていく。

 一人残った清乃は、残っている作業を進めようとしたけれど、考えてもまとまらない事に脳裏を埋めつくされてなかなか動き出せなかった。


 すると、二度ある事は三度あるという事なのか。珍しい事に、また三階の扉が開かれた。


「ああ、やはりおられましたか」

「あ……すみません。ボーッとしてしまって」


 やって来たのは諫莫だった。気が付けば終業となる夕刻に近い時間となっていて、一階に詰めている官吏たちから清乃がまだ降りて来ないと聞いて見に来てくれたらしい。

 結局あの後仕事の続きは全く進まなかった上に、忙しい諫莫に足を運ばせてしまったと申し訳なく清乃は思う。

 けれど諫莫は、様子のおかしな清乃に気づいたのか心配そうに尋ねてきた。


「何かありましたか。どこかお怪我でも?」

「いえ、あの……」


 諫莫に会える機会があったら、聞いてみたい事はいくつもあった。だが今は、これまで気になっていた事などどうでも良かった。


「員外郎は誠英様のお母様の事はご存知ですか?」

「……誰かから何か言われましたか?」

「今日、礼部侍郎が来られたんです。それで……」


 誠英を化け物だと、妖怪との間の子だと言っていた、とはさすがに口に出せなかった。

 それでも諫莫は、何を聞いたのか察してくれたようだった。


「申し訳ありませんが、私からは何も言えないのです。郎中の御母堂に関しては、箝口令が敷かれています。気になるのなら、ご本人に尋ねればよろしい」

「……聞いていいんでしょうか」

「大丈夫だと思いますよ。郎中はあなたを気に入っていますから」


 これまでも色んな事を隠されているのだ。最後の言葉だけは素直に受け入れられなかったけれど、箝口令があるのなら誰に聞いても答えてはもらえないだろう。同時に、そんな事になっているのならやはり何かあるのだと清乃は思う。

 教えてもらえるのか、また隠されてしまうのか。どうなるのかは分からないけれど、きちんと知らないとどうしたって落ち着けない。


 何より、もし清乃の思うようにあの場所に誠英が閉じ込められていたのなら。そんな場所にずっと住んでいるなんて辛くはないのだろうか。

 誠英のために何か出来る事はないのか、清乃はどうしても知りたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