93. ユキ
僕たちは大岩までやってきた。シロがダッシュしたのでほぼ一瞬の出来事だ。
「これって……フェンリルなのか? 息はあるようだけれど こちらも相当酷いな」
僕はシロから降りると、もう虫の息である狼に近づいていく。
そこには、血に汚れて真っ赤になった体長4m程の狼が大岩の下に力なく横たわっている。
体には何ヶ所も傷があったが、左横腹に付けられた傷が大きくて深いようだ。
そして、その傷からは今もまだ沢山の血が地面に流れ出ていた。
「クゥ~~ン」
シロが心配そうに鼻を鳴らしている。
……助ける義理はないがシロがここまで入れ込むのも珍しい。
僕はこのフェンリルを助けることにした。
「ピーチャンは上空の警戒! どこから魔獣が出てくるか分からないから気をつけろ」
そして次はヤカンの召喚だ。
急にシロが全力で走り出したため、途中で置いてきてしまったのだ。
こちらには向かっているだろうが、召喚した方が断然早い。
「――ヤカンおいで!」
「主様、ヤカン参上いたしました」
「うん、済まなかったね。”置いてきぼり” にしてしまって」
「さっそくだがお湯を出してくれるか。温度はひと肌の温もりぐらいで」
「かしこまりました」
「シロはあそこにいる2匹の炎竜に止めを刺して回収してきてくれ」
そして、ぼくはヤカンを連れて 横たわっているフェンリルの前に移動した。
「クゥ~~ン」
「シロ、心配するな。この位なら僕ひとりで十分だから。それよりも、あいつらが息を吹き返したらブレスがくるかもしれないだろ」
「ワフッ!」
ようやく行ったか……。まったく心配し過ぎだ。
僕はヤカンと共に、横たわっているフェンリルの治療に取りかかった。
ヤカンに温水を精製してもらいながら傷口を洗い流していくのだが、なかなか温度の調整が難しいようだな。
外気は間違いなく氷点下だ。僕たちは結界魔法の応用で体温を維持できるが、射出したお湯はすぐに冷えてしまうのだ。
ん、なぜ『浄化』を使わないのか?
それは浄化は ”表面” に作用するからだ。
この、爪でえぐられたような傷の場合は中を洗い流す必要があるのだ。
大きい傷から手早く治癒魔法を施していく。
すると、先程まで荒かった息もだんだん静かになってきた。
もう大丈夫だろう。多少は貧血気味ではあるだろうがな。
おっ、シロが帰って来たな。
「シロ、治療は終わったぞ。後は浄化を掛けてやってくれ」
シロは気になっていたのだろう。寝ているフェンリルの顔を鼻先でつついている。
特に異常がないようなのでピーチャンを呼び戻し、寝ているフェンリルの様子をみんなで見ていた。
こいつは雌かな。誤って炎竜のテリトリーに迷い込んだのだろうか?
あのデカい炎竜が2匹もいたんでは、かなり分が悪るかっただろう。
多彩な魔法を使うシロなら楽勝だろうな。
それにしても、シロ以外にフェンリルがいるとは思わなかったな。
まあ、勇者が何人もいるぐらいだから、フェンリルが何匹いても不思議ではないかな。
おやっ、前足がピクンと動いたな。そろそろ目を覚ましそうだ。
すると、寝ていたフェンリルの目がパチリと開き、体をおこして ”伏せ” の体制になった。
そして、異変に気づいたのだろう、しきりに首を振って自分の体を確認している。
――なんか可愛い。
それでようやく此方の存在に気づいたようで すくっと立ち上がり、
「ウゥー」
と、唸り出したのだが、その場でよろめいてペタンとお座りをしてしまった。
何だか訳もわからずキョトンとしている。――何この子?
フェンリルのくせにドジっ子なのだろうか?
「今は、あまり動かない方がいい。血が足りてないんだよ、だいぶ大きな傷だったからね」
すると、お座りしているフェンリルにシロがすすっと寄っていき、顔を近づけたと思ったら鼻の頭をペロン舐めていた。
そして、シロがこちらをじっと見てきたので僕は大きく頷いてやった。
シロは自分のインベントリーからオークの肉を取り出し、お座りしているフェンリルの前に置いた。
しばらく様子を伺い、僕らが危害を加えないと思ったのだろう。与えられた肉を勢いよく食べ始めた。
そうだそうだ、血が足りない時には肉が一番。じゃんじゃん食ってくれ!
そうして、食事を終わらせた雌フェンリルは何故か僕のところに近寄ってきて顔をベロン。
僕が戸惑っているとシロから念話が入ってきた。――何ですと。
シロがいうには、目の前の雌フェンリルに名前を付けてほしいようだ。
……名前か~。
シロはこの雌フェンリルと一緒に居たいということだろうか。
わがままを言うのはこれが初めてだよな……。
僕は今回に限りシロのわがままを聞いてあげることにした。
と、その前にいくつか確認をしておこう。
「なあ、シロはああ言ってるがお前さんはそれで良いのか?」
すると、雌フェンリルは僕を見てコクコク頷いている。……良いらしい。
「シロ、小さくなってみて! ……こんな風になれるか?」
と、いうや否やシロと変わらないぐらいにサイズチェンジをしてみせた。
これで、差し当たって問題になることもないだろう。
「僕はカルロ。お前さんの名前は『ユキ』だ。これからよろしくな」
こうして、カルロ邸にシロ以外の犬が一匹増えたのである。
正体はフェンリルでしたね。シロには助けを呼ぶ声が聞えていたのかもしれませんね。力においても2匹の炎竜に奮闘できるのですから十分なのではないでしょうか。シロを基準にしてはいけません。そしてですよ将来的にはシロの子が……。オオオオオッ! めっちゃ楽しみになってきました~。
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