1-9
一先ずの落ち着きを取り戻す場の空気。
跪いたままであったドロプウォートも安堵した表情で剣を鞘に収めると、おもむろに立ち上がり、
「ラミウム様は噂通り、型破りでございますわね」
「あぁ?」
「中世におわす天世の方など、ラミウム様くらいのモノですわぁ」
鎮まりかけた「怒りの炎」に、燃料を追加投入しかねないドロプウォートの物言いに、
((((((((((((((((((((ッ!!!!!!))))))))))))))))))))
兵士、騎士たちのみならず、一斉に青ざめる闘技場内。
生温かい笑みで以ってドロプウォートを見つめる、彼女の天然両親は別として。
怒りの再発火を恐れ、人々がラミウムの一挙手一投足に息を呑む中、当の本人はいたって気にする素振りも見せずに「クックック」と小気味良さげに笑い出し、
「言ってくれるじゃないかぁい、小娘」
振り向くと、そこに立っていた金髪碧眼甲冑美少女を上から下まで見回し、
「アンタぁ確か四大んとこの……」
個人を認識した上で「育ち過ぎの胸」に、あからさまに目を留め、不愉快な顔して、
「ドロプウォートと言ったかぁい?」
「何故、私の胸に言いますの……」
困惑顔に、「キッシッシッ」と愉快そうに笑い、
「変わり者は「お互い様」だろうさぁね」
「!」
「シッシッシ。アンタの噂は聞いてんよぉ」
「…………」
初対面とは思えぬ気遣いの無い会話から、未だ涙顔でへたり姿のイケメン少年勇者は、危機を脱した事と相まって、
(へぇ~ドロプウォートさんて「有名人」なんだぁ~)
呑気に感心しながら彼女の顔を見上げ、
(?!)
ハッとした。
見上げたその表情は一見すると平静であったが、先程までとは打って変わって暗さを感じ、その中に陰りさえも感じ、
(どうしてそんなに「切ない顔」をするんだろ……「変わり者」って言われるのが、そんなにイヤなのかなぁ……)
何かしてあげたい気持ちにさせられたが、ラミウムは彼女の「繊細な心の機微」など気にする素振りも見せず、
「それにねぇ……」
不敵な笑みを口元に浮かべ、
「事は、何も解決しちゃいないさぁね♪」
鋭い視線を闘技場のひと隅に向けた。
そこに居たのは、式典用の煌びやかな鎧を纏う正騎士たちに護られ、七五三の様に「キレイな鎧」を着せてもらっていた「百人の勇者」と「百人の誓約者」、計二百人の少年少女たち。
当初は「誓約が済んだ者同士」の一体感から、百一番目に勇者召喚された「元イケてない少年」を敵視していたが、今は疑心暗鬼に囚われた表情で互いの顔色を窺い合っていた。
それもその筈、ラミウムの登場により「元イケてない少年」の身の潔白が証明されと言う事は、既に「勇者」としての誓約まで済んだ「異世界から来た少年少女たち」百人の中に、「まがい物」が混じっている事を意味したから。
だからと言って自らの手で犯人探しも出来ない、有能な少年少女たちの集まりである筈の「百人の誓約者」たち。
何故なら「選ばれた」と聞けば耳に聞こえは良いが、その実、国同士の諍いさえ「過去の話」の平和な現在において、かつて魔王軍から中世の人々を護る為に行われていた「勇者百人召喚の儀」は、とうの昔に形骸化。
今や儀式に名を連ねる「百人の誓約者」は、家柄に箔をつけたい上級貴族の親たちが送り込んだ「お坊ちゃん」と「お嬢様」の集合体。
生活に何ら不自由もなく、身の回りの世話まで従者たちにしてもらい、良く言えば「品良く」育てられて来た彼ら、彼女らには、社交界で家柄を笠に腹の探り合いは出来ても、自らに降り注ぐ火の粉を、自らのチカラで払いのける気概など、持ち合わせてはいないのである。
ならばラミウムの様に、百人の勇者を召喚した「九十九人の天世人」も姿を現し、己が勇者の身の証を立てるのが筋であるが、
≪中世に降りかかる災いは、中世の民が乗り越えるべき試練≫
天世人が定める「この世界」において、如何な問題が起きようともドロプウォートが指摘の通り、中世に天世人が姿を現す事など皆無。
要するに、
≪チカラは貸し与えてやるが、面倒ごとに巻き込むな≫
その一点において、ラミウムに召喚された「元イケてない少年」は幸運であったとも言える。
真なる犯人探しの為、聖騎士たちに囲まれる異世界から来た少年少女たち。
闘技場内は大きくざわめき、不測の事態に仕切る者さえ不在の中、元イケてない少年は自身の嫌疑が晴れた事を改めて確信し、やっと涙が治まった「鼻水交じりの赤ら顔したへたり姿」でラミウムのローブの裾を掴み、
「ほんとにぃ、本当に怖かったんだよぉラミウムぅ~一時はどうなるかとぉ~~~」
再び泣き出しそうな声に、
「みっともない声を出してんじゃないさぁね、漢だろぉ?」
ヤレヤレ顔して見おろしたが、涙と鼻水でグズグズの顔を目の当たりにし、
「(ローブを)お放しぃ! 鼻水が付くだろぉ!」
素っ気なく振りほどくと、
「そんなぁ~」
悲し気な顔で見上げ、
「ところでラミウムぅ~」
「今度はぁなんだぁい!?」
呆れ声に対し、
「なんで勇者が百人もいるのぉ~?」
あまりに基本的な質問。
『なッ?!』
怒りを多分に含んだ仰天顔で驚いたドロプウォートは、
「その様な「大切な話すら」していなかったのですのぉ!」
声を荒げたが、ラミウムは悪びれる様子も見せずにケラケラ笑い、
「いやぁ~コイツがさぁね、契約ん時にゴネたせいで期限ギリギリになっちまって、説明の時間ってヤツが、」
あからさまな責任転嫁に、
「え? 僕のせいなのぉ?!」
ギョッとすると、
「んあぁ!?」
「ひっ!」
一瞬のヤンキー張りのイキ顔で黙らせ、スグさま笑顔に戻り、
「いやぁハハハハハ、それで説明する時間が無くなっちまったのさぁ~ねぇ」
「…………」
そもそも勇者百人召喚は「祭事」であり、執り行われる期日は予め決まっていて、勇者候補者に詳細を説明、交渉する時間は十分あった筈である。
それを怠るは怠惰以外の何モノでもなく、ツッコミどころは満載ではあったが、中世に恩恵をもたらす天世人に「面と向かって苦言を呈す」は天世のみならず、中世の人々をも敵に回す行為と同意であり、
「…………」
(まるで子供の言い訳ですわぁ……)
呆れ顔して押し黙り、ため息交じりに「半べそイケメン勇者」を見つめ、
「貴方も貴方で……事情も聞かずに、よくもまぁノコノコと……」
「アハハハハ……どうせ死ぬなら、何か一つでも良い事をしてからでもと思ってぇ♪」
半笑いで、ウソをついた。