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9:酔っ払いの正体

 美しい銀髪を持つちょっと変わった酔っ払いとの出会いは印象深く、艶やかに感じられた笑顔はつい眼裏に残ってしまう。

 けれど誠英が無事に帰れても途中で誰かに見つかってしまったとしても、どちらにせよ清乃には知る術はないし、もう会えないだろう。

 拝殿で無事を祈りつつも清乃はそう思っていたというのに、その予想は翌日にあっさりと覆された。


「すごいわね。こっちにもあんなに綺麗なシルバーアッシュの人がいるのね」

(えっ、誠英さん⁉︎ なんでまたここにいるの⁉︎)


 今日は皇后との約束はないという事で、昼代わりの軽食を食べた後、清乃は松本と共に散歩に出かけていた。

 数人の女官もついて、昨日誠英と出会った庭園に通りかかった時、不意に言われた松本の言葉にギョッとしてしまう。


 目を向けてみれば、銀髪の男が庭をのんびりと歩いているではないか。

 別人だと思いたかったが、恐らく誠英で間違いないだろう。遠目に見てもその長い銀髪は紐で簡単に結ばれているだけで、ゆらゆらと背に揺れているのが分かる。


 瑞雲国に住む人々は清乃たちも違和感を感じられないほど黒っぽい髪色の者がほとんどで、顔立ちや肌色もアジア系の見た目をしている。そして髪染めの文化はなく、ブリーチ技術も存在しない。

 なので白髪や銀髪は年配の者ばかりになるが、どう見ても今清乃たちの目の前にいる男は若々しい。


 そしてこの国では子どもはともかく大人は男女問わず髪を結い上げまとめておくのが普通だった。職種によって使う帽子や冠、簪が決まっているため様々な髪型の者がいるが、基本的に垂らしたりはしない。清乃だって、大して長くもない髪を頑張ってお団子にまとめている。

 家の中にいる時や眠る時ならまだしも、一つに結んでいるとはいえ全てを上げずに毛先を流して外に出るのは、よほどの変人か身だしなみに気を使わない不精者だと思われてしまう。

 つまりあんな髪の人物は滅多にいないはずなのだ。


 けれどそんな銀髪の若い男を清乃は一人知っているわけで、その人はここにいていいはずもない。

 堂々と歩いている姿に清乃が一人で慌てていると、女官が嫌そうに眉を顰めた。


「娘娘、違う道を行きましょう」

「どうして? せっかくだしご挨拶したいのだけど」

「あの方は遊び歩いているどうしようもない方なのです。あまり近付かれない方がいいかと」


 女官も警戒しているようだけれど不審者だと兵士を呼ぶでもなく、まるで見知った者を言うかのような言葉に清乃は首を傾げた。

 松本も不思議に思ったのだろう。別の道へ案内しようとする女官を止めた。


「どうしようもないって、どういうことなの?」

「あの方は第八皇子なのですが、仕事をせずに遊んでばかりなので不良皇子と言われているのです」

(第八皇子? 誠英さんって皇子だったの⁉︎)


 女官はいかに誠英がダメな皇子なのか、関わり合いにならない方がいいのかを熱く語っているが、清乃はそれどころではなかった。

 あの美麗な不審者はただの残念な酔っ払いではなかったのかと、愕然としてしまう。


(どうしよう。皇子様に家に帰れとか言ってたの、私⁉︎)


 すると立ち止まる清乃たちに気付いたのか、男がこちらへ歩いてきてしまった。その顔をハッキリ見れば、やはり残念ながら男は昨日会った誠英だった。


「こんなところでどうかされましたか?」

「八の皇子」


 先ほどまで不良皇子などと言って避けようとしていたが、腐っても皇子相手だからか女官たちが拱手して頭を下げる。清乃も慌ててそれに倣った。

 皇帝の妃である松本だけは、真っ直ぐに誠英と向き合った。


「初めまして、陽妃の松本涼子です。以後お見知り置きを」

「ああ、あなたが陽妃か。私は第八皇子の誠英。祠部郎中(ツブランヂャン)を拝命している。よろしく頼む」

「では祠部郎中とお呼びした方がいいですか?」

「どちらでも。陽妃の好きにしてくれて構わないよ」


 ニッコリ笑った誠英に、松本がほんのり頬を赤らめた。


「分かりました。では私も八の皇子と呼ばせていただきますね」


 この国では親しい間柄でなければ名前で呼び合わない。普通は職名などの敬称で呼ぶ習わしだ。

 祠部郎中というのが、誠英がサボっている仕事なのだろう。不良皇子と陰で言われるほど遊び歩いているからか、女官たちは職名を使わず皇子として呼んでいるらしく、松本もそれに合わせるようだ。


 昨日は皇子だと教えてくれなったのは、酔っていたからなのだろうか。ちゃんと挨拶出来るのではないかと、清乃は頭を下げたまま何だか呆れてしまった。


「そこにいるのは清乃だな。昨日は世話になったね」

「えっ⁉︎ いえ、あの……」


 不意に声をかけられて清乃はハッとして顔を上げた。いつの間にか清乃の目の前に来ていた誠英が、どこか楽しげな笑みを浮かべて見下ろしてくる。

 ここで昨日の事を引き合いに出すのかと、清乃は冷や汗を滲ませた。横から松本が問いかけた。


「この子と面識がお有りですか?」

「昨日ここで昼寝をしていたら、体を冷やすと心配してくれてね。助かったんだよ」


 不審者と勘違いした事や、早く帰るよう言ってしまった事などは黙っていてくれるらしい。それにホッとしていると、誠英はクスリと笑った。


「礼をしたくて待ってたんだ。清乃、これを」


 小さめの平たい布包みを押し付けるように渡されて、清乃は思わず受け取ってしまった。


「あの、これ……」

「昨日の礼だよ。口に合うかは分からないが食べてくれ。では私はこれで」


 確かに昨日、礼をしたいから名前を教えろと言われたけれど、あれは本気だったのか。

 用事は済んだとばかりにさっさと帰ってしまう誠英の背を、清乃は唖然として見送った。


「八の皇子と知り合いだったのね、菅原さん」

「あ、はい……。昨日は皇子だって、教えてもらえなかったんですけど」

「じゃあビックリしたわね。不良皇子っていうからどんな方なのかと思ったけれど、悪い方ではなかったみたいで良かったわ」

「そうですね……」


 昨日ここで寝ていた時には泥酔してなぜか木に登っていたのだけれど……と思ったが、わざわざそれを松本に言う必要もないだろう。清乃が曖昧に笑みを返すと、松本は一人で納得したように微笑んだ。


「何を頂いたのか気になるわよね。今日はもう帰りましょうか」


 北陽宮へ戻って包みを開けると、中には月餅によく似た菓子が入っていた。

 女官たちは良い顔をしなかったが松本も興味を示していたので、その日の茶菓子として二人で美味しく頂いた。


 誠英と顔見知りだと知って、女官たちからは白い目で見られているけれど今さらだ。また会ったらお礼と謝罪をしなくてはと清乃は思う。

 この時の清乃は、これから先誠英と長い付き合いになるなど考えもしていなかった。

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