123.西のスラム
ぺしぺし、ぺしぺし。
「……ううん、なんだよシロ? あっ! 来てるのか!?」 (小声)
『テラス、きた、おきる、ヤル?、ふたり、あそぶ』
『そうか、一人はテラスか? 入って来ないところを見ると様子見かもしれないな』 (念話)
『いく、プチ、あそぶ、ヤル?、おにく、たのしい』
『まぁ、待て! 入って来たらやっつけてしまおう。ヤル? は分るが、プチって何だよ?』
『むし、あそぶ、つぶす、プチ、たのしい、ヤル?』
「だから、ヤラないって! 物騒だな、オイッ」 (小声)
ここで僕はアーガルム邸より白狐のヤカンを召喚した。
「主様、ヤカン お呼びにより参上いたしました」
「おう、ヤカン よく来てくれた。早速だが、この建物の表に正体不明の輩が2人いる。後をつけられるか?」
「はい主様、お安いご用です。2人を追えばいいのですね」
「おう、頼むな。詳細は念話で伝えてくれ」
結局、この夜は侵入してくることも襲撃されることもなく朝を迎えた。
おそらく、昨日の話 (結界解除) が間違いないかの確認だったようである。
すると近い内に、何らかの手を講じてくる可能性があるよな。
今現在、ここで出されている食べ物や飲み物に関しても注意を払っている。
とは言っても僕かシロが『鑑定』を使えばあっさり見つかるので、そこまでナーバスになることもないのであるが。
だが、襲われるのを じっと待っている必要もないので、こちらはこちらで調査を行なうことにした。
まずは、ピーチャンが突きとめてくれた奴らのアジトからだな。
僕はいつもの冒険者装備に着替え、シロと共に表に転移する。
なぜ転移を使ったのか?
それは廊下に居る騎士さんに説明するのが面倒だったからだ。
服装も冒険者のものだし。いろいろ突っ込まれてもウザいからね。
それから、クロナとリンは今回お留守番だ。
人族ばかりの王都では、猫人族である二人は目立ってしまうからな。
ホテルを出た僕たちは、貴族街を抜けたところで路地裏に入り光学迷彩を解いた。
まずは、大まかに西の方に向かって進んでいく。
『ヤカン どうだ? 何か動きはあったか』
『いいえ、今のところはコレといってはございません』
『そうか、それならそのまま張りついていてくれ。これから其方に向かうから』
『分かりました主様、”マーキング” しておりますので、それを目安においでくださいませ』
ヤカンが使っている ”マーキング” とはオリジナル魔法の一種で、対象に魔力痕を埋め込むことで遠くからでも確認することが出来るというものである。
この魔力痕から天に向かって薄っすらと魔力が放出されているので、認識できる者から見れば ちょうど狼煙のような感じに映るのである。
マーキングの識別距離はおよそ5㎞。継続時間は魔力痕の大きさで左右されるが、だいたい2~3日程度が目安である。
もちろん、馬車や人にも対応することが出来る。
しかし、人の場合は建物の中に入られると精度が落ちてしまうし、服や持ち物にマーキングしているため 変更されてしまうとアウトである。
昨夜描いた地図と狼煙をたよりに進んで行くと小川の上に橋が掛かっていた。
馬車が通れるぐらいの大きな橋である。
更に西へ進んでいくと再び小川が流れていた。王都中心から伸びた大きな道もここで終わりである。
川幅は3m程か、川向うを見やれば……荒ら屋、バラック小屋が小川を背にみっちりと立ち並んでいる。
言わずと知れたスラムである。
ヤカンが示したマーキングの狼煙もスラムのほぼ中心付近で上がっている。
このまま乗り込めば、間違いなく絡まれて余計な時間がかかるよな。
仕方がない、僕とシロは光学迷彩を掛けてスラムの中に入っていった。
ちなみに、小川に掛かっている橋は何の処理もされていない2本の丸太であった。
酒を飲んで帰ってきたら、足を踏み外して川に落ちるよな。これは。
まずは、ピーチャンの案内で尾行していた連中のアジトへ向かった。
そこにあったのは一軒の飲食店である。場所としてはスラム外縁部に位置しており、治安の方も中よりは幾らかましだと思う。
夜には酒場になるだろうから、人が集まるアジトとしては都合がいいはずである。
さて、場所の確認も済んだし 次に行くか。
スラムの中に踏み入って10分、僕たちはヤカンと合流を果たした。
崩れかかった廃工場の屋根の上から、ヤカンがひょいっと飛び下りてきた。
「ヤカン お疲れ。見張りもご苦労さん」
「主様 お疲れ様です。例の二人組はマーキングしているあの建物に入っていきました」
それは、このスラムの何処にでもあるようなあばら屋であった。
ここはただの塒だろうな。
「よし、場所の確認も出来たし、一旦ホテルに戻るぞ」
そして、昼食をとったあと、またまた爆乳侍女のティファニアさんが登場するのである。
スラムから戻ってすぐに、ここ数日の事をメモ書きにしてアンリエッタに送っていたのだが。(ピーチャン便)
その際、できれば『闇ギルド』などの裏稼業に詳しい者を紹介してほしいと頼んでいたのである。
王都のことは王都に住んでいる者に尋ねるのが一番だからな。
それに貴族が裏で絡んでいる可能性もあるので、ここは慎重に行動したい。
それが ここに来て、ティファニアが派遣されてくるとは……。
『ヤル?』とはシロちゃんいつになく好戦的? と思いきや、どうやらジョークのようですね。プチとかたのしいとか言っていますし。完全に楽しんでいますよね。西のスラムは小川もだいぶ汚れております。大きな川から町にいくつもの水路を作っているためです。それでも、川の側が過ごしやすいので人気です。 ヤカンも呼ばれてオリジナル魔法で頑張っていますね。魔法のネーミングはどうなんだろう……。『マーキング』
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