19:オマケの扱い
下女頭を通じて清乃を呼び出したのは、一ヶ月前、清乃が後宮を出て下女になった時に案内してくれた官吏だった。
以前と同じようにあまり説明はしてくれなかったけれど、誠英の話の通りならお披露目と慰労の宴のために呼ばれたのだろう。まだ午前中だけれど言われるがまま風呂に入り、大事に取っておいた女官服に久しぶりに袖を通す。
そうして身綺麗になったのを確認されて連れて行かれたのは、後宮との境にある嘉栄宮だった。皇帝が執務を行うその宮の一室で、清乃は一ヶ月ぶりに松本と顔を合わせた。
「菅原さん、久しぶりね」
「ご無沙汰しております、陽妃娘娘」
「嫌だわ、今まで通り先生と呼んでくれないの?」
「……すみません、松本先生。お久しぶりです」
部屋に入ってすぐ、清乃は緊張に身を固くした。何せそこには松本だけでなく皇帝もいたのだ。機嫌を損ねたらどうなるか分からない。
だから清乃は女官の挨拶をしたのだけれど、松本は冗談を言われたと思ったのか楽しげに笑った。チラリと皇帝の顔色を窺ってみれば軽く頷かれたから、今まで通りに接する事にする。
「少し痩せたかしら? 今の暮らしはどうなの? 辛いことはない?」
「はい、大丈夫です。元気ですよ」
心にもない事を清乃は笑顔で語る。嘘だと気付かれたらどうしようかと思ったけれど、松本は素直に信じてくれた。
風呂に入るよう言われた時から、下女の暮らしを微塵も感じさせてはいけないのだと清乃は察していた。皇帝の表情は変わらなかったから、やはりこれで正解だったようだ。
「菅原さんも聞いてると思うけれど、如月さんたちが北の魔鬼討伐から無事に帰ってきたの。それで今日、お披露目と討伐成功のお祝いがあるのだけれど……ちょっと迷っているの」
知っていて当然のように松本は話すけれど、誠英から聞いていなければ何の事か分からなかっただろう。教えてくれた誠英に清乃は改めて感謝する。
ただやはりそれは頼まれた事ではなく、誠英の単独行動だったようだ。松本の話は思いがけない方向へ進んでいった。
「女官として参加、ですか?」
「ええ。今日は皇后娘娘は出席されないけれど、他の方々はいらっしゃるわ。でも今なら菅原さんの顔は誰も知らないでしょう? だから隠れていた方が安全じゃないかと思うの」
今宵の宴には、妃嬪と公卿らも出席するそうだ。けれど今も毒混入事件の黒幕は分かっていないため、清乃の顔を知られると危険が身に及ぶ可能性があるのだと松本は話す。
本当なら欠席してもらった方がいいけれど、綺羅蘭たちと話もしたいだろうという事で女官に混ざって出席したらどうかと言うのだ。
「如月さんたちも菅原さんの元気な顔を見たいと思うのよ。女官として参加する理由はそれとなく伝えておくつもりよ。あまり心配かけてもいけないだろうし。どうかしら」
松本に悪気はないのだろう。心から心配した様子で清乃の意向を確かめてくる。けれど今日の宴は召喚した異世界人のお披露目も兼ねているから、そこで顔を出さなければ清乃の存在はなかった事にされてしまう。
松本の心配は理解出来るし、そもそも清乃は巻き込まれただけの期待外れのオマケだから、出た所で嘲笑や侮蔑の対象にしかならないだろうとも思う。しかしそれでも清乃としてはやはり複雑で、苦い思いが込み上げた。
だが、だからといって断るわけにもいかない。何せ松本の隣に座る皇帝の視線からは、断るなという圧が感じられるのだ。清乃はただ頷くしかなかった。
「分かりました。そうさせてもらいますね」
「ありがとう。席は決まっているそうだけれど、中盤になるとみんな自由に移動して話すそうなの。だからその時に、如月さんたちとも話せると思うわ」
「……ありがとうございます」
別に清乃は綺羅蘭たちと話したくなんてない。隠された存在となる清乃を、綺羅蘭はどうせ馬鹿にするに決まっているのだ。
それでも皇帝の不興を買いたくはないから、清乃は精一杯の笑みを浮かべた。




