130.帰国延期
僕がリンたちの待つホテルに帰ってきたのは、夜遅くなってからであった。
なんとか、舞踏晩餐会は滞りなく切り抜けることができた。
これもひとえに、アンリエッタが頑張ってくれたお陰である。
エスコートしている僕の側にピタリと付いて、恥をかかないで済むよう計らってくれていた。
連れだって挨拶回りを行なっていく上で、出会う貴族の名前や爵位、場合によっては物の好みまでも そっと耳打ちしてくれるのである。
これには本当に助けられた。何なの、この有能な秘書さんは?
もう、どちらがエスコートしているのか分からなくなるじゃないか。
そのお返しという訳ではないが、アンリエッタの祖父母にあたる侯爵家のお二方は僕とシロがしっかりとケアしてあげたからね。
だってねぇ、杖をついたお爺様を労わるように寄り添っているおばあ様。
「もう、こうしてあなた達の元気な顔を見るのも最後になるのですかねぇ お爺さん」
などと、腰の曲がった小さい身体で気弱なことを言うものだから……。
治癒魔法であるヒールとリカバリーを駆使して、めいっぱい頑張らせて頂きました。
まあ、そんな感じであった。
――どんな感じだよ! とツッコミを入れられそうではあるが、ひたすらペコペコ頭を下げて挨拶するだけの舞踏晩餐会の様子を克明に書いても誰トクにもならないでしょ。
ホテルに帰ってきた僕は、リンから留守番時に起こった事についての説明を受けていた。
「なるほど、コラットまで屋根裏に居たのか……。でも、リンたちが なぜ駆除することになったんだ?」
「それはニャ……、あちきが『ネズミ獲りは任せるニャ』って女将に申しでたからニャン」
「ふ~ん、でっ、何をもらったんだ?」
「にゃにゃ、何で分るのニャ。銀貨2枚と肉串3本にゃ、美味しかったニャン」
「あ~、出さなくていいぞ。お礼でもらったんだろう、リンがもらっておくといい。ヤカンに『素揚げ』を作ってくれたんだろう?」
「そうニャ、ユキにゃんも美味しい美味しいと言って食べてくれたのニャン」
すると、リンの両脇でお座りしていたヤカンとユキも 尻尾をゆっくりと揺らしながらコクコク頷いている。――可愛い。
「しかし、潜伏していたヤツまで捕まえちゃったかぁ。そうか……」
まあ、捕まえてしまったものは仕方がない。今後闇ギルドがどう動いてくるのか少し読み辛くはなったかな。
そうして、翌日。
本来であれば、早々に帰国の準備を始めるところであるのだが……。
クルーガー王国の王太子であるアースレット様は立場上、両国間の話し合いや取り決めなどを行なう為、もうしばらくはこちらに滞在するとのことである。
昨夜 お会いした折に、
「それでは僕たちは先に帰りますので、どうぞ ゆっくりとお過ごしください」
と言ってお別れしようとしていたのだが、
アースレット様は立ち去ろうとする僕の腕をつかんで、涙目になりながら顔をプルプル横に振っているではないか。
「…………」
「……はぁ~、分かりました。ご一緒致しますから、そんな顔をしないでくださいよ」
「本当かい! カルロ卿。じゃあよろしく頼むね」
と、アースレット様は握手している両手をブンブンと振った後、ニコニコ笑顔のまま借りてる自室へ戻っていかれた。
……まあ、まともに帰えろうとするなら、王都バースまでだとして40日は掛かってしまうだろう。
しかも、この厳しい暑さの中である。
それに、護衛騎士やお世話をするメイド達も大変だろうしね。
仕方がない。もうしばらくお付き合いすることに致しますかね。
そのような理由で、僕たちは更に10日程 王都マルゴーに留まることになった。
そんなわけで、今はパーティー前と同じような感じで過ごしているのである。
昼は相変わらず、ティファニアとお銀が訪ねて来ているし、夜は姫様二人と駄菓子とスイーツ集めに精を出している。
ただ 変わった事と言えば、夜のダンジョン廻りにバランタイン領の領主であるアドロックが参戦してきたことだ。
この前のパーティーの席でアドロックがしつこく聞いてきたのだ。アンリエッタの急激なレベルアップについてだ。
アンリエッタとアドロックは幼馴染みのような間柄であり、大体のところは知っているという。
そこに来て、カルロという存在が浮かび上がってきており、アンリエッタに多大な影響を与えたのはまず間違いないだろう。
それで、いろいろと疑問だったことがカルロという一つのピースを見つけたことにより、パズルが組み上がっていくように解けてきたのだという。
「だよなぁ、どうりでおかしいと思っていたんだよ。すべてカルロが絡んでいたんだな」
「そして、そのワンコはフェンリルだよな。かの伝説の…… 俺さ、勇者の伝説やフェンリルの物語が好きで、子供の頃からその手の本はよく読んでいたんだよな」
「それがだよ、今こうして目の前に居るんだよなぁ。かぁ――、震えてきそうだぜ。ワクワクが止まらねぇ」
「それでさぁ、ここまで来て仲間外れはないよなぁ。俺も鍛えてくんねーかな」
と、矢継ぎ早に喋りまくるアドロック。
最後の方は言葉が妙にフレンドリーになっているのであるが……。
お爺さん、お婆さんは どうしてあんなに小さく見えてしまうのだろう? 元気で長生きしてほしいものです。 リンも何とか難局は乗りきったようです。素直さと正直さが出ていたお陰でしょう。 アースレット様の取り巻きである護衛騎士やメイドたちは帰りも長い道のりを行くのですが、護衛対象がいないというのは気楽でいいですね。疲れ方が格段に違うでしょうから。
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