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23:垣間見えた孤独

「誠英様、何か他にご用ですか? 私、これから着替えるんですけど。お暇なら仕事に行ったらいいのでは」

「まあ暇は暇だが、聞きたい事があるんだ。部屋はどうだ?」

「お部屋ですか? すごく素敵ですよ。こんなに良いお部屋をもらっていいのかとビックリしたぐらいです」


 清乃としてはさっさと着替えて仕事に戻りたかったのだけれど、なぜか部屋の前に着いても誠英は去ろうとしなかった。

 何の用かと思えば、清乃に与えたのは長年放置されていた部屋だったから、急いで準備をさせたものの掃除や手直しが行き届いているか気になっていたらしい。今日清乃が来るのも昼近くになってからだと思っていたそうで、朝のうちに最終確認をするつもりが出来なかったのだと誠英は話した。


 清乃がここで働くと決めたのは昨夜の事で、いくら何でもそこから一夜で準備など出来るはずもない。つまり誠英の誘いは、宴での清乃の扱いを見て思い付きでされたものではなく、もっと前から考えていたというわけだ。

 確かに誠英はよく会いに来てくれていたけれど、そんなにも気にしてくれていたのかと胸が温かくなった。


「足りない物があったら遠慮なく言うといい。すぐ手配させる」

「必要なのは掃除道具ですかね。雑巾はもう何枚かダメそうなので」

「そちらもだが、お前の部屋で足りないものだ」

「それは大丈夫です。でも何かあったら言いますね。あとは着替えるので失礼します」


 如月家で与えられた清乃の部屋は下女の部屋と同じか、それより狭いぐらいだった。教科書と数着の着替えを置ける程度のカラーボックスに、布団を一枚敷くのが精一杯。勉強の際は折り畳みの座卓を使い、制服は壁にかけていたのを思い出す。

 こんなに立派な部屋をもらえたのは父と暮らしていた頃以来だし、足りないどころか分布相応ではないかと思うぐらいだ。何かあれば言うとは言ったものの、そんな事にはならないだろう。


 部屋の中まで覗きたそうにしている誠英には丁重にお帰り頂いて、清乃はもう一着の下女服に着替える。この後の掃除でこれも汚れてしまうだろうし、濡れた下女服を先に洗っておいた方がいいだろう。

 誠英の服は上等過ぎて清乃の手では洗えないけれど、それと一緒に自分の洗濯物まで頼みに行くわけにはいかなかった。何せ下女服の替えは一着しかないから、後は女官服だけなのだ。明日の仕事に支障が出てしまう。


 井戸へ戻り手早く下女服を洗って干してから、洗濯物を集めるために誠英の寝室へ入った。

 案の定、服は脱ぎ散らかされていたし部屋の隅には埃も溜まっている。せっかく寝台は大きくて立派な部屋なのに色々と勿体無い。ここも早めに掃除をした方がいいだろう。


 頭の中で掃除計画を立てながら食事室へ移動する。食事をする場所だから最低限の掃除はされているが、いつから転がっているのか分からない空の酒甕やら酒器やらが放置されて雑然とした部屋だ。これらも一度しっかり洗ってから返却しなければならないだろう。

 それでも普段使うテーブル付近はある程度整えられているからか、誠英が何をするでもなく椅子に座りボンヤリとしていた。


 本当なら食後のお茶を出すべきなのだろうけれど、あいにくまだ厨房の掃除は出来ていない。水だけ出すのも何だし、帰りにまた膳房へ寄ってお茶をもらって来た方がいいだろうか。本人は酒の方が喜びそうだけれど。


 そんな事を考えつつも清乃が膳を回収して出かけようとすると、よほど暇なのかまたしても誠英が声をかけてきた。


「その格好で出かけるのか?」

「何か問題ありましたか? 着替えたんですけど」

「掃除するにはいいだろうが、一応お前は私付きの女官の扱いになるからな。出歩く時はもう少し綺麗な服の方がいい。昨日みたいな服はないのか?」

「あれは後宮のものなので、こっちで着ると悪目立ちすると思うんです」


 清乃の服装で誠英に迷惑がかかるなんて、考えもしなかった。今朝、料理人から変な目で見られたのは、もしかしたらそのせいもあったのかもしれない。

 誠英は不良皇子と呼ばれても気にしていないように見えたけれど、やはり我慢していたのだろうか。お世話になっているし、清乃としてもこれ以上誠英の評判を下げたくはなかった。


