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11:後宮に潜む毒

タグをつけるほどではないのですが、主人公が倒れる描写が出てきますので、ご注意願います。

 綺羅蘭たちが魔鬼討伐へ旅立ってから一ヶ月が過ぎた。相変わらず女官や宦官たちには無視されている清乃だけれど、松本のおかげで日本にいた時より何倍も穏やかな日々を過ごせている。

 そして度々出会ってしまう誠英と過ごす時間も、清乃にとっては大切なものとなっていた。今では彼を気の置けない友人のように感じている。


 誠英の話は何を聞いても面白い。残念ながら直接見る機会は訪れないだろう都の話も色々と教えてくれて、時には今流行りの品だと菓子などを分けてくれたりもする。

 そうして結局誠英と何度も顔を合わせるうちに、当初話すつもりのなかった清乃の日本での生活についても自然と打ち明けてしまった。


 誰にも話せなかった辛かった事や苦しかった事を聞いても、誠英は同情する事も憐れむ事もしなかった。

 召喚の儀で見た綺羅蘭たちの事を「見た目からして性格が悪そうだった」と言い出し、清乃が受けた数々の仕打ちについては「そこまでツイてないのは珍しい。一生分の悪運を先払いしているみたいだな」と笑い飛ばしてくれたから、清乃の心はずいぶん軽くなった。


 今までずっと清乃は、これから先きっと良い事があると自分に言い聞かせていた。そうしなければ心が折れて立ち上がれなくなってしまいそうだったからだ。けれどそこに誠英の言葉が支えに加わってくれた。

 この遊んでばかりの変わった皇子は、清乃が思っている以上に多くの場所を訪れ様々な人と触れ合っている。その彼が異世界でも珍しい事だと、若くして悪運を使い果たしているのだと言ってくれた事は、清乃に希望の光を見せてくれた。誠英の言葉は、日本に帰っても忘れないだろう。


 多少の不便はあれど、そんな心身共に満たされる日々を過ごしていたからか、清乃は討伐に出かけている綺羅蘭たちの事を考える余裕も生まれてきた。

 これまで薄情だとは思いつつも、彼らが危険な場所で今この時も戦っているかもしれないという心配を、清乃はほとんどしなかった。それは別に傷付く事を望んでいたわけでもなく、単純に考える事を放棄していただけであって、見たくない嫌いなものから目を背けていたに過ぎない。


 日本にいた頃は四六時中、綺羅蘭の動向を窺わなければならなかった。一時的なものとはいえそこから離れられるのだから、綺羅蘭の事を思い出したくもなかったのだ。

 けれど今は、ごく稀にではあるものの綺羅蘭たちはどうしているだろうかと思う時間が出てきた。

 彼女たちは、もうそろそろ神山にたどり着いた頃だろうか。散々意地悪をされてきたけれど、綺羅蘭は血の繋がりもある従妹だ。出来れば大きな怪我などはしないで帰ってきてくれたらと思う。


 皇帝も相変わらず、毎朝松本を訪ねてくるだけで他には何もしない。最近では少し清乃に視線を向ける時もあるけれど、それだけだ。

 皇后や他の妃嬪と松本の関係も良好のようで、松本はいつも楽しそうに笑っているから清乃も安心出来る。これで清乃個人も女官たちと交流を持てるようになれたら最高だけれど、流石にそれは望みすぎだろう。最低限の対応はしてもらえるから、それだけで充分だ。


 全てが穏やかで、気持ちにゆとりを持てるのは本当に久しぶりだった。それがあまりに心地良くてすっかり気を抜いていたのがいけなかったのかもしれない。

 誠英だって「一生分の悪運を先払いしている」と言っていたではないか。清乃の不運はこんなものでは終わらないと考え警戒しなければならなかったのだと気がついたのは、それから数日後の事だった。


「娘娘。華玉(ファユゥ)宮から使いの者が来ております」

「皇后娘娘から? これからお伺いするのに」

「それが、本日の茶会は中止だそうで」


 後宮での暮らしが一ヶ月を過ぎても、皇后は度々松本を呼び出していた。この日も本当ならその予定だったけれど、出かける直前、皇后の使いが訪ねて来た。

 どうやら皇后は体調を崩してしまったようで、お茶会は取り止めになったらしい。お詫びにと、茶会で出す予定だった菓子やお茶、近いうちに贈ると約束していた匂い袋など、いくつかの贈り物を届けさせたようだ。


