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17:再会

 下手したら日本に帰れずにこのまま異世界で死ぬのではないか。そんな風に思うほど下女の仕事は過酷だったけれど、清乃の適応能力は清乃が思う以上に高かったようだ。

 主に食事の面で燦景に助けられつつ日数を重ねるうちに、下女生活にも徐々に慣れ始めた。


 井戸での水汲みの時は手に布を巻いて釣瓶を引き上げるように工夫し、足にも布を巻いてから靴を履くようにした。天秤棒を担ぐ時の重心の取り方も身につけて、食材運びの効率的なルートを見つけ出したり手押し車を押すコツも掴んだ。

 おかげで十日も経つ頃には、燦景の手を借りずとも朝夕の食事にあり付けるようになった。


 とはいえ燦景とは仲が良いというわけでもなく、情けをかけてもらっているという感じだ。清乃としては友達になってほしいのだけれど、燦景が距離を取るからそれは叶わない。

 燦景とは仕事内容も違うし風呂の日も重ならないため、運が良ければ食事の時間に顔を合わせられるという感じだけれど、その時も清乃が話しかけない限り声をかけてもくれなかった。


 綺羅蘭の悪口がなくても嫌われるのかと落ち込みそうにもなったけれど、先輩下女たちから新人いびりを受けたりするとたまに助けに入ってくれたりもするから、そうでもないと分かる。どちらかというと燦景は、素直じゃないというか天の邪鬼なのかもしれない。

 避けられたり無視されたりしないだけで充分幸せだ。付かず離れずの関係ではあるけれど、燦景の存在は孤立しがちな清乃にとって心強いものだった。


 そうして下女となって二週間が過ぎた頃の事だ。この日清乃は足りなくなった調味料類を運ぶよう頼まれて、城の片隅にある倉へ足を運んでいた。

 担当の膳房まで戻る道は何通りかあるけれど、その中でも建屋の隙間を縫うように走る細道を清乃は選んで通る。ここは人通りが少ないため、ゆっくり進んでも他の誰かに迷惑をかける事はない。そして午後は日陰になるから少々涼しいのも気に入っている。


 それなのに様々な醤の甕を載せた手押し車を慎重に押して歩いていると、思いがけない声に呼び止められた。


「清乃」


 ハッとして足を止めると、塀にもたれるようにして誠英が立っていた。気だるげなその姿はひと月前、最後に会った時より僅かに痩せて見えるけれど、相変わらず深衣を纏っていて一つに結んだだけの長い銀髪がさらりと肩から落ちている。

 まさかここで会えるとは思わず呆然としてしまった清乃に、誠英はフッと笑った。


「どうした、幻でも見たような顔をして」

「あ……八の皇子」


 清乃が慌てて拱手すると、誠英はムッとした様子で歩み寄ってきた。


「なんだ、改まって。久しく会っていないから忘れたのか?」

「いえ……今の私は下女なので」

「そうらしいな。お前が後宮を出たと聞いて驚いたぞ。体調は大丈夫なのか?」


 俯いている清乃の頬に誠英が指の背でそっと触れてきたから、清乃は驚いて後退った。

 体調と言われて、そういえば言いたい事があったのだと思い出す。


「あの、その節は助けていただいたそうでありがとうございました!」

「相変わらず真面目だな。礼はもう手紙で寄越していただろうに」

「でも直接お礼を言いたかったので! それに……お別れの挨拶も出来なかったので。申し訳ありませんでした」

「いや、私の方こそ返事も出さなくて悪かったな」

「滅相もございません」


 深く頭を下げ続ける清乃に、誠英は焦れた様子で一歩踏み出した。


「いつまでそうしているつもりだ。いい加減顔を見せろ」

「いえ、それは……」


 今の清乃は下女で、皇子と直接言葉を交わせる立場ではない。その上、松本の所にいた時は健康的になっていた体も、今はこの世界に来た時と同じかそれ以上に痩せてしまった。

 風呂に入れない日も一応拭き清めてはいるけれど、一日中働いているから汗臭いだろうし、顔だって汚れていると思う。誠英には悪いけれど、面と向かう勇気はない。


 けれど誠英は、そんな事はお構いなしに清乃の顔を強引に上げさせた。


「なんだ、もう私とは話もしないつもりか?」

「あっ、汚れますよ! それに私は下女で」

「知っている。それでも私は顔を見たいし、名を呼ぶのも許しているだろう。気楽に話せ」

「そんなの無理ですよ!」


 思わず誠英の手を振り払ってしまい、やってしまったと清乃は顔を青ざめた。

 そんな清乃の様子に誠英はため息を漏らしつつ何かを言いかけたけれど、不意に後ろの方からカラカラと車輪の回る音がした。


 曲がり角の向こう側からどうやら誰か来ているらしい。このままここにいては邪魔になってしまう。

 清乃は急いで手押し車に手をかけた。


「ごめんなさい、今は仕事中なので」

「おい、少し待て。せめてこれだけ受け取れ」


 肩を掴まれて振り返った清乃の口に、何か美味しそうな匂いのする塊が押しつけられる。

 何事かと固まる清乃の前で、誠英は一度は押し付けたそれを半分に割ってみせた。


「毒は入ってないから、安心して食べろ」


 胡麻団子に似た菓子の半分を自分の口にヒョイと入れ、残り半分をまた清乃の口に押しつけてくる。大人しく口を開いて受け取ると、誠英は愉快げに口角を上げた。


「食い意地が張ってるのは相変わらずだな」

「んん⁉︎」

「ほら、仕事中なのだろう。さっさと行くがいい」


 口いっぱいに頬張っているから、清乃は返事が出来ない。そんな清乃を追い払うように手を振って、誠英は清乃とは反対方向へ歩いていってしまった。


(一体なんだったの⁉︎ 美味しいけど……)


 釈然としない思いを抱きつつも、立ち止まってるわけにはいかないと清乃は再び手押し車を押し始める。

 久しぶりに甘い物を口にしたから力が湧いたのか、それとも誠英と会えて疲れが吹き飛んだのだろうか。重たい手押し車が不思議と軽く感じられて、膳房へ戻る道のりはいつもよりずっと楽に思えた。


(ほんのちょっとだったけど、また会えて良かった。わざわざ探しに来てくれたのかな)


 きっともう会う事はないだろうけれど、会いに来てくれた事は本当に嬉しかった。寂しさを覚えつつも、清乃は再会出来た幸運に感謝する。

 だというのに意外にも、この日以降度々誠英は清乃の前に現れるようになるのだった。

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