 ただ問題は、清乃には他に服がないという事だ。もらった部屋は元々女官が使っていたそうだし、探したらこちらの女官服が出てきたりしないだろうか。

 けれど早く洗濯物を運ばないと、戻ってくるのが遅くなってしまう。お膳だって、返却が遅れたら膳房に迷惑がかかるだろう。


 どうするのが一番いいのか。グルグルと考え込んでいた清乃の頭を、誠英がポンと撫でた。


「分かった。そういう事なら新しい服を用意させる」

「いいんですか?」

「足りない物は言えと言っただろう?」


 誠英はフッと笑うと、清乃を追い抜いて外へ向かう。清乃は慌ててその背を追いかけた。


「あの、頼む場所を教えてもらえれば自分でもらってきますけど」

「いや、ちょうど出かけようと思っていたし構わない。ああ、帰りは少し遅くなるだろうが、夕食は摂るから運んでおいてくれ。私の帰りを待たず、お前は好きな時間にきちんと食べて寝ておけよ。服は明日には届けさせるから」

「分かりました。用意しておきますね。気をつけて行ってらっしゃいませ」


 これが仕事に行くのならいいけれど、誠英の事だ。きっとどこかへ遊びに行くのだろう。それでもそのついでに清乃のために動いてくれるのは嬉しいし、帰りの時間を教えてもらえるのも有り難い。

 おおよその帰る時間を教えてくれた上に清乃の事まで考えて一言添えてもらえるなんて、父と暮らした頃以来だ。


 如月家では、叔母も綺羅蘭も帰宅が何時になるのか夕食は必要なのか何も言ってくれなかった。食べると言われた時にすぐ出せないと怒られるから、清乃はいつも下準備だけは欠かさずに気を張って待つしかなかったのだ。

 清乃が一人で先に食べていても怒られるから苦労したのを思い出す。誠英はつくづく気遣いの出来る人なのだと思う。


 そう思って見送りの言葉を告げると、誠英は驚いたように目を見開き、花開くように破顔した。


「ああ、行ってくる」


 機嫌良さげに鼻歌を歌いながら出かけていく誠英の背を、清乃は呆然として見送った。あまりに嬉しそうな笑顔を向けられて、魂が抜けたかと思ったのだ。

 たった一言であれほど喜ばれるとは思わなかった。


(もしかして、ずっと一人だったからなのかな……?)


 魄祓殿を振り返れば、相変わらずのお化け屋敷だ。使用人が誰もいない屋敷で一人で暮らしていたのだから、見送りも久しぶりだったのだろう。それにしても喜びすぎだとは思うが。


(あんなに良い人なのにどうして誰も寄り付かないんだろう。遊んでばかりなのは確かに問題だけど、暴力的なわけでもないし優しいのに)


 まだ清乃は働き始めたばかりだが、最初からこれだけ心を砕いてくれているのだ。誠英は最高の雇い主と言えるし、呼び寄せてもらって良かったと心から思う。

 不良皇子の世話は嫌だと、次々に辞めていったという過去の女官たちの気が知れない。


 きっと誠英はきちんと仕事をしたら、祠部でも良い上司になるのではないだろうか。ただでさえ美形の心優しい皇子なのだから、真面目に働けば評価は上がり、不良皇子だと忌避される事もなくなるはずだ。それなのにどうして誠英は仕事に行かないのだろう?


 考えてみれば、清乃はあまり誠英の事を知らない。どんな食べ物が好みだとか、どういう遊びをしてきたのかとかは教えてもらったけれど、彼が何を考えてこんな生活をしているのかは全く分からない。

 ここで暮らしていけば、いつか知る事が出来るだろうか。誠英の事をもっと知りたい。そして清乃がいなくなった後も、彼に行ってらっしゃいと言ってくれる人が出来たらいいなと思う。


 けれどまずは、今夜帰ってくる誠英にお帰りなさいを清乃が言うべきだろう。

 清乃の父は生前、「清乃がいてくれるからパパは仕事を頑張れるんだ。暖かい家でおかえりなさいって迎えてくれるだけで僕は幸せだよ」と話していた。このお化け屋敷がもっと居心地の良い家になれば、誠英も仕事のやる気が出るのかもしれない。

 父の笑顔を久しぶりに思い出しつつ、清乃は改めて掃除を頑張ろうと気合いを入れた。

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