27:都歩き
城を出た途端有無を言わさず連れて行かれた門前の仕立て屋から出ると、ようやく清乃は都の様子をじっくり眺める事が出来た。
瑞雲国の都は予想に違わず、中国や台湾を舞台にした映画に出てくるような街並みだ。
建ち並ぶ木造の店には赤提灯や派手な色味の布が飾られ、店頭には様々な商品が並んでいる。そこかしこで客引きや値切り交渉の声が飛び交う石畳の大通りには、どこかで香を焚いているのか白檀のような香りと煙が時折ふわりと漂い、人だけでなくロバのような動物に引かせた荷車も通っていく。
現代日本とは大きくかけ離れた光景だけれど、道行く人々はやはり皆アジア系に似た顔立ちだからか、異世界というより世界遺産に認定されたどこかの街に旅行に来たような気分になる。
そんな場所だから、銀髪の誠英は自然と人々の注目を集めていた。珍しい色の髪というだけでも目を引かれるのに、人並み外れた美貌だから多くの人が見惚れてしまうのだ。
女官服だと目立つと着替えさせられたけれど、誠英の隣を歩く清乃には誰も目をくれない。着替える必要が本当にあったのかと疑問に思う。町娘風の衣は誠英が買ってくれたけれど、無駄遣いをさせてしまったかもしれない。
下女として散々働いたけれど清乃は給金なんてもらってないので、この世界では一文なしだ。
魄祓殿で料理を作らせてほしいと言ったのも、膳房と同じく城内の食材を使えると思ったからだった。けれどそれも店で調達するなら、我儘になってしまう。
今さらながらに迷惑をかけてしまったと焦ったけれど、誠英は清乃の手料理を食べたいから気にする事はないと言って、着替えも必要だから買ったまでだと笑った。それどころか魄祓殿で働いている間は給金も渡すつもりだと話してくれた。
清乃はどうせ私的な買い物に出かける機会なんてないからと丁重に断ったけれど、それならなおさら今日の買い物は気にするなと誠英は言う。その言葉に有り難く頷いた清乃だった。
「あら、銀の皇子じゃないかい。うちに来るなんて珍しいね。どうしたんだい?」
いつも遊び歩いている誠英は都の事をよく知っていて、清乃を様々な店に連れて行ってくれた。
この世界にはスーパーなんてないので、調理器具や調味料を扱う店に、野菜や果物、肉に魚、穀物や豆類など、それぞれの専門店へ案内してくれる。
それらの店は誠英の事をよく知っているようで、「銀の皇子」と気さくに声をかけてくる者が多かった。
「新しく女官が来たのでな。品を見せてやってほしいんだ」
「女官ってその子かい? てっきり良い人が出来たのかと思ったのに」
「はは、だが可愛らしいだろう? 良くしてやってくれ」
「おやおや、これは時間の問題かねえ? そういうことなら張りきらないとね」
どうしてか、清乃を見て恋人じゃないのかと皆が残念そうに言う。誠英はその度に楽しげに笑い、清乃を甘く見つめてくる。
そうなれば誠英の片思いなのかと勘違いされてしまうようで、結果清乃が初めて見る品も快く説明してくれ、場合によっては試食もさせてもらえた。
誠英の思わせぶりな態度は買い物を円滑に進めるためなのだろうと思うけれど、こんな経験をした事がない清乃は落ち着かない。それに店の人々は全く疑わないから、二人でいるとそんな風に見えてしまうのかとソワソワしてしまう。
よく考えてみれば、服を買ってもらって二人で街を回るなんてデートのようではないか。そもそも仕事とはいえ魄祓殿に住んでるのも二人だけで、もしかしなくても同棲のような事になるのではないのか。
手料理を作りたいと言った事に他意なんてなかったのに、恋人同士がしてもおかしくない事だと気付くと、妙に気恥ずかしくなってくる。
誠英とは本当に仕事の関係なのだと訴えても、片思いだと思われているなら意味がない。あまりに居た堪れず、すぐにでも逃げ出したいぐらいだ。
