32. 弟子
王城で過ごす最後の朝。今日もひとり朝食を食べている僕に、
「あら、美味しそう。私もこちらでいただくわ」
と、耳にしたことのある声が……。
僕は食事を中断して、口を拭い立ち上がった。
そして貴族礼を取ろうとしたのだが、またもや止められてしまった。
「ご無礼をしているのはこちらです。礼はのちにお願いするわね」
そう、声を掛けてきたのは、昨晩から気まずさ絶好調のロイド太子妃殿下である。
それでも、僕はしっかり頭を下げ朝の挨拶をおこなった。
「こちら、よろしいかしら?」
と、僕の席の右隣を指差している。当然断ることなど出来はしないのだが、
「はい。それはもう、光栄に存じます。ささ、どうぞお掛けください」
僕が自然な動きで椅子を引き、そう立ち回ると、ロイド太子妃殿下はクスッと笑みを浮かべて、
「本当にあなたは子供なのかしら。……ありがとう」
その後は、特別会話をすることもなく朝食を食べ終えた。
食後のハーブティーを頂いているところで、
「昨夜はありがとうございました。お陰であの子を助ける事ができたわ」
「あの後、ここで働いてる医者と高位神官に診てもらいましたけど、すごく驚いていたわよ」
「それでね、『こんなことが出来るのは神か、それに近い存在だけだ』なんて騒ぎだしちゃって、大変だったんだから」
僕は我関せず、お茶を飲んでいた。
すると、ロイド太子妃殿下は口にしていたカップをテーブルに戻すと、静かに立ちあがった。
礼儀として、同時に立ちあがった僕に近づいてきて、
「あのことは内緒にしててね。そして、会いたがっている人がいるの……。これは、アンリエッタ様をお見送りしてからね」
「よろしくね」
と、囁くように僕に伝えてから去っていかれた。
誰が会いたがっているのかは、だいたい想像がつく。
夫のアースレット王太子ではないだろう……。
この王太子の名前は今朝、部屋つきのメイドにそれとなく聞いておいたのだ。
まったく、夫婦そろって虫を寄せ付けないような名前だよな。
まあ、虫が寄らないのなら、いい事ではあるのか。
食堂を出た僕は、シロとクロナを連れたままアンリエッタの部屋を訪ねていた。
「これは、カルロ師匠に、シロ様。どうぞ、こちらにお掛けください」
「それでは、忙しくされているでしょうからお茶を一杯だけ」
「それに、もう師匠呼びはお止めください。邪推されますよ」
「ハハハッ、いやはや。あなたと喋っていると亡くなった祖母を思いだしますわ」
お祖母さまかいっ! ……まあ、いいか。
「それで、朝早くから何か? お別れの挨拶にですか。嬉しいです」
「あ、ううん。それもあるんだけどね、これを渡しておこうかと……」
僕はリビングテーブルの上に、ハンカチを広げ。そこに一つのシルバーリングを置いた。
”シルバーマジックリング:MP20増:サイズフリー”
「これを私に! え、ええーっ、あの師…いえ、カルロさま、これは……」
うん、なんだ、その反応。
ああ、勘違いしちゃったかー。まだ僕は11歳だよ。
「いや、これは……。そう、弟子に与える祝いの品だよ。他意はないから」
…………。
「そ、そうですか、何かいわれでもあるのですか?」
アンリエッタは顔を赤くして、リングを握ったまま周りをキョロキョロと見回している。
あとで、お付きのメイドたちに、大いにイジられることだろう。
「いや、それは魔力量が増えるリングだよ。ほら、昨夜獲得したブレスレットとすごく相性が良いと思うんだよ」
「ええっ、そんな貴重な物をいただくわけには。それに、さんざん迷惑もかけているのに」
「いいんだよ。それは僕の弟子だという証だよ。アンリエッタが第一号だ!」
「キャッ! やった第一号。やりました」
――――ピシッ――――
おお~う、な、なんだ~?
となりのシロを見るが、そしらぬ顔で窓の外を眺め遠くを見ている。
そして、おそるおそる後ろを振り返ると、全身から靄のような物を立ち昇らせているメイドがひとり、こちらを睨み付けておりやした。
さらに、見えている左目だけが、ギラりと赤く光っているのだ。
ひょえー、クロナに何があった! あんな色のカラコンは渡してないぞー。
僕は見なかったことにした。あれはいけないものだ。見てはいけなかったんだ。
「じゃ、じゃあ、気をつけて帰るようにね。僕はこれで」
しかし、当のアンリエッタは左手にリングをはめ、ただ黙って見とれているだけだ。
いやいや、ダイヤモンドとかエメラルドなんかついてないから。
只の、どこにでもある装飾なしのリングだから。
そのあと、数回にわたり声を掛け、帰りの挨拶を終えて自室へ戻ってきた。
僕は客室リビングのソファーに座り、お付きメイドに紅茶を頼んだ。
「はい! カルロさま。すぐに、用意してまいります」 (にっこり)
ハハハッ、見たか凄いだろう。これぞスイーツマジック! この客室付きメイドは3名が交代するのだが、今は先を争って仕えてくれているのだ。
スイーツのなかでも、特にチョコレートがうけている。
交代の折にチョコケーキなどを出してあげるのだが、それは、それは、チュールを与えられた猫のような至福の顔をみせるのだ。
そして僕は、ソファの後ろに立っているクロナを横に呼び、手を出すように指示をした。
「これは、クロナの分な。弟子ではないけど、クロナは家族だと思っているからね」
そう言って、シルバーリングを渡してあげると、これまたニンマリ微笑んで受け取ってくれた。
後ろについている、黒尻尾もくねくね忙しげで、大変喜んでいるようであった。
いいのか! 一国の王女を弟子呼ばわり。カルロ君かっこいいっす。それにしても、クロナたん焼き餅? いやいや、矜持なのかも……。わたしがカルロ様の1番よ~。ん~難しいのが女心ですよねー。がんばれ! クロナたん。 そして次回、「英雄さま」どうぞお楽しみに!
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