90. ダイゴ
ここ王都バースは冬模様。今日は朝から雪がチラついていた。
そんな中 僕らは、カルロ邸の裏庭に集まり2両の荷馬車へ炊き出し用の器材と食材を積み込んでいた。
「さあ、出発しよう。今日は南西地区に行くぞ。大変だと思うがよろしくたのむ」
王都バースの人口はおよそ2万人。それだけの人間が暮らしていれば、貧富の差も自然と生まれ 底辺層の人々はスラムに住むことになる。
そして、これから向かう所は王都でも最大規模のスラム街で800人程が生活しているという。
その内2割弱の150人が10歳未満の子共なのだが、来年の春を迎えられるものは半数に満たないということだ。
こうして炊き出しを行なっているのだが、その日その日を生きていく彼らにとっては ”焼け石に水” なのかもしれない。
しかし、温かいスープを手にした時にたまに見せてくれる輝いた笑顔が、また何ともやるせない気持ちにさせるのだ。
そんなことを考えながら、みんなに混じって竈に乗った寸胴からスープをついでいたのだが、
木の器を差しだしている子供に見覚えがあったのだ。
「あれ、お前ダイゴじゃないか?」
子どもは僕を見て、”だ~れ~” という顔をして首を傾げている。――ああ、そうか!
僕は顔がわからないようにスカーフで覆っていたのだった。
すぐにスカーフを下ろし、
「ダイゴ、僕だよ。ダイゴ――――――ウィッシュ!」
おお、やっぱりダイゴだ。器を持ったまま ”ウィッシュ” を決めている。――懐かしい。
僕は器にスープをついでやり係を別の者に任せると、広場の端に置いてある小樽にダイゴと一緒に腰掛けた。
ダイゴは腹が減っていたようで渡された黒パンとスープはあっという間に胃袋の中へ消えた。
僕は自分で食べようと持っていた蒸かし芋を半分に割ってダイゴに渡し、一緒に食べながら話しをすることにした。
「ダイゴ、父ちゃんはどうした?」
「ちゃんは仕事。だから待ってる」
「いつから居ないんだ……。ああ、分かんないよな。……外はまだ暑かったか?」
…………。
ダイゴがいうには、イットーさんは夏の終わりぐらいにダイゴを残し一人で仕事に出かけていったそうだ。
「3日したら戻る」と言い残し僅かな金を置いて出ていき。それから何も音沙汰がないという。
今は何処に住んでいるのかと尋ねると、
元住んでいた家はいつの間にか誰かが住むようになり、もどっても殴られるので今は路地裏にある倉庫の下に潜り込んで寝ているそうだ。
まあ、家を取り返したところで また同じことの繰り返し。所詮子供ひとりではどうにもならないか。
孤児院に行ったとしても、僅かな食べ物をもらって追い払われるのが関の山(精いっぱい)だよな。
これは放ってはおけないよな……。
今までスラムの子供と接する際は、情が移るのを避けるため なるべく名前を覚えないようにしてきた。
だが、こいつの名前は知っているし親にも面識が有る。
そして何より、今でも覚えていてくれた事がとても嬉しかったのだ。――ウィッシュを。
夜になるのを待ちスラムに出向いてダイゴを引き取ってきた。
スラムの子どもの場合。孤児院などと違って引き取ることに何も手続きは要らないのだ。
よほど酷い扱いや、明らかな人身売買などは取り締まりの対象にはなるらしいが実際は見て見ぬふりが多いようだ。
住民登録も行っていない者に対する扱いは得てしてそんなものである。
そして、邸にダイゴを連れて帰った。
まずは脱衣室に連れていき着ていた服を脱がす。どこで拾ったかは知らないが大人用のシャツだ。
……臭い! 処分。
そして、ついて来ていたメイドのココに身体をしっかり洗うように言いつけ 二人を浴室へ送り込んだ。
そうしてお茶を飲みながらリビングで待っていると、
「ご主人様、あがって参りました」
「おうココ、ご苦労さん。見違えるようになったなぁ。ダイゴは銀狼族であったか」
「はい、3回も洗いましたからバッチリです。ただ、この子お尻がですね……」
「ん、了解した。後はこちらに任せてダイゴの食事の方を頼むよ」
そうだったな、ダイゴはまだ4歳だ。お尻の周りはかなり爛れているだろうな。
この子のように、幼く親の居ないストリートチルドレンは大体みんなそうなってしまう。
僕はダイゴを四つん這いにして後ろに回り込むと、着ていたバスローブの裾をまくり尻尾を上げた。
そして、しゃがみ込んで爛れた患部を確認したのち ”ヒール” を掛け治療を施した。
「さあ、ダイゴ。もう痛くないだろう? こっちに来て座ってみろ」
「う、うん。ああ~、お尻つるつる。痛くなーい」
「そうか、良かったな~。それでシロは知ってるよな。あと、こっちがヤカンでシロの頭の上に居るのがピーチャンな。後は明日みんなに紹介するからな」
「シロ、ヤカン、ピーチャン。シロ、ヤカン、ピーチャン。うん、わかったー!」
そのあと、食事をとったダイゴは限界だったのだろう。パタンと倒れるように眠ってしまった。
「あー、寝ちゃいましたか~。今日は私の横に寝かせておきましょう」
「そうか?」
「はい、ご主人様。起きた時にひとりだったら戸惑うと思うんですよ。それに私には弟も居ましたから慣れていますし」
このようにダイゴにとって幸運な一日は、優しさにつつまれながら過ぎ去っていくのであった……
王都バースの人口が2万人。貴族は1%の200人、スラムに極貧者は10%の2000人程いると思われます。カルロのように、こうして炊き出しを行なっている団体がいくつかありますが、それでも冬を越すことはなかなかできないのです。雪が降ったり、雨が降ったり、2日も何も食べなかったら動くことも出来なくなります。もともと飢えてるのですから……。 ダイゴは幸運でございました。
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