それでもどうにか買い物を続けていられたのは、浮かれた気持ちばかりではいられないからだった。
「うわ、不良皇子じゃないか」
「今日は女連れか。いいご身分だな」
何軒か店を回るうちに、都の人々が誠英を見る目は三種類に分けられると清乃は気づいていた。
一つ目は誠英を「銀の皇子」もしくは「八の皇子」と呼ぶ人々だ。誠英を好意的に見てくれているようで、特に誠英と個人的な付き合いがある人は前者で呼んでいるようだ。
二つ目は誠英の美貌にただ見惚れてくる人々。彼らは地方からやって来た者たちのようで誠英の事を知らないらしい。
そして三つ目が、不躾な視線を向けてくる人々だった。彼らは誠英を「不良皇子」と呼び、清乃たちに聞こえるかどうかというギリギリの声量で悪口を囁いている。
そんな悪意を向けてくる人々の存在にも慣れているのか、誠英は完全に無視して笑っている。清乃もそれに倣って気にしないようにしていたのだけれど、時折そこにこんな声が混ざってきていた。
「あんな化け物に連れ回されるなんて、あの娘も可哀想に」
こんな風に陰口を叩くのは年配の人が多かった。化け物とは誠英の事のようで、なぜそんな風に言われるのか清乃には分からない。
誠英の顔は整っていて化け物とは正反対だ。あまりの美しさに人形のように思えるかもしれないけれど、だからといって化け物とは言われないと思う。
珍しい銀髪が目立つからなのだろうか? もし髪色の違いだけでそんな風に言われているのなら酷い差別だ。
(勝手に可哀想なんて言わないで。誠英様と一緒にいられて、私は嬉しいんだから)
直接言われたなら、思い切りそう言い返していただろう。けれど彼らはこそこそと囁いているだけだから、乗り込んでいくわけにもいかない。
あなたのためだと善人の皮を被って誰かを貶めるのは、綺羅蘭や叔母を連想してしまう。だから余計に、清乃としては許せなかった。
「清乃、どうした? 疲れたか?」
購入した品々は全て魄祓殿へ届けてもらえる手筈になっているから、清乃たちは手荷物もない。迷子防止に誠英とは手が繋がれたままだ。
動揺してつい歩みが遅くなってしまった清乃を、誠英が心配そうに見つめてくる。清乃は安心してもらえるよう微笑んだ。
「いいえ、大丈夫です。せっかく誠英様と買い物に来たんですから、もう少し見て回りたいです」
「そうか。だが無理はするなよ。帰りたくなったらいつでも言うといい」
「ありがとうございます。でも本当に楽しいんです。誠英様と一緒にいられて良かった」
誠英と繋いだ手に、清乃はギュッと力を入れる。
先ほどの陰口が誠英に聞こえていたかは分からないけれど、こうして共にいられて嬉しいという清乃の気持ちがこれで伝わればいい。
清乃が浮かべた心からの笑みに、誠英は一瞬だけ虚をつかれたように固まり、次いで破顔した。
「はは、都歩きを気に入ったか。まだ何も美味しい物は食べさせていないんだがな」
「人を食いしん坊みたいに言わないでください! 失礼ですね」
「そうなのか? あそこの蒸し饅頭はなかなか美味いのだが」
「えっ、どれですか⁉︎」
照れ隠しなのか、嬉しそうに笑いながら誠英は揶揄ってくる。清乃も何だか気恥ずかしくなって、顔を背けて憎まれ口を叩いたけれど、それも結局は長続きしなかった。
誠英お勧めの蒸し饅頭を半分に割って二人で食べる。こうやって誰かと笑い合って街歩きを楽しむなんて、何年ぶりだろうか。この時間がどれだけ幸せで大切なのか、たとえ理解されなくても誰にも邪魔されたくない。
誠英も楽しんでくれているようでホッとする。ずっとこんな悪意に晒されているのだろう誠英に、少しでも安らいでもらえるならそれで充分だ。恋人と勘違いされても揶揄われても、甘んじて受けようと清乃は思った。