「せっかくだから、お昼に頂きましょうか」

「えっ、私もいいんですか?」

「もちろんよ。私一人じゃ寂しいもの」


 匂い袋は部屋に飾り、昼代わりの軽食と共にお茶とお菓子も頂く事となった。いつもと違った香りに包まれて、皇后の茶会もこんな雰囲気なのかなと想像して清乃はワクワクしていた。


「わあ、美味しそうですね。頂きます!」

「どうぞ、召し上がれ」


 松本はいつもゆっくり食事をする。対して清乃は元が欠食気味なのもあり、食べられる時に食べ溜めておきたいためすぐに料理に箸をつける。

 そうしてパクパクと食事を食べ進めていると、不意に苦味を感じた。


「……っ、何これ……」

「菅原さん!」


 何かおかしな物が入っていたのだと気づいた時には、清乃は激しい悪寒に体を支えていられなかった。ガシャリと音を立てて、皿を巻き込みながら床に崩れ落ちる。

 咳き込みながら胃の中身を吐き出したものの一気に体温が下がり、体が麻痺して力が抜けていく。そのまま意識を失った清乃に駆け寄り、松本は慌てて気道を確保した。


「誰か、早くお医者様を!」


 この時ほど松本は、教師をしていて良かったと思った事はなかった。生徒の緊急時に備えて、応急処置は頭に叩きこんであったからだ。

 けれど清乃がなぜ倒れたのか、松本には分からない。病気なのか、何かアレルギーでもあったのか。すぐ医師を呼ぶように女官を呼んだけれど、その反応は予想外に鈍かった。


「食べ過ぎたのではありませんか? 医官を呼ばずとも、休ませておけば」

「何を言ってるの! 気を失っているのよ。そんなわけないでしょう!」

「ですが医官たちは恐らく、今は皇后娘娘の治療でお忙しいと思いますし」


 確かにそうだろうが、宮廷医官は一人ではない。清乃の治療に向けられる人手はあるはずだ。

 のらりくらりと交わして放置しようとする女官たちに、松本は怒声を上げた。


「もういいわ! 私が連れてきます!」

「娘娘、それは!」

「嫌なら誰か早く連れてきなさい!」


 松本の剣幕に驚いた女官の一人が、慌てて駆け出していく。

 そうして清乃を抱えた松本が焦りを滲ませる中、ようやく中年の医官が連れて来られたのだが。


「恐らくは毒かと思いますが……申し訳ありませんが我々では何とも」

「そんな……毒ですって⁉︎ 治るのよね⁉︎」

「残念ながら異界の方ですから。私どもと同じかどうかが分からなくてですね」

「でも私の事は何度か診てくれたじゃないの!」

「それはお元気な時も診せて頂いているから出来ることなのです。薬の相性もあります。陽妃娘娘とこの者が同じかどうかは分かりませんから」


 頼みの医官まで清乃を見捨てようとする姿に、松本は食ってかかった。


「何か方法は他にないの⁉︎ 何でもいいから、この子が助かる方法は!」

「異界人については、祠部に聞けば何か分かるかもしれませんが……」

「祠部……?」

「召喚の儀は、そちらが主体で行われましたので」


 祠部とは祭礼を担う部署の事だ。召喚に関わっているというのは初耳だったが、どこかで聞いた言葉だと思い返して、松本はハッとして女官を呼びつけた。


「話は聞いたでしょう? 早く誰か八の皇子を呼びに行って!」

「えっ……なぜですか?」

「彼は祠部郎中でしょう! 見つからなければ他の人でもいいわ! とにかく早く!」


 松本は誠英と、初めて挨拶を交わした一度きりしか会った事はない。けれど清乃からは誠英の話を度々聞いていた。いつもどこか寂しそうな清乃が楽しげに話すから、不良皇子と呼ばれていても心優しい人物なのだと松本は思っていた。

 清乃と親しくしてくれていた彼なら、助けてくれるかもしれない。普段仕事をしていないといっても、郎中とはその部署をまとめる官職の事なのだ。誠英は皇子でもあるし、部下を動かす事は出来るはずだ。


 そんな一縷の希望を抱いて役に立たない医官と女官を追い出し、松本は意識のない清乃の手を握った。

 荒かった清乃の呼吸は弱々しくなっており、容態は一刻を争うものだと素人目にも分かる。もしここで清乃が死んでしまったらと思うと、松本は怖くて堪らなかった。


 不安に駆られる松本の元へ誠英が駆け込んできたのは、それからすぐの事だった。

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