なんか楽しい
ある平日の昼間。オレはバイト先のコンビニに近いスーパーでたまたま森さんにあった。
「お疲れっす。何、森さんもこのあたりに住んでんの?」
コンタクト姿の森さんはバイト中のメガネよりも年齢相応の女の子に見えた。
「うちは坂の向こう側で、あんまりこっちには来ないんですけど、今日はたまたま来たんです。清水さんはこのあたりにお住まいですか?」
「そう。この近く。ボロいアパートに住んでるよ」
「このあたりは一軒家ばかりだと思ってましたけど、アパートもあるんですね」
ここは駅と駅の中間で、閑静な住宅地、といえば聞こえはよいが、陸の孤島だった。
どちらの駅に行くにもバスで15分はかかる上、そのバスも通勤・通学の時間帯を抜かせば平均して1時間に3本しかなかった。
不便以外の何物でもなかったが、その分駅前より広さもあり、値段も安かったから、オレのようなフリーターには恰好の場所だった。
たわいのない話をしていたら気が付けば20分近く立ち話していた。
「森さん、時間平気?オレ、タバコ吸いたいから、場所移動しよう」
何気なくいえば、森さんは一瞬驚いたようだったけど、コクンとうなづいた。
近くの公園まで歩きながらオレはたばこをふかす。
「たばこってあんなに種類があるんですね。私、知りませんでした」
「だんだん、値段も上がって、吸うところも限られてきてても、やめられないんだよね。オレのまわりの連中は1箱1000円になったら吸うのやめるっていってる」
「1箱1000円じゃ、高級品ですね」
森さんがふふっと笑う。
公園のベンチに座るよう促す。森さんはちょっと緊張している様子だった。
オレはうーんを伸びをする。気持ちのいい天気だ。
「オレさあ、実家に弟と妹がいるんだ。長男だからってこっちの大学出てさ、でも働きもせずにこんなフリーター生活送っててさ。大学出てから1回も実家に帰ってないんだよね。
でもさ、太田と森さんと一緒にいると、なんか弟と妹と一緒にいる気がしてさ、なんか楽しいんだよね」
というと、隣の森さんから緊張感がなくなったのを感じて、森さんの顔を見る。
森さんは優しい笑顔ってこういうこというのかな?と思う微笑みでオレを見ていた。
「私は一人っ子なので、清水さんと太田さんのこと、こんなお兄ちゃんがいればいいなって思ってました」
「・・・そっか。ありがとね」
そのまま隣の森さんの頭をなでると、ボッと森さんの顔が赤くなった。
「・・・あの、でも、それと、男の人に慣れているかというのはちがうので、あの、や・・・やめてください」
最後の方は消え入りそうだった。オレも思わず顔が赤くなる。
「ご、ごめん。思わず妹にしてたみたいに手が動いた・・・」
と謝罪すると、森さんはいつものふふっという笑顔で、「太田さんがいっていたように、清水さんは優しいんですね」といった。
森さんの学校の話や太田とバイト中に話した内容や客のこととか話して気が付けば2時間経っていた。
「ごめん、こんな引き留めるつもりなかったんだけど」
オレが立ち上がると森さんも立ち上がりながら「楽しかったです」と笑った。
「じゃあ、また明日」
と別れる。
そういえば、バイトと家の往復でこんなに人と話したのは久しぶりな気がする。
楽しかったな。
オレは大きく背伸びした。
